私を嫌ってたはずの後輩が過保護になった件
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「いい加減、観念してください。時間もうないですよ」
はぁ、と溜息をついた伏黒くん。と、ずいっ、と差し出されたお箸には彼が骨をとってほぐしてくれた焼き魚。
「いやいやいやいや!!!1回落ち着こうか!!?」
「そっくりそのまま返します。落ち着いてください」
「落ち着けるとでも?!!」
時は遡って共同スペースに着いた頃。多分30分くらい前。
来るのが少し遅かったのか、そこには誰も居なかった。しん、としたその空間にほっと胸を撫で下ろす。手を繋いでる所を見られるのも、野薔薇ちゃんと悠仁くんにこの包帯姿を見せるのも気が引けた。何より、この今の状況を誰かに見られてたら羞恥心で死んでた。
共同スペースに着いて伏黒くんが、「飯、持ってます。そこ、座っててください」そう言った。少しして伏黒くんがお米と焼き魚。お礼を言って箸を手にして食事をしようとすれば、なかなか距離が掴めない。両目が見えてたときですら魚をほぐすのは至難の業だったから、今はその倍難しい。
苦戦していれば、私の指からお箸が伏黒くんによって抜き取られ、向かいに座った彼は何も喋らずに黙々と骨を取って魚の身をほぐしてくれていた。
えぇ……やっぱり伏黒くんいい子すぎるでしょ……!と、感動のあまりちょっと泣きそうになった。
ありがとう、と口を開こうとした時、ずいっ、と私の口元に差し出されたのは、魚の身が挟まれたお箸。
「え、」
「早く食べてください」
食べてください?
食べる……と脳が伏黒くんの言葉を処理するのに数秒かかり、彼の言葉を理解すれば「はぁあ!?!」といつかのように色気もない声が出た。
これは俗に言う、あーん、ってやつなのでは?!
「なっ、な、なに言ってんの?!」
「時間かかるでしょ。この方が効率いい」
「手は使えるよ!?」
「どう見ても距離まだ掴めてないですよね」
それからだ。さっさと食べろと言う伏黒くんと、自分で食べると言う私の攻防戦が始まったのは。
「いい加減にしてください。遅刻しますよ」
「で、でもね、伏黒くん、」
「なんでも、言うこと聞くって言いましたよね」
「は、」
「さっき、名前さんがして欲しい事してやるって言いました」
じっと感情の読めない彼の黒い瞳が私を見据える。
確かにさっき廊下でそう言った。不思議くんが報告書を書いてくれたからそのお礼にと。そう言った。
言ったよ、言ったけど……!!
「俺の聞き間違いですか?」
「うぅ……っ、えっとね、伏黒くん」
「言ったんですか?言ってないんですか?」
伏黒くんが詰め寄り、なんかどんどん顔が怖くなってる気がする。廊下ではちょっと機嫌良いかもって思ったのに、昨日から伏黒くんの機嫌の浮き沈みが激しくないだろうか。彼の瞳には青い顔をした私が映っている。
もうこれお世話超えて脅迫なのでは。
「い、言った」
「ですよね。名前さんが一人で食べ終わるのに時間かかりますね?」
「は、はい」
「俺は名前さんを2年の教室に送り届けなきゃ行けないんで、待ってたら俺も遅刻しますよね」
「う……はい」
「効率いいのは?」
「ふ、伏黒くんに、食べさせて、頂くことです……」
「よし。じゃあ口開けてください」
ほぼ強制的に言わされた。しかも、食べさせてもらう、なんて自ら口にした事に羞恥心がさらに増した。
もうやだ、本っ当に恥ずかしい。いやもう恥ずかしいとかのレベル超えてる。顔が、熱い。絶対、今顔が真っ赤だ。
それを真正面から伏黒くんに見られてると思うとより一層恥ずかしくなる。
でも、これ以上伏黒くんに迷惑は掛けられないし……と、意を決して震えそうになる唇をゆっくりと開けば、口の中に魚が入れられた。この長い攻防戦のお陰ですっかりと焼き魚は冷えきっていた。
この歳になって人にご飯を食べさせられるとは夢にも思わなかった。
「ご、ごちそうさま……」
食べてる時はもう伏黒くんの顔を見てられなくて、全て食べ終わってようやく伏黒くんに視線を向ければ、と目尻を下げてとろり、と彼は笑っていた。それがとても嬉しそうな表情に見えたのは、私の思い違いだろうか。
「……っ、」
胸が早鐘を鳴らす。きゅ、と胸の奥がちょっと苦しい。
これは、なんだろう。
「名前さん?」
「や!な、なんでも……ない、です」
今まで感じたことの無い感覚に戸惑いながらも、なんとかそう返事をした。
その後、また手を繋いで教室へと送ってもらい、伏黒くんは「じゃあ、帰りまた迎えに来るんで」と1年生の教室へと戻って行った。
この食べさせてもらう、という行為がこの先暫くは続くのかと、頭を悩ませながら遠くなる彼の背中を狭まった視界で見つめた。
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2024.2.1