掌編

 目覚まし時計がなる前に目が覚めた。ああ、肩が痛い。未だ慣れないうつぶせ寝をどうにか繰り返しているせいか。
 すっかり日課になった軽いストレッチをこなしてから、キッチンに立つ。電気ケトルのスイッチを入れる。今朝は何を飲もうかな。いつもの安いコーヒーか、それともこの前の会社からの頂きものの紅茶か。でも、その前に、だ。マグカップを洗わないといけない。すべてシンクの中に転がっているから。
 一等お気に入りのカップを拾い出して、スポンジを握る。洗剤は買い忘れたままだから、水洗いするだけだ。浮き輪を持って常夏の海で泳ぐシロクマの絵柄。クマの頭のあたり、ピンクの口紅の跡はなんとなく、指で擦り取る。それから手を洗って冷蔵庫を開けたところで、ポンとケトルが音を立てた。
 カップにお湯を注ぐ。それから未開封の紅茶箱を手に取る。茶葉を手に。……順番を間違えた。もういいや。面倒だ。味はどうせ一緒だ。少なくとも自分の舌には。
 紅茶は中を開けると、幸いティーバッグだった。カップに浮かべたまま座卓に置いて、冷めるまでの間に着替えることにする。
 窓際に干してある洗濯物から適当に服を収穫、着用。洗顔から保湿までこれひとつで! と謳い文句の顔パックをして、テレビをつけて、天気予報をチェックして。
『今日からの三日間は快晴。明日明後日の休日は、行楽日和でしょう』
 新緑を背景にキャスターがにこやかに伝える。続けて土日のテレビ局のイベントを嬉々として案内するスタジオのキャスターたち。
 そうか。世間は行楽シーズンだったのか。いい身分だなぁ。
 ……なんてぼんやりと、しかし真面目に思ってしまうのはいつからだろう。
 パックを取って鏡に映る自分を眺める。相変わらず薄くなってくれない目の下のクマ。
 朝なんて、いかに遅く起きるか。夜は夜でどれだけ早く帰ってベッドに入れるか。
 うつぶせ寝は疲労回復にいいとネットの記事で見て、実践したところで肩凝りが増えただけ。
 休みは寝て起きて、食べて、それで終わり。そしてまた月曜日になる。
 今だってそう。代わり映えのしない朝だ。
 テレビを消す。カーテンを開けると、山の向こうに広がる青空が輝いていた。きっと、他人ならそんな表現をするであろう景色。
 そろそろ出勤の準備をしなきゃいけない。紅茶を一口。ティーバッグを取り忘れてた。というか、これさあ。ほうじ茶だ。
 もういいや。どうだっていいや。私の朝なんて、ずっとこんなものだ。洗濯忘れて昨日の服着たときよりはずっといい。シロクマが私のかわりにバカンスしているし。
 誰にも等しく朝が来る。個々人の事由なんか目をくれず、太陽は私たちを目覚めさせる。そして私は、今日も深夜まではたらく。
 ほら、朝が来たよ。
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