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蒼の吸血鬼

「さて、皆さん。事件については、先刻ご承知だと思います。これは、極めて異常な事態です」

 いつになく緊迫した声で、だが、はっきりと聞き取りやすい調子で、ユメが語るのは、今朝発生して、目下日本はおろか世界中を騒がせる破目となった不気味な事件。

 いつもの、常世田製薬の社屋の一角に偽装された部屋。
 人外たちの連合、自警団や各種相互扶助組織を融合させた「常世連(とこよのむらじ)」に割り当てられた会議室仕様の部屋は、窓からうららかな日差しは射しこんでも、空気は凍り付くよう。

 その原因は、壁の一角に嵌め込まれたモニターに映し出された、悪魔の悪戯としか思えぬグロテスクな白骨死体だ。

 いや、アマネの報告がなければ、さしもの手練れの「常世連」の面々も、それが「人間の白骨死体」だなどと思い至らなかったであろう。
 どちらかといえば、悪趣味を極めた、「白骨」モチーフの美術作品か何かとしか認識しなかったはず。

 その部屋にいるのは、六名。
 会議用の長机に、思い思いに陣取っている。

 例の事故現場で裏どりをしてきた「天狗」のアマネ。
 彼女に加え、「常世連」の首領、「常世虫(とこよのむし)」のユメ。
 凝ったセレブスーツでも、少女っぽさを隠せない。
 彼女の護衛の「太刀の精」ヤイバは、良く似合ったピシリとしたスーツ姿。
 華麗な十二単(!!)といういで立ちの、「片輪車」であるツバキ。
 狩衣に蒼白な肌、長い髪を垂らしたどこか病的な若者の姿は、「夜行さん」であるヨルノ。
 そして、一見、人間の朴訥な中学生男子風に見える、浅黒い子供。
 見る者が見れば、小山のような「黒鬼」の正体が透けて見えるのは、クロイワだ。

「……ほほう、懐かしいのぉ。その昔、ちょくちょく見かけたわいな」

 広げた華麗な扇の陰で、くつくつと笑ったのは、「片輪車」のツバキだ。

「しかし、今どきこんなことをする奴がおるとはのぉ。今では情報というやつは光の速さ、この地球の裏側まで一瞬でしかないというに」

 アマネが確認してきたようなこの「異常事態」は、一瞬で日本全国ばかりか、地球全土を駆け巡ることとなったのだ。

 日本は東京で、未知の、極めて危険な伝染病が発生。
 感染すると、極めて短時間――数十分程度と目される――で発病、肉体が物理的に説明できないレベルに変形し、その際、非常な苦痛を伴う模様。
 変形が限界を迎えると、全身の皮膚、内臓、筋肉や脂肪といった軟組織が腐敗し液状化、一瞬で死に至る。

 現在のところ、確認できた限りでは致死率100%。
 原因菌、ウイルス等は未確認。
 極めて感染力が強く、しかも空気感染する模様。
 救助活動に当たる人員すらも近寄れない状態。
 したがって、発生が確認した地域を、他地域より隔離することでしか、対策を打てない状況。
 現時点で、東京のA市と、そこからの電車が横転した、数km先の一帯を封鎖。

 いつもは腰の重い日本政府も、流石に今回ばかりは迅速に対処。

 東京都民には外出を控えるよう通達。
 地方民にも、事態鎮静の確認に至るまで、東京に近付かないことを要請。

 首都機能がマヒした東京でも、流石に生き延びたジャーナリズムによって、この恐るべき疫病発生の報は、一瞬で世界に拡散させられた。

 日本に向かうはずの旅客機はコースを逸れて近隣諸国に退避。
 そこから取って帰り。
 輸入物資を満載した洋上の船舶は日本に寄港できず、やはりどこかで燃料を補給の上引き返す。
 日本から諸外国へ向かう旅客機、船舶は、無論全て日本から離れることはできなくなったのだ。

 海外との物流、人の往来は完全停止した。
 食料の大部分と、ほとんど全ての資源を輸入に頼る日本の破滅まで、時は残されていない。

「懐かしい……吸血鬼殿か。それも、昨今流行の外来吸血鬼でなく、日本に居座る古株の方とはな……」

 どこか、寒風が唸るような不気味さ寒々しさを感じるハスキーな声で、ヨルノがつぶやく。
 薄い唇が、にい、と上がる。

「奴らは、数は少ないが厄介よ。ほんのちょっとばかり力を出せば、ご覧の通りの有様だからな……。自らの餌場に毒を蒔くようなものゆえ、ここ数百年ばかりは滅多に見かけなかったのだが、さぁて……」

「きゅうけつき、って、何? 日本と外国のきゅうけつきは、ちがうの?」

 就学前の子供を思わせる、舌っ足らずな口調で質問を投げるは、鬼の子供であるクロイワだ。
 ごく普通のパーカーにジーンズ、スニーカーという、この部屋の中ではむしろ浮いている格好。

「日本で『吸血鬼』と呼ばれて認識されているのは、ほとんどの場合、比較的最近広がった、ヨーロッパ型の吸血鬼だ」

 答えたのは、ユメではなく、教えたがりの天狗、アマネだ。

「蒼白の肌で、血を吸い、空を飛び、霧やコウモリや狼に変身する。基本的に死んでいて、仲間を増やす時は、選び出した人間の血を吸い、自分の血を相手に与える、という儀式を数回行い、目標の人間を吸血鬼に生まれ変わらせる。まあ、色々種類はあるが、およそに共通しているのは、そんなところだ」

 クロイワが、アマネの方を向いて、くい、と首を傾げる。

「日本のきゅうけつきは、そうじゃないの?」

「似ている部分もある。そもそも、吸血鬼というのは、血を吸う魔物という意味なのだ。血を吸うのは絶対だ。空も飛んだはず。だが、ここからが違う」

 アマネは華やかで愛らしい顔を歪め、腕組みをする。
 紅い髪が揺れる。

「日本原産の吸血鬼は、疫神的な性格が強い。要するに、治しようのない、致死性の疫病を作り出し、撒き散らすのだ。人外であっても、弱い個体なら危険というほどのものでな。あいつらは、血を吸う他に、こういう形でも養分を摂る。すなわち、この病気で死んだ人間の精魂……魂を食らって生き長らえることができるのだ」

 アマネの紅水晶の目に映るは、モニターに映し出されたあらゆる尊厳という尊厳を奪われたかのような、無残な死骸だ。
 一度見ているものであるが、モニター越しなら、嫌悪感が薄れるものでもない。

「これ、きゅうけつきが、ご飯を食べた跡なの?」

 子供っぽくても、引っ掛かるものがあったのだろう。
 クロイワが眉根を寄せる。

「日本の吸血鬼たちは、昔はともかく、最近は滅多にこんなことをすることはなくなっていたのですよ。ここまで大量の人間の精魂を貪らなくても、活動に支障はないはずですのでね。……普段、まともに『食事』をしていればの話ですが」

 ユメが、静かに口を開き、隣のヤイバを促す。

「これが、今現在の封鎖地域です。この地域のどこかに、疫病が最初に撒かれた『爆心地』があるはずなのですが」

 ヤイバが、モニターに繋がるパソコンを操作する。
 有名な地図アプリを使って表示されたその街並みに、その場にいる人外たちは、一斉に釘付けになった。
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