私を嫌ってたはずの後輩が過保護になった件
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「……ひま」
午後のグラウンド。今日も今日とて私たち2年はグラウンドで体術の訓練だ。それはいい。いいんだけど、私は木陰に腰をおろして視線の先には同期のみんなが体術の訓練中。
今日も体術頑張るぞー!と意気揚々と席を立てば、ばし、と軽く後頭部をはたかれ振り返れば真希ちゃんが呆れた顔をして「お前は見学に決まってんだろ」と言った。
「なんで?!!」
「なんでもクソもあるか!お前は安静にしてろ」
「ちょっとくらい大丈夫だよ」
「大丈夫なわけあるか!」
「俺たちが恵に怒られる」
真希ちゃんパンダくん、そしてこくこくと頷く棘くん。同期全員から禁止令を言い渡され私だけ見学である。仕方ないとは言え、ひどい。というか、伏黒くんに怒られるってなんなんだ、と思ったけど今朝の彼を思い出して、本気で私が彼にブチ切れられるのが容易に想像できた。ちょっと寒気もしたし。
ここから少し離れた所で訓練しているみんなをしっかり見ようとしても、片目だけではなかなかピントが合わない。ぐっと目に力を入れてみてもはっきりと見えることは出来なくて。
こんなんじゃ、まだまだ任務は行けないな。
はぁ、とため息をついて無意味に足元の草をいじいじと触っていれば、大きな影が差した。
「うわぁ。見るからに拗ねてるじゃん」
「五条先生!」
振り返れば、そこに居たのは五条先生。
相変わらず足長いなこの人。
授業は?と聞けば、「今は1年の子たちがみんなで任務行ってフリーなんだ」とピース付きで返してきた。なんか、あざとい。真希ちゃんが見たら「うぜぇ」って言いそう。
「あ。硝子が今日医務室来いって。経過見たいらしいよ」
「家入さんが……はあい、わかりました」
帰り伏黒くんに医務室行くのお願いしなきゃな、と今日の予定を脳内で組んでいれば、「あ、そう言えば!」と楽しそうな声を上げる五条先生。
「恵が名前のお世話してくれるんだって?良かったじゃん」
「良くないですよ!」
「え?なんで??嫌なの?恵かわいそー」
「いや、私がっていうより、伏黒くんの方が嫌だと」
「恵が?なんで?」
なんで……って。この人知らないのかな。いや、あの五条先生が知らないなんてことある?この人と伏黒くんって付き合い長かったんじゃ?
「あの〜……あれじゃないですか、伏黒くんって」
「あれって何?」
「だから、伏黒くんって私の事嫌いだから……!」
えっ、と五条先生が声を上げたかと思えば、お腹を抱えて大笑いをしていた。いやなんで?これ馬鹿にされてやしないか。ひーひーと未だに笑う五条先生をじとりと睨みつける。
「もー、名前最高。まって、ほんと笑い止まんない」
「馬鹿にしてます?」
「してないって。あー、笑った。ちょっと恵が可哀想すぎて面白い」
「はあ?」
この先生のツボがわからないし、言ってる意味が分からなさすぎて首を傾げていればわしゃわしゃと頭を雑に撫でられる。私は犬猫じゃない。
「ちょ、髪乱れる!」
「やー、笑わせてくれてありがとね。まあそんなこと気にせず恵に任せてればいいから名前は」
「どういう、」
「何してるんですか」
低い声が聞こえたかと思えば、私の頭を撫で回していた五条先生の手が離れる。なんだ、と顔を上げれば、五条先生の手を掴むのは、
「伏黒くん……」
噂をすればなんとやら。伏黒くんだった。眉を寄せてまた機嫌が悪そう。私の方を少し視線を寄越した後、掴んでいた五条先生の手を離す伏黒くん。
「あれ、恵もう帰ってきたの?」
「終わったんで。なんか文句ありますか?」
「ないよー。そんな怒らなくてもいいでしょ」
「別に怒ってません」
「ふーん?まあ恵も頑張ってね」
「は?」
ぽんぽん、と伏黒くんの肩を叩き五条先生は校舎へと戻って行った。まじでなんなんだあの人。そう言えば先生の言ってる意味全く分からなかったな……。真面目な場面以外は本当にあの人の言うことは真に受けない方が懸命かも、と先生の背中を見ながら思考を渦巻かせていれば、伏黒くんがどかりと私の隣に腰をおろした。
「あの人と何話してたんですか?」
「うーん、なんだろう……」
「……言えないことですか?」
「いや、というより本当に何言ってるか理解出来なかった」
「はぁ?」
本当に意味がわからなかった、と眉を顰める伏黒くんに返せば「……そうですか」とあまり納得のいっていない様子だった。私の理解力ではあの会話を把握するのは至難の技なんだから、本当に仕方ない。
「あ、そう言えば任務だったんだよね?大丈夫だった?」
「はい、何も問題ありませんでしたよ」
「さすが!あ、野薔薇ちゃんと悠仁くんは?」
「……渋谷で遊んでくって」
む、と見るからにまた不機嫌そうな表情にざわざわと胸の当たりに違和感を覚える。そんな気に触ること言った気が全くないんだけど……。
うぅぅん、何か、話題……。
「な、なら、野薔薇ちゃんと悠仁くんも大丈夫そう、」
「前から思ってたんですけど、それどういうつもりですか?」
「え?」
「2年の先輩たちのこと、下の名前で呼びますよね?」
「うん」
「1年は?」
「野薔薇ちゃんと悠仁くんと伏黒くん」
「それ」
彼の質問の意図が分からず、頭の中にクエスチョンマークを埋めつくしながら答えていればずい、と伏黒くんが私に詰め寄る。
何が言いたいんだ、と今度は私が眉を顰めた。
「……俺だけ」
「うん?」
「だから!俺だけ名字呼びなの嫌がらせか何かですか」
「えっ、言われてみれば……」
思わずそう口にすれば、ぎろっと鋭い目付きで睨みつけられ、ひっと小さく悲鳴を上げてしまった。
別に嫌がらせでも無ければ意識してそう呼んでたわけでもない。
本当に気付けばそう呼んでた。初めて彼と出会った時も、「伏黒です」と彼が自己紹介をしてそれから「伏黒くん」と呼んでいたから、そのまま今に至るわけで。
「俺だけ名字呼びっておかしいだろ」
そうぽつり、と小さな声で独り言のように呟く彼に確かに、と私も呟いた。
「はぁ……、まさか俺の下の名前知らないとかないですよね?」
「知ってるよ!恵くん、でしょ?」
「…………」
え。なんで無言……。
間違ってるはずはないのに、何も反応がないと少し不安になる。
「これから……」
「え、なんて?」
「これからは、そう呼んでください」
私から視線を逸らし少し頬を染めてまた小さい声で言う彼に一瞬息をするのを忘れた。
なんというか……可愛い。名前、呼んで欲しかったんだ。えぇ……なにそれ、可愛い。本当に目の前にいるのはあの伏黒恵なのか。
「うん!恵くんって呼ぶよ!恵くん!」
「ふっ……はい」
てっきり、「無意味に呼ぶな、必要な時だけでいい」といつものようにバッサリと切られるかと思った。のに、あまりにも嬉しそうに笑うからこっちの調子が狂う。
「じゃあ、また後で迎えいきますね」
「うん。あ、ちょっとお願いあるんだけど」
「!なんですか?」
「帰りさ、硝子さんのところ寄らなきゃなんだけど、着いてきてくれる?」
「あぁ、勿論着いていきます」
「それお願いのうちに入らないですよ」と優しく目を細めて笑った恵くんに、また今朝感じたのと同じように胸の奥がきゅ、と苦しくなるような感覚がした。