掌編
「多分さー、お前さんのせいだと思うんだなぁ」
「な、なにがですか」
「何が、って。外だよ」
先輩がため息を吐くものだから僕はおそるおそる、ガラス一枚隔てた外に目を向ける。真夜中、しいんと静まり返った室内、外は真っ暗。街灯がびゅうびゅうと吹き荒れる風で揺れていた。横殴りの雨が街灯を、そして僕らの目の前の窓を叩きつけていく。
「雨ですね」
「雨だな。というよりも嵐だな」
「……それで、嵐がどうして僕のせいになるんですか」
「お前さんがへっぽこだから?」
「そんな!! 先輩酷いです!!」
その場でぐるんぐるん。回って抗議してみるも先輩はジト目で僕を見てくるばかり。
なぜだ。僕のなにがへっぽこ要素なのですか。
「俺がひとりでこの役目を負っていたころは、お役目を失敗することなんてなかったんさ。それがどうだ、お前さんが来てからというものなかなか雨がやまないではないか。この間だってそうだ。あの娘が泣いていた。いつまでも新人気分でいるんじゃないこったね。今度の朝も雨だったら、分かるな?」
「お天道さまのご機嫌もありますでしょう。それに僕らは神さまではありません。僕らに期待を寄せる、その信仰をやめろとは言いませんけど。だけど、天気を晴らすなんてこと本当は」
「俺にも分かってるさ。それでもやらねばならんのだ。晴れを望む者がいる限りな。……はぁ。まったく、これだからガーゼで出来たやつは。体は丈夫でも心は弱いってか?」
「それは関係ないと思います」
先輩とふたりでぶらんぶらん、ぐるぐる。
いろいろ考えてはみるものの結局何かできるわけでもなく、ひたすらに揺れながら、窓の向こうを見つめながら、吊るされるだけ。それが僕たちのお役目。先輩も分かってはいるはずだ。でも、先輩の真っ直ぐな姿勢を見ていると茶化すことは出来なかった。
ぴかっ、どぉん。遠くの空が閃く。相変わらず、雨は猛威を振るっている。
「朝には落ち着くといいですね」
「そうだな。なぁお前さんよ、お前さんはどうしてあの娘に作られたと思う?」
「晴れを願うため、ですよね」
「60点ってとこだな。間違っちゃいない、そりゃそうなんだが。俺を見て気が付くことはないか、新人くんよ」
「ティッシュ製で、ええと、長い間お勤めなんですね。名誉の負傷も見受けられまして……」
「そうだ。ガーゼで出来ているお前さんよりも弱い。湿気で柔くなり、何度も破れては治療され。だがおそらく、それも今回で終わりだ」
「え?」
「お役御免ってこったね」
「そんな……」
「だから最後は、晴れて欲しいんだなあ」
けらけらと笑って体を揺らす先輩に、僕の息が詰まる。
今までどんな思いで。どんなことを考えて窓の向こうを見ていたのだろう。それに引き替え僕は。嗚呼。
「あした天気にしておくれ」
そう絞り出すのが、情けない僕には精いっぱいだった。
早朝。飛び起きてカーテンを開けた少女はわあっと声を上げた。
「おかーさん! 晴れた! 晴れたよ!!」
前日の天気予報では雨か曇りだった。ところが、窓の外は晴天。小学生くらいの女児はぴょこぴょこと飛びはねていた。
有頂点で部屋を出ようとしたところで、何かを思い出したように少女は引き返す。向かったのは窓。カーテンレールにかけられているふたつのてるてる坊主のうち顔が破けてしまった方に、背伸びをし手を伸ばして取った。
くるくると手で回しながらしばし眺めたあと、勉強机の引き出しに手を伸ばす。取り出したのはガーゼとリボン。少女はティッシュで出来たそのてるてる坊主の上からガーゼをかぶせ、首をオレンジのリボンで巻いた。
それをさっきの場所にかけ直す。開け放った窓からの風で揺れるふたつのてるてる坊主を見て満足げに頷いて、今度こそ部屋を後にしたのだった。
「な、なにがですか」
「何が、って。外だよ」
先輩がため息を吐くものだから僕はおそるおそる、ガラス一枚隔てた外に目を向ける。真夜中、しいんと静まり返った室内、外は真っ暗。街灯がびゅうびゅうと吹き荒れる風で揺れていた。横殴りの雨が街灯を、そして僕らの目の前の窓を叩きつけていく。
「雨ですね」
「雨だな。というよりも嵐だな」
「……それで、嵐がどうして僕のせいになるんですか」
「お前さんがへっぽこだから?」
「そんな!! 先輩酷いです!!」
その場でぐるんぐるん。回って抗議してみるも先輩はジト目で僕を見てくるばかり。
なぜだ。僕のなにがへっぽこ要素なのですか。
「俺がひとりでこの役目を負っていたころは、お役目を失敗することなんてなかったんさ。それがどうだ、お前さんが来てからというものなかなか雨がやまないではないか。この間だってそうだ。あの娘が泣いていた。いつまでも新人気分でいるんじゃないこったね。今度の朝も雨だったら、分かるな?」
「お天道さまのご機嫌もありますでしょう。それに僕らは神さまではありません。僕らに期待を寄せる、その信仰をやめろとは言いませんけど。だけど、天気を晴らすなんてこと本当は」
「俺にも分かってるさ。それでもやらねばならんのだ。晴れを望む者がいる限りな。……はぁ。まったく、これだからガーゼで出来たやつは。体は丈夫でも心は弱いってか?」
「それは関係ないと思います」
先輩とふたりでぶらんぶらん、ぐるぐる。
いろいろ考えてはみるものの結局何かできるわけでもなく、ひたすらに揺れながら、窓の向こうを見つめながら、吊るされるだけ。それが僕たちのお役目。先輩も分かってはいるはずだ。でも、先輩の真っ直ぐな姿勢を見ていると茶化すことは出来なかった。
ぴかっ、どぉん。遠くの空が閃く。相変わらず、雨は猛威を振るっている。
「朝には落ち着くといいですね」
「そうだな。なぁお前さんよ、お前さんはどうしてあの娘に作られたと思う?」
「晴れを願うため、ですよね」
「60点ってとこだな。間違っちゃいない、そりゃそうなんだが。俺を見て気が付くことはないか、新人くんよ」
「ティッシュ製で、ええと、長い間お勤めなんですね。名誉の負傷も見受けられまして……」
「そうだ。ガーゼで出来ているお前さんよりも弱い。湿気で柔くなり、何度も破れては治療され。だがおそらく、それも今回で終わりだ」
「え?」
「お役御免ってこったね」
「そんな……」
「だから最後は、晴れて欲しいんだなあ」
けらけらと笑って体を揺らす先輩に、僕の息が詰まる。
今までどんな思いで。どんなことを考えて窓の向こうを見ていたのだろう。それに引き替え僕は。嗚呼。
「あした天気にしておくれ」
そう絞り出すのが、情けない僕には精いっぱいだった。
早朝。飛び起きてカーテンを開けた少女はわあっと声を上げた。
「おかーさん! 晴れた! 晴れたよ!!」
前日の天気予報では雨か曇りだった。ところが、窓の外は晴天。小学生くらいの女児はぴょこぴょこと飛びはねていた。
有頂点で部屋を出ようとしたところで、何かを思い出したように少女は引き返す。向かったのは窓。カーテンレールにかけられているふたつのてるてる坊主のうち顔が破けてしまった方に、背伸びをし手を伸ばして取った。
くるくると手で回しながらしばし眺めたあと、勉強机の引き出しに手を伸ばす。取り出したのはガーゼとリボン。少女はティッシュで出来たそのてるてる坊主の上からガーゼをかぶせ、首をオレンジのリボンで巻いた。
それをさっきの場所にかけ直す。開け放った窓からの風で揺れるふたつのてるてる坊主を見て満足げに頷いて、今度こそ部屋を後にしたのだった。
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