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蒼の吸血鬼

 それは、中庭に面した窓一面に広がる、巨大な髑髏。

 通常の人間サイズの何十倍か。
 真っ黒な穴であるはずの眼窩の中に、黄金の鬼火がゆらゆらと。
 その燃え盛る「目」が、ぎろぎろとアマネたちを睥睨する。

 その巨体は、通常の「人間」の形を取ってはいない。
 まるで龍のような長い首に、ごつい恐竜じみた胴体が繋がっている。
 しかも、胴体の両脇――正確には背骨に沿った肩甲骨のような骨からだが――から、横に張り出した脚が八対生えている。
 とんでもないところから銛のような先端の野太く長い骨が見えるのは、それがとんでもなく長く曲がりくねった尾だからだろう。

 巨大なその骨の怪物は、自身も宙に浮きながら、長い首を伸ばして、アマネたちのいる部屋を覗き込む。
 やや口が開いたのは、嗤ったからだろうか。

「えええぇえぇ!? なにこのでっかい人!! 怖いよ!!!」

 クロイワが悲鳴を上げて、窓から跳び退る。

「ほほ、本星がおいでだわいな。しかし問題は……」

 ツバキが口にすると。

「うむ。なぜ、わざわざここにいるのか、ということよな?」

 嘲りか面白がっているのか、息が漏れるような声でヨルノが笑い。

「……本人に訊くしかあるまいよ」

 アマネが扇を構えたのと、髑髏の怪物――吸血鬼が変化した存在――の口腔が黒い太陽のように輝いたのは同時。

 大音声と共に、窓ガラスが粉々に吹っ飛び、吐き出された黒い鬼火の巨大な塊が押し返されて髑髏の怪物に直撃し、反対側の壁に叩きつけられる。

 もんどりうって怪物が落下した隙に、窓からアマネが躍り出る。
 一瞬で車を呼んでツバキが乗り込み、クロイワも後に続く。
 ヨルノは、指を空に向け、首なしの不気味な馬を呼び出して、素早くまたがり、外へ、怪物の頭上へ向かう。

「なかなかの威力の業らしいが、直接的な殴り合いでは、私の業に分があるようだな?」

 アマネはけらけら笑ってきらびやかな扇を閃かせる。
 赤々と輝く真紅の翼、そしてたなびく尾羽を優雅にゆらめかせ、空に浮かぶは、神話にある勝利を導く太陽の鳥の如く。
 その眼下で、奇態な怪物は、荒々しく呻きながら巨体を起こす。

「ねえ、きゅうけつきを探してたんじゃなかったの? きゅうけつきじゃないよね、この人!?」

 ツバキの空飛ぶ牛車から首を出しながら、クロイワが目を白黒させる。

「いや、こやつが吸血鬼じゃわいな。普段は人間と変わらぬ大きさじゃが、いざ、自分が脅かされるような手強い敵と戦う時には、こういう『戦闘形態』に変ずるのじゃ。実際に見るのは何百年ぶりかのお」

 ツバキは説明しながらも、何か考え込んでいる様子。
 なぜ、「本星と思しい吸血鬼が」「戦闘形態で」自分たちを待ち受けていたのか、理由がわからない。
 そもそも、この吸血鬼が、何故疫病をこのあたり一帯にばらまいたのかも全くわかっていないのだ。
 ただ一つ明確なのは、疫病はこの「Hコンサルティング」の入っていたビルを中心にばらまかれているということ。
 あの、Hコンサルティングに残されていた裏の仕事の記録を調べれば、何か掴めたかも知れないが、今やその時間はない。

「貴様か、疫病をばらまいたのは。何故、こんなことをしている?」

 アマネの朗々とした声が響く。
 ようやく体勢を立て直した髑髏の化け物が、ぐいと首を伸ばしてアマネに食らいつこうとするかの如く。

『いやあ、驚いた。あなたは、上位の天狗のお嬢様ですね。滅多にお見かけしない』

 巨大でグロテスクな髑髏の怪物から流れ出た声は意外にも、耳に心地よい、滑らかで響き豊かな若者の声である。

『そしてお供は……片輪車さんと、鬼のお子さん。そして、夜行さん、ですか。なかなか手強い方々が揃っておいでですね』

 軽やかに笑う声もぞわりとする違和感が伴う。
 声のトーンは陽気で、取り立てて敵意なぞ感じない。
 こんなばかでかい怪物の姿でなかったら、丸め込まれて話し込んでいたのではないかと思うほどに。

「……吸血鬼よ。そなた、自分のしでかしたことがわかっているのか?」

 ヨルノが垂れた髪の間から、鋭い目を向ける。

「今は昔とは違う。疫病の流行ったあたりの人間が死んで終わりではない。あらゆる場所が世界中に繋がっている。世界中に災厄がばらまかれる可能性があるのだぞ。わかっておるのか?」

『わかっておりますよ。全て覚悟の上です。世界と引き換えにしても、成し遂げたいことがありましたのでね』

 しれっと言いきり、髑髏の怪物はじろりと一同を見回す。

『さて、ここからは、私の質問です。あなた方は、Hコンサルティングと何か関係があるのですかね?』

 その質問に、全員が、やはりという感慨を持つ。
 この怪物吸血鬼は、Hコンサルティングをターゲットにしていたのだ。
 他の全部は、巻き添えに過ぎない。

「このコンサル会社は、裏でまずいことを色々していたようだが……しかし、それのうちの何が、お前の怒りをそれほどまでに掻き立てたのだ? 今日だけで、どれだけ死んだ!? 無辜の何千という人間の生命と、引き換えにするような復讐なのか!?」

 アマネの声音と表情はきつくなる。
 が、返ってきた言葉は。

『ええ、引き換えにするような復讐です。私にとってはね』

 あまりにあっけらかんと言い放たれた言葉に、全員が一瞬呆気にとられるばかり。

『……あなた方、どうやらあの会社の人間どもとは無関係のようですね。どこの誰です?』

「覚えておけ、我らは『常世連(とこよのむらじ)』。貴様のような不逞の輩を、始末するのが役割だ!!」

 アマネの扇が翻ると同時に、核の爆風並みの熱を含んだ衝撃波が、髑髏の怪物に直撃した。
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