私を嫌ってたはずの後輩が過保護になった件
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「疲れたぁ……」
どさり、と雪崩込むように後部座席に座れば補助監督さんが「お疲れ様です」と声を掛けてくれた。
「このまま高専に戻って大丈夫ですか?」
「はい、お願いします……」
この時間なら向こうに着くのは21時過ぎくらいだろう。予定よりも1時間遅れだ。以前は、この任務をさっさと片付けれていたのかと思うと、我ながら感心してしまう。
早く、元の感覚を取り戻さないと、と拳を強く握った。
目が治って、恵くんにあの連絡をした翌日の朝一番に五条先生の元へ行き、前のような任務を受けさせて欲しいと頼み込んだ。
初めこそ先生は渋っていたけど、執拗いくらいに頼み込めば最後には「分かった」と折れてくれて、こうして前のように遠方の任務へ行けるようになった。
行かせて欲しいと頼んだのは、今までの分を取り返したい気持ちと、ただ物理的に恵と距離を取りたかったから。
恵くんと距離を取れば、彼への恋心も捨てれるだろうと、そう思っていた。けど結果は、ただただ彼への気持ちが膨らんでいくばかりで。もう、この気持ちを抱えていることが、苦しいくらいだ。
何かをしていないと、恵くんのことばかり考えてしまう。
今何してるかな、とか。あの女の子と上手くいってたらどうしよう、どうして恵くんに嫌われてるんだろう、とか。
"話をしたい"と彼から来た連絡も、遠回しに断ってしまった。だって、もし、彼女が出来たなんて聞かされたら、彼の目の前でみっともないくらい大泣きする自信しかない。
自分のことを嫌ってる人を好きになるって、想像してたよりずっとずっと、苦しくて辛いものだった。
「 名字さん、高専つきましたよ」
「……んぅ、はい、」
「今日もお疲れ様でした。報告書は明日で大丈夫との事なので、今日はゆっくり休んでください」
補助監督さんの声で下がっていた瞼を持ち上げる。いつの間にか、寝てしまっていたらしい。ずっと、恵くんと一緒に任務に行ってたのに慣れてたからか、単独任務にまだ体はついていけていないみたい。
……だめだ、また恵くんのこと考えてる。今日はさっさと寝よう。幸い明日は何も予定がないし……そう思考を巡らせながら、「お疲れ様でした」と、補助監督さんに挨拶をして車を降りた。
21時過ぎの高専は静かだった。私の足音しか聞こえないのが少し不気味。あー、お風呂はやく入って寝ちゃおう。
疲労の溜まった体をほぐすように肩を回そうと腕をあげれば、強い力に引っ張られた。突然の衝撃に心臓が縮み上がって、それを振り払うことも、声を出すことも出来ないまま、引っ張られた先を見て、息の吸い方を忘れそうになった。
「えっ、め、恵くん……?」
恵くんだった。
恵くんがいつかのように、私の腕を掴んでいた。彼は、少し焦りを滲ませた表情をしながら私を見下ろす。私の言葉に返事が返ってこないから、もう一度、彼の名前を呼べば、「……んで、」と聞き取れないくらいの小さい声が返ってきた。
「えっ、?なに?」
「……なんで、こんな遅いんですか」
「え、と……?」
「怪我、してないですか?」
「っ、」
眉を下げて私の顔を覗き込む恵くんに、息の吸い方を忘れたのかって思うくらい、胸が締め付けられた。
全然会ってなかったのに、変わらず恵くんは私を気遣ってくれている。それが、嬉しくて。でも、その気持ちと同じくらい苦しくなる。
「だ、いじょうぶ……」
緊張と焦燥感が混ざりあって、喉の奥が乾いたような声が出た。
正直、今すぐここを離れたい。まだ気持ちの整理がつかないから、彼の顔を前と同じように見ることが出来ない。
「えっと……今日、もう寝たいから、」
もう行くね、と遠回しに伝えたつもりだった。聡い彼なら気付いてくれるだろうと、そう思って発した言葉だったけど、私の腕を掴む彼の手が離れることはなく、それどころか、より一層、強く掴まれた。まるで、逃げるなと言われている様な気がする。
「めぐみく、」
「……話、したいです」
「えっ、あの、」
「20時にあんたが帰ってくるって聞いたから、待ってました」
「え!?1時間前から!?そんな長い時間待ってなくても……なん、で……」
「っ、あんたが逃げるからだろ!!」
私と恵くんだけのようなこの空間に、大きな彼の声が響く。彼の大きい声に思わず息を飲んでしまう。下げていた視線を彼に向ければ、彼は眉を寄せていてどこか苦しげで、泣きそうにも見えるような気がした。
「……俺が話をしたいって連絡も断って、任務入れて、俺のこと遠ざけようとしてたでしょう」
「それは……っ、」
彼に勘づかれているだろうとは思わなかったわけじゃない。むしろ、聡い彼のことだから気付いてくれる。そう思ってたくらいだ。だけど、彼がこのことを口にするとは思ってなかったし、私の勘違いでなければ、そのことを恵くんが、すごく怒っているように、見える。
「……あんた、俺のこと避けてますよね?なんでですか」
「な、なんでって……」
「俺、名前さんに、嫌われることしましたか?」
目を伏せていた恵くんは、恐る恐るといった感じでゆっくりと私と目を合わせた。彼と目が合った瞬間、鼓動のスピードが早まるのを感じる。
私よりも、ずっと背が高いくせに、たったひとつしか年が変わらないくせに。なんでそんな迷子の子みたいな顔するの。なんで、恵くんが泣きそうな顔するの。
恵くんは、ずるい。私と関わらない方が気楽なくせに。私のこと嫌いなくせに、こうやって、やっぱり恵くんのことが好きって、再確認させてくるのが、やっぱりずるい。
「……避けてるからなんなの」
「は?」
体も心も、限界だった。恵くんの低い声が聞こえたけど、それを気にする余裕もなかった。
もう、どうにでもなればいい。嫌われてるし、この気持ちを手放すことも出来ないなら、何言っても一緒だろうな。だったら、もう何言ってもいっか。なんて、殆どヤケクソの状態で言葉を続ける。
「恵くんはそっちの方が、いいでしょ」
「はぁ?そんなこと言った覚えない、」
「嫌いな相手と一緒に居る必要もうないじゃん!」
「は……?」
「私のこと嫌いなくせにっ……!」
もう悲しいとか苦しいとかより、イラつきの方が大きい。未だにシラを切る恵くんに、腹が立つ。
元々、人に対して怒りの感情をぶつけるのは得意じゃない。慣れないことをするからか、体が震えるし、なんだか目の前がゆらゆらと滲んできた。それを隠すようにぎゅっと強く目を瞑る。
「なんですかそれっ……一体、誰にそんなこと言われたんですか?」
「っ、恵くんじゃん!」
「はぁ?いつ俺がそんなことっ、」
「恵くんが……!!私のこと嫌いって言ってたよ!私みたいな落ち着きないタイプは苦手って言ったくせに!」
「……え?」
言った、言ってしまった。ついに、言ってしまった。
彼は、どんな顔してるだろうか。焦った顔?それとも、盗み聞きしてたのかって幻滅した顔?それとも、清々した顔?
けど、恐る恐る開いた視界の先にいた彼の表情はぽかん、と口を開いて驚きを含ませた表情をしていて、えっ、と彼と同じように声をあげてしまう。
「すみません、あの……なんの話ですか?そんなこと俺、言いましたか……?というか、それ本当に俺ですか?」
「はあ!?言ったよ!1年生で話してるとこ聞いた……!私のこと好きじゃないって……!」
「!あれ、聞いてたんですか……?」
頑張って耐えてたのに。絶対、泣かないって決めてたのに。あの日のことを思い出せば、堪え切ることはもう出来なくて、涙が零れ落ちた。
変だなって自分でも思う。あの瞬間は、ショックだったけどこんなに泣くほど辛かったわけじゃない。
けど、今は違う。恵くんの事が好きになってしまったから、思い出すと、涙を止めることなんて出来ない。泣けば、もっと恵くんのこと困らせるって分かってるくせに。
「泣かないでください」
「っ、誰のせいで……!」
「俺のせいです。ごめんなさい。でも、違うんです」
恵くんの親指の腹が優しく私の目尻を撫ぜて、零れる雫を優しく掬い上げる。
「名前さんに泣かれるとどうして良いかわかんねえし、もう、泣いて欲しくないです」
「……っ、なんで、優しくするの、も、やだっ……」
やっぱり、恵くんはずるい。
掴まれてる腕を振り払おうとしても、離してくれなくて。ゆっくりと優しい手つきで、私の涙を拭う。
「優しくしますよ。名前さんのこと、ずっと好きだったんですから」
「え……、」
「名前さんが聞いたっての、釘崎に言ったやつですよね?あれは……あいつらにバレたくなくて嘘言いました。本当は、好きです。名前さんのことが」
「うそっ……」
「嘘じゃない。じゃなきゃ、目になるとか言って四六時中、あんたの横キープしようとするわけないでしょ。俺そこまで優しい人間じゃないんで」
いつの間にか、私の腕を掴んでいた恵くんの手はするり、と私の肩に登ってきていて優しい手つきで私の肩を掴む。
私を真っ直ぐに見つめる彼の瞳は、見たことないくらい優しくて甘くて。その甘さに全て溶かされてしまいそうになる。
「初めて会った時から、好きです」
「……っ」
「付き合ってほしいです」
「えっ……」
情報量が多すぎて脳が処理できてない。
嫌われてるって思ってたのも勘違いで、それどころか恵は、私のことを好きだったって。
今、本当に心臓がうるさい。でも、恵くんも私と同じようにこうやって心臓を鳴らしてるのか、と思うとそれが嬉しくて仕方なかった。
「名前さんは?正直、今の状況みて期待してるんですけど」
「あ、あの」
「うん」
「わ、私も、すき」
「付き合ってくれますか?」
「うん……」
とんでもなく嬉しいけど、それと同じくらいに恥ずかしくて顔に熱が集中する。小さい声で答えれば、恵くんにちゃんと届いたみたいで「よっしゃ」と、控えめに喜ぶ彼の声。それが、ちょっと可愛くて、愛しいなぁ、なんて思う。
ふふ、とつい笑えば、いつの間にか彼の腕の中にすっぽりと自分の体が収まっていて。優しいのに力強い彼の腕に抱きしめられていた。
「ちょ、め、恵くっ、」
「これからはちゃんと守りますから」
耳元でそう囁く彼。
もう充分、守ってもらってきたよ、なんて思いながら彼の背中に手を回した。
「お疲れ様でした。このまま高専に戻られますか?」
「お疲れ様です。はい、高専でお願いします」
恵くんと付き合い始めて数日。私は相変わらず任務をこなしていた。
幾ら彼を避けるために入れたとはいえ、途中で投げ出すなんてことは出来るわけもなく。任務の話を恵くんにすれば、「じゃあ俺も行きます」なんて言い出して。あれは、大変だった。
その時のことを思い出して、頬を緩ませながら、"任務終了!今から帰るね"と恵くんに連絡を送れば、すぐに既読マークがついて、"分かりました"と返事が返ってきた。うん、安定の即レス具合。
あの夜、彼とは距離が空いた分、沢山話をした。
私が言われたのは、「勝手に避けるのはやめてください。これから思うことがあったら避ける前に俺に言って」だ。彼曰く、「もう避けられるのは、懲り懲りだ」らしい。
私からは疑問に思っていた、私のこと恵くんも避けてたよね?って話。それも彼の口からちゃんと説明してくれて。私たちは随分とすれ違いを起こしていたみたい。
彼が任務で助けたあの女の子と付き合うかと思った、と無意識に呟けば、「あんたしか見てないから有り得ない。それにちゃんと断った」と真っ直ぐに見つめられながら言われた時は、心臓が止まるかと思ったけど。
「今日もお疲れ様でした。ゆっくりしてください」
「ありがとうございます!お疲れ様でした!」
「名前さん」
車を降りて補助監督さんに挨拶をすれば、私の名前を呼ぶ大好きな声。
「恵くん!」
補助監督さんにお辞儀をして、彼の元へと走れば、「お疲れ様です」と私を迎えてくれる優しい声。
「お迎えきてくれたの?」
「はい。心配だったんで」
付き合い始めて再確認したことだけど、恵くんは随分と過保護なタイプだと思う。この話を真希ちゃんにすれば、「今更すぎだろ」と呆れたように返された。
「名前さん、なんでそんな薄着なんですか」
「え、任務だったし……?」
「なんで疑問形なんだよ。今日冷えますよって言った意味ねえじゃねえかよ。ほら、こっち向いて」
「わ、」
ぐるぐる、と首元に巻かれるマフラー。本当に過保護。別にこれくらいで風邪ひいたりしないのに。そんなことを思いながらも、私は動くわけでもなく、彼にされるがまま。
「恵くんって過保護だよね」
「あんた限定で、ですよ」
そう言って優しく笑みを浮かべた恵くんに、顔から火が出そうなくらいにかっ、と熱が増す。顔を隠そうと、手を顔の前に持ってくれば、その手は恵くんに取られる。
「名前さんは、意外と照れ屋ですよね」
「う、」
「かわいい」
そう甘く囁いた恵くんは、そのまま顔を私のすぐそばまで近付ける。
恵くんの綺麗な顔が近付いてくるのは、いつまで経っても慣れなくて緊張するし、心臓の音が毎回すごいことになる。
ゆっくりと目を閉じれば、唇に恵くんの柔らかいそれが触れた。
「おかえりなさい」
唇が離れて、優しい手つきで髪を撫でられる。
彼の手が離れていかないように、ぎゅっと握りながら私は、「ただいま」と返した。
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