私を嫌ってたはずの後輩が過保護になった件
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「私って落ち着きない?」
「は?なんの話だよ」
2年だけでの体術訓練の休憩中。今日は暑いな、と私の隣に腰を降ろした真希ちゃんになんの脈略もなくそう質問すれば、眉を寄せながら首を傾げられた。
「や、なんとなく……?私って落ち着きないタイプだったりする?」
「愚問だろ」
はっ、と鼻で真希ちゃんが笑う。ひどい。なんて思っていれば傍らに立っていた同じく同期のパンダくん、棘くんも肯定の言葉をさらりと述べた。
「逆に自覚ないのが怖いぞ」
「しゃけ」
「ねえ!ひどい!」
がくりと肩を落としながら、叫ぶようにそう言うと「くだらねー。さっさと続きやるぞ」と真希ちゃんが立ち上がったので、続くように重い腰を上げれば、ぽん、と私の頭の上に乗ったのは真希ちゃんの手。
「誰に何言われたか知らねーけど、それがお前らしさなんだからそのままでいろよ」
「真希ちゃん……!」
「まあ、怪我はもう少し減らせよ」
本当にイケメンすぎる……!!言葉は厳しいけど、いつだってこう優しくてフォローしてくれる真希ちゃんが私は大好きだ。「真希は名前を甘やかしすぎだろ……」なんてパンダくんの呆れた声が聞こえた。
今朝、廊下で会った野薔薇ちゃんに昨日のお土産は何とか渡してまだ今日、伏黒くんには会っていない。伏黒くんと距離をとる作戦は順調だ。このままいい感じに距離を取ればきっとこれ以上嫌われることは無いだろう。そう考えていたのが昼前。
「名前さん」
「ふ、伏黒くん!?!?」
「はい」
早速作戦は失敗したらしい。
今日もしっかりパンダくんに投げ飛ばされて、休憩しようと木陰に腰をおろせば背後に立っていたのが伏黒くんだったとは。
「ど、どうしたの?」
「お土産、釘崎から貰いました。ありがとうございます」
なんて律儀な子なんだ……!そういう所がやっぱり伏黒くんは可愛くていい子だとしみじみ思う。
ついいつもの流れで彼の頭に伸ばしかけた手をはっとして止めた。危ない。また撫でるところだった。こういうのも絶対やめるって決めたでしょ。伸ばしかけた手を下げれば「は、?」と聞いたことないくらいの低い声が鼓膜を揺らした。
「伏黒くん?」
「……いや、なんでもないです。それより、怪我してないですか」
「え?」
「よく怪我するだろ、あんた」
「してないよ、かすり傷だけ!」
「……それを怪我って言うんですけど」
眉を寄せてみるみると不機嫌になっていく伏黒くんにだらだらと嫌な汗が流れる。何がトリガーになったのかとにかく伏黒くんの機嫌が悪いということがよく分かる。今までにこんな露骨に嫌な顔された事があっただろうか。いや、もしかしたらずっとそうだったのに気付いてなかったのかもしれない。嫌われてるって自覚したから彼の変化にやっと気付けたのかもしれない……。
んんん。どうしようか。ぐるぐると思考を巡らせれば、視界の端に映ったのは組手をしてる真希ちゃんとパンダくん。
「じゃ、じゃあ私はこれで……」
本当はもう少し休憩しておきたい所ではあるが、これ以上伏黒くんといると心臓が縮む気がした。もう伏黒くんのためと言うより自分の身の安全のためだ。さっさとみんなの元に逃げようと腰をあげれば、「ちょっと、」と襟首を掴まれて「ぐぇっ!?」と色気もへったくれも無い声が出た。
「な、なに……?」
「なに、じゃなくて任務」
「え?」
「今日、俺と名前さんで任務ですよ。迎えに来たんですけど」
お、終わった……。
車内。重すぎる沈黙。聞こえるのは車のエンジンの音とエアコンの音だけ。さっきちら、と隣に座る伏黒くんを盗み見れば今までの比じゃないくらい不機嫌そうな顔をしていて、恐怖のあまり口から心臓を吐き出すかと思った。
生まれてきた中で今が1番居心地が悪い気がする。
任務先は廃校になった山奥の小学校。3級呪霊と2級呪霊を確認。こいつらを祓えば任務完了だ。
同じ階級である私たちが何故合同任務なのかと疑問が残るけど、さっさと片付けられそうな任務だからまあ楽かもしれない。
「では、お気をつけて」
補助監督さんに帳を下ろしてもらい伏黒くんと件の学校へと足を踏み入れる。ちなみに会話はまだ無い。車に乗ってる時からずっとお互い無言のままだった。
「二手に分かれない?」
「は?」
「私は3階と屋上で伏黒くんが1階2階。手分けした方が効率良いかなって」
効率良いからっていうのが半分と、もう半分は二人でいる時間をなんとか減らしたかったのが本音だった。私も伏黒くんもお互いこの方が気が楽だろう。隣にいる伏黒くんを見上げて、ひっと声をあげたくなった。不機嫌そうなんて物じゃないくらいに眉を寄せ冷たい目で彼は私を見下ろしていたからだ。
「ふ、伏黒くん……?」
「あんた……」
「え?」
何かを言いかけた伏黒くんは、チッと低く舌打ちをした。反射的に肩がびくっと上がる。こんな露骨に苛立ちを彼から向けられたのは初めてだった。一体なにが彼の逆鱗に触れたのか皆目見当もつかない。
「……わかりました。あんたがそうしたいならそれで」
そう冷たく吐き捨てるように言葉にした伏黒くんは踵を返し、1階の奥へと足を進めて行く。その後ろ姿を確認し、ようやくほっと息が吐けた。私も早く上に向かおうかと、階段へと足を進めれば、「名前さん、」と伏黒くんが私を呼んだ。
「うん?」
「……いや、終わったら補助監督さんの所で集合で。なんかあったら電話ください」
また何かを言いかけたけど、諦めたように息を吐いた後に伏黒くんはそう口にした。それに少し違和感を感じながらも「おっけー!じゃあまた後で!」と手を振り、今度こそ階段を駆け上がった。
さっさと終わらして高専に戻ったら私が報告書を書くって言って解散しよう。そう心に決めた、はずだった。
「……っ、……やらかした、なあ」
屋上。仰向けに倒れて起き上がる力はもうない。ひゅー、ひゅー、なんて自分の喉から明らかにヤバい音が聞こえる。痛みを超えたのか、とにかく左目が熱い。狭まった視界から見えたのは帳が消えた夕焼けの空だった。恐らく伏黒くんが補助監督さんの元に戻ったんだろう。
あれから階段を駆け上がって3階で3級呪霊を難無く祓った。屋上へ足を踏み入れれば、未確認の1級呪霊。なぜだ、と狼狽えた所を左目を攻撃された。叫びそうな所を寸で堪え、なんとか払い終えたのが数分前。集中力を切らせたのが怪我した要因といったところか。
伏黒くんは怪我、してないだろうか。早く起き上がって私も彼らの元に戻りたいところだけど起き上がる力がもう残ってない。どこを負傷しているのか、最早わからない。
このまま、しぬ、のかな。それは、ちょっと……いや、かなり嫌だ、なあ。
はっ、はっ、迫り来る恐怖を全身で感じながら息を吐いていれば静寂の中鳴り響いた携帯の着信音。震える手でなんとか画面をタップして耳に当てると「名前さん」と私を呼ぶ伏黒くんの声。恐らく遅い私を気にかけて連絡してくれたんだろう。やっぱり伏黒くんはいい子だなあ。
「今どこですか?もう終わってますよね?」
「ふ、し……ぐろく、んっ……」
「え、名前さん?どうかしたんですか」
「……しくじった、」
「は……、」
「ほんっと、申し訳ないん、だけど、おくじょー、っ迎え、きて……」
「っ、」
僅かに、伏黒くんが息を飲む音が耳元でよく聞こえた気がする。もう一度彼の名前を呼ぼうと口を開けば、「すぐ、行きます。待ってて、」と冷静な伏黒くんらしくない上擦った声が聞こえて、「……うん、」と返事するしかない。本当はこんなお願いしたくなかったん、だけどなあ。言い出しっぺがこんな怪我、本当に情けない。
こういう所が彼に嫌われている要因なんだろうな、と初めて理解ができた。
「名前さん!」
「ふし、…っ、」
「喋んな!っ、すぐ、高専もどりましょう。家入さんには連絡してもらってますから」
あれからすぐに伏黒くんが来てくれて、軽々と彼は私を抱き上げ補助監督さんの車へと運んでくれた。普段なら、力持ち!と茶化すところだがそんなこと言っていい空気でないことは分かるし、言葉を発する力も残ってない。出来るのは、なんとか口角をあげようとすることくらい。
「くそっ。血、止まんねぇ……っ。高専までまだなんですか!!」
「あとあの信号越えたら直ぐです!」
「っ、名前さん!寝んな!目開けてろ!」
伏黒くんに言われた通り、遠のく意識を必死にかき集めて、降りかけている瞼を必死に持ち上げる。ここで意識を手放せば次目覚めることができるかも、恐らく怪しい。
「高専着くまで、頑張ってくださいっ……」
大きい伏黒くんの手が私を強く抱き締めている。あったかい。体が伏黒くんに包まれてて、あったかい。意外に体温高いんだな、なんて。そんなどうでもいいことを考えながら、無意識に伏黒くんの頭を撫でていた。
「っ……」
目を見開いて私を見つめる伏黒くんが視界いっぱいに広がった。その後ろで「高専着きました!」と切羽詰まった補助監督さんの声を聞いたが最後、気が抜けたのかもう瞼を持ち上げていることが出来ずに意識は底に落ちていった。
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2024.1.31 修正