私を嫌ってたはずの後輩が過保護になった件
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「……生きてる、」
瞼を持ち上げいつもより幾分か狭い視界に広がったのは、白い天井。そして野心地の良いこの感触はベットだ。こんな真っ白なのは医務室のだろう。ということは、なんとか硝子さんが処置してくれて生きてる、ということなんだろう。
さすが、硝子さん。そして私の生命力。伊達に怪我ばっかしてないんだぞ!……いや、さすがに今回は死を覚悟したけど。
はぁ、と息を吐けば、左手を掠める何か。その擽ったさにちらりと"原因"に顔を向け、叫びそうになるのを寸のところで止めた。
「わ、わぁ〜……綺麗な顔……」
綺麗なご尊顔をお持ちの後輩もとい、伏黒くんが私の手を握って眠っていた。平常心を保つためにふざけた事を言ってみるが、なんの効果もなくそれどころか余計に心臓が暴れた。どういう状況なんだこれ……。
「あ、起きてる」
背後からそんな声が聞こえて振り返れば、白髪に黒の目隠しをした長身の男性。五条先生だ。「そのまま寝てていーよ」と起こそうとした体は先生の手によってまたベットへと戻された。
「ごじょーせんせ、」
「さすがの名前も今回はやばかったねえ」
口元はニコニコと笑っていて、この場に似つかわしくない明るい声を出す五条先生。ただ、もう2年の付き合いにもなるとわかる。これは怒ってる時だ。先生が纏うオーラがもう……。たらり、と冷や汗を流していればわきにあったパイプ椅子にどかりと先生は腰掛けた。
「僕も今回ばかりはちょっと焦ったよ」
「す、すみません……」
「硝子がいてくれたから良かったものの、もし居なかったらどうなってたか。名前ならわかるでしょ」
五条先生の言葉にひくり、と喉が鳴った。
……多分、硝子さんが居なかったら私は、死んでた。五条先生は恐らく、そういう意味で言った。再び自分の生死を実感したからか、それとも五条先生の圧に抑えきれなかったからか、体が恐怖で震え始めた。
「……ん、」
「お。こっちも起きたね」
地獄かと思うような空気を一掃してくれたのは、私の左手に頭を預けていた彼。伏黒くんだった。先程のようにそちらへ顔を向ければ、ぽや、と寝起きの顔をした伏黒くん。寝起きもビジュ良いんだ……なんて考えていれば彼と目がかち合った。と、思ったらばっと勢いよく体を起こした伏黒くん。気を失う前に見た表情と同じような顔をしている気がする。
「目覚めて…!?大丈夫なんですか!?」
「なん、とか……?」
「なんとかってっ……!ふざけ、」
「はい、ストーップ」
ぬ、と私と伏黒くんの間に割って入ってきた大きな手。はぁ、はぁ、と珍しく息を乱した伏黒くんはその手の持ち主をぎろり、と睨みつけていた。
「恵はちょっと落ち着こうか」
「落ち着いてられる状況かよ……!!」
「まあまあ。何はともあれ無事だったんだから」
「無事って、この人のどこが無事だって言うんですか……!」
え。無事じゃないの私?思わず、両足、両腕をぺたぺたと触った。良かった……腕も足もまだある。じゃあ、伏黒くんの言葉の意味はなんなんだ。ばくばく、とまた心臓が嫌な音を立て始めた。
「恵、今日は部屋に戻ろうか」
「は!?なんでっ……」
「疲れたでしょ?ほら、部屋戻って。僕からこの子にまだお説教しなきゃだから。ね?」
「……っ、わかりました」
何故か部屋に戻ることを渋っていた伏黒くんは、五条先生の圧に押されるように不服そうにしながらもこくり、と頷いた。じっと私を見下ろした伏黒くんと目が合う。なんて顔してるんだろう。まるで捨て犬みたいな、その目は悲壮感に溢れていて。伏黒くん、と彼の名前を呼ぼうと口を開こうとすると、彼は「……失礼します、」と部屋から立ち去ってしまった。
「恵ずっと着いてくれてたんだよ」
「え?」
「任務終わりなんだから休めって言ってもさ、名前が起きるまでいるって聞かなかった」
「伏黒くんが……?」
「そう。名前を抱いて走ってきたときはびっくりしたよ。僕もあんな恵、初めて見た」
そう言われ、思い出すのは意識を失う前の車内の伏黒くんだった。私も、あんな切羽詰まった伏黒くんは初めて見た。本当に迷惑を掛けてしまったな、と申し訳なさでいっぱいだ。
「それで、ここからは名前のこと話そうか」
「え、私?」
「そう。名前の目について」
「目……?」
そういえば、視界がいつもよりずっと狭い。恐る恐る自分の目元に手を伸ばせば左目辺りに布のような感触。恐らく左目にぐるぐると包帯が巻かれているんだろう。
「左目、呪霊に攻撃されたでしょ。がっつり術式ぶつけられてる」
「……目、無くなったんですか?」
覚悟はしてた。左目はしっかり攻撃されたのを覚えているし、あの後も今まで感じたことの無い痛みと熱さだった。あれで無事である確率は0だと思う。
「目はあるよ。ただ、視力が戻るかはこの先わからないらしい」
「というと……?」
「今は左目全く見えない状態だけど、それが戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。取り敢えずは経過観察だってさ」
「そう、ですか……」
「あれ?あんまびっくりしないんだね。名前ならもっと騒ぐかと思ったよ」
「や、さすがにモロ攻撃されちゃったんで覚悟してたというか」
「そっか。とにかく、暫くは左目側はちゃんと包帯しとけって硝子が言ってたよ」
視力が戻る可能性がある、それだけでもまだ気が楽かもしれない。それにまだ生きてる。命を落とすよりずっといい。そんなことよりこれからの戦い方を考えないと。片目で戦うことになるんだから、今以上に体術頑張らなきゃ……と思考を渦巻かせていれば、ぽん、と頭に大きな手が乗せられた。
「頑張ったね。ちゃんと祓えたの凄いよ」
「……お説教するんじゃ無かったんですか?」
「さっきので僕はじゅーぶんでしょ。この後のお説教はこの子達の番」
そう言って出入り口を指さす五条先生。その指の先を見てひっ、と声が上がった。そこに居たのは、恐ろしい顔をした真希ちゃん、パンダくん、棘くんだった。
「はぁ……今日1日、長かった」
あの後、しっかりと同期のみんなにこっぴどく叱られた。申し訳ないが、本当にこの場に憂太くんが居なくて良かったと思った。居たらまじで死んでたと思う。多分、海外にいる彼にも連絡は言ってるだろうけど。
お説教が終わったあと、みんな自室まで私を送ってくれて、本当に心配を掛けてしまったことに心が痛む。
何よりも本当に伏黒くんには申し訳ないことをした。嫌ってる先輩を助けさせるなんて……嫌な思いをさせた、なんてものじゃないだろう。せっかく距離を取ろうとしたのに。本当に穴があれば入りたいとはまさにこの事か。
私自身のこともだし、伏黒くんのことも、これからどうしよう、と頭を抱えていれば、コンコン、と控えめに自室のドアがノックされた。こんな夜中に誰だろう。真希ちゃんかな……?
はーい、と返事をしドアへ向かおうとすれば、狭った視界には入らなかったテーブルの足と自分の足がぶつかって、あ、と反応する前にガタン、と自分の身体が倒れ床に転がってしまった。
「いったぁ……っ、」
「大丈夫ですか!?」
ガチャッ、と勢いよく開いたドアの音。顔を上げるより先に抱かれた肩。反応をする前に身体が起こされ、狭い視界に広がった顔に「え、」と声が溢れた。
「どっか痛みますか?体なんかあったんですか?」
「伏黒くん……?」
そこに居たのは伏黒くんだった。想像もしてなかった人物にぽかん、と口が開く。なんで伏黒くんがここに居るんだろうか。
「なんですか今の音!しかも倒れてるし、」
「ちょ、ちょ、待って!大丈夫!あんまちゃんと見えてなくて転んだだけだから!」
「ころんだ……」
反復するようにそう口にした伏黒くんは、はーっと深くため息をついたあと私を座らせてくれた。
「怪我は?」
「ないよ」
「……勝手に入ってて言うことじゃないのは分かってるんですけど、なんで鍵空いてるんですか」
「え?あ〜……よく鍵かけ忘れるんだよね」
脳裏に思い出されたのは「鍵ちゃんとかけろ!」と怒った真希ちゃん。どうしても忘れちゃうんだよなあ、なんて考えていれば「は?」と、低い声が私の鼓膜を揺らしてぴしり、と体が固まる。また伏黒くんは不機嫌そうに眉を寄せ私を睨みつけていた。今日はよく伏黒くんの不機嫌な顔を見るな……。
「不用心だろ!何考えてるんですか!?」
うぅ。仰る通りで返す言葉なく、「ごめん」と力なく謝るしかできない。本当に情けない。
「それより、伏黒くんどうしてここに?何か用でもあった?」
「っ、それは……」
さっきとは打って変わり歯切れ悪く言い淀む伏黒くんに首を傾げる。少し視線を彷徨わせた後に、はぁ、と1つ深呼吸をした伏黒くんは真っ直ぐと私を見つめた。
「今日のこと、すみませんでした」
「え、」
「俺のせいで、怪我させました」
「なっ、!?それは違うよ!!」
深く頭を下げる伏黒くんにぎょっとする。半ば無理矢理に伏黒くんの顔をあげさせて「ちがうから!」と声を掛けるも、へにょりと眉を下げた伏黒くんがあまりにも弱々しく見えて言葉が詰まった。
「俺が、名前さんとちゃんと行動してればこんなことになってない」
「いやいや、あれは私が提案したことだし……それに油断した私のせいで……」
「違う!俺がもっとちゃんとしてれば、あんたのこと守れました。あんたの目だって……!」
まるで泣きそうな声と表情だった。そんな伏黒くんを見て、なんてことをしてしまったんだ、とまた後悔の念が押し寄せた。自分が楽になりたかったからと彼を避けて勝手に行動して、勝手に怪我して。そのせいで何の罪もない伏黒を追い詰めて。最低だ。
「伏黒くんのせいじゃないよ。伏黒くんは何も悪くないし関係ない。全部私が決めて、私がヘマしたから。私の責任だから、伏黒くんは何も気にしないで」
なるべく落ち着いた声色を意識して出した。これで少しでも伏黒くんの気が楽になってくれれば、願いながら。きっと、わかりましたってほっとした顔して部屋に戻って行って、明日からまた距離を……とこの先のことに思考を巡らせていれば、「……関係ない、だって?」と、部屋の温度がぐっと下がったんじゃないかってくらいの冷たい声にぴしり、と体が固まった。
「あの、伏黒くん……?」
「気にするな?俺のこと馬鹿にしてるんですか?」
「え!?いや、そういうつもりじゃなくてね、」
「ふざけるのも大概にしてください。そうやってあんたはいっつもいっつも、」
「ね、伏黒くん。話を聞いて、」
「責任取りますよ」
両肩を掴まれて、苛立ちとなにか熱いものをはらませた伏黒くんの瞳がまっすぐと私を射抜いた。その瞳の強さに一瞬息をするのを忘れる。
「あんたの怪我の責任、取ります」
「は?」
「男は女に傷付けたら責任取るもんなんだろ」
「いや、だから伏黒くんに傷付けられたわけじゃないから……」
「俺を左目の代わりにしてください」
「は、」
「俺が今日からあんたの左目になります」
私の肩を掴んだ伏黒くんの手がさっきよりも力がこもったのを感じる。やっぱり伏黒くんの手はあったかいな、なんて場違いなことをまた考えた。
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2024.1.31 修正