私を嫌ってたはずの後輩が過保護になった件
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「はぁ……また、あんたか」
伏黒くん、と俺の名字を高い声で呼ばれ振り返れば、ここ数日押し掛けてくるようになった少女がいた。
以前行った任務で逃げ遅れた一般人。見つけたのが俺だったから保護したところ、こうして押し掛けてくるようになった。
「えへへ、今日も会えた!」
「会えたって、あんたが勝手に来てんだろ。偶然みたいな言い方するな」
意識して冷めた声を出してみたが、相手が怯むことはないらしい。正直なところ迷惑極まりない。イラつきを抑えるためにため息を吐いてみるが、効果はあまり感じられなかった。
「もう来るなって何度も言っただろ」
「好きな人がいるから?」
「……あぁ」
好きな人。あまりにも一方的に思いを告げられるものだから、名前さんの名前は出さずに、好きな人がいるから無理だ、とはっきり断った。これで大丈夫だろうと考えていたが、それでも諦めてくれてはないらしい。
「その好きな人は伏黒くんのこと好きじゃないんでしょ?」
「……好きにさせるから問題ない」
相手の顔も見ずにそう答える。
何が、好きにさせるだ。
現状、名前さんとは以前より少し距離があいた。名前さんは悪くない、何一つ彼女に悪い所などない。
全て俺の問題だった。
あの日の道場。倒れかけた彼女を助けようと伸ばした手。俺の手が彼女の腕を捉えたかと思えば、彼女と同じく傾く俺の体。やばい、と咄嗟に、彼女の後頭部と腰を片手ずつ包むようにした。そこまではいい。名前さんに怪我も無かったから。
俺の言う問題とは、その後だ。
目の前には名前さんの顔。そして彼女に覆い被さる俺。事故とはいえ、傍から見れば俺が彼女を、押し倒したようにしか映らないような構図だった。
早く退け、何か言え。そう脳に信号を送るのに心が邪魔をする。いや、考えてもみてほしい。
好きな女を組み敷いていて、目の前にその顔がある。彼女の表情は、頬がほんのり赤みを帯びていて、目は潤んでるような気がした。
俺もいち男子高校生なわけで、好きな女のそんな表情を見てしまえば、正常な思考を持ち合わせるのは難しい。自身の口から出たのは、熱の篭った吐息だけだった。
可愛い、な。俺だけがこの表情を見ておきたい。独占したい。そう思う反面、なんでこの人はいつも無防備なんだとか、多少のイラつきも覚える。
退くことも、彼女に何かを言うとこもできず、文字通り固まっていれば、何を思ったのかぎゅっと彼女が目を瞑るのを視界が捉えた。その瞬間、どくり、と身体中の血液が沸騰したかのような感覚に襲われた。
簡潔に言えば、欲情した。
頬を赤らめて目を瞑る俺の身体の下にいる名前さんに、欲情した。この距離なら、キスだって出来る。名前さんを俺の腕力で抑えることも、きっと容易い。
そんな、どろどろに汚い感情を持ってしまったことに自分を殴りたくなった。それに、凄く名前さんに申し訳ない。いや、申し訳ないでは済まされねえだろ。
離れかける理性をなんとか手繰り寄せ、この汚い気持ちを寸のところで止めることは出来た。
出来たが、それから名前さんの顔を見るとあの日のことを思い出してしまう。優しくて俺無しではだめになって欲しい。そう思うのに、俺の気持ちに一向に気づかない彼女を、めちゃくちゃにしてやりたい、そんなことも考えてしまう。
そんな心を落ち着かせようとすればする程、彼女と俺の距離は開いていった。なんとかしないいと、と。俺の中の焦りだけが大きくなっていく。
「今、好きな人のこと考えてた?」
「は、」
「そーいう顔してた。本当に好きなんだね。いいなあ、伏黒くんにそんなに想ってもらえるの」
俺を見上げる瞳を見れば、それは潤んでいた。彼女の気持ちには答えてやることはできないが、自分の気持ちが相手に届かない苦しさというのは、俺も痛いほど分かる。
分かるからこそ、意思表示をしっかりとしなければならないんだろう。この人のためにも。俺自身のためにも。
「あぁ。すげえ好きだ」
「そっか。私の入る余地、ない……?」
「……あぁ。悪いが、ない。俺は、あの人しか、好きになれねーから」
「そう、だよね。今まで伏黒くんに会いに来て、伏黒くんの気持ちはよくわかったから……あきらめるしかないなあ」
「……悪い、」
「謝らないで。惨めになるでしょ!伏黒くんよりも幸せになるんだから!」
そう言った表情は案外スッキリしていた。
伝える勇気がある分、俺よりも彼女はすごいと思う。名前さんの傍に居たい、誰にも渡したくない、2年の先輩たちにも、虎杖、五条先生にすら嫉妬をするくせに、この気持ちを伝えようとしない俺よりもずっと、すごい。
去っていく背中を眺めながら、自分の中で決意が固まっていくのを感じた。
この思いを打ち明けよう。あんたが好きだと、彼女にもう言ってしまおう。後悔はしないとあの時、心に強く誓っただろう。
そんな俺の決意が固まった夜。
「は……」
携帯端末を片手に自室で俺の体が硬直した。無意識に口から漏れた声は、とても低かっただろう。
"目が治ったから送り迎えはいらない"
彼女から送られてきたメッセージに、心を跳ねさせながら確認すれば、跳ねた心を奈落の底に突き落とされたような気分だ。
ご丁寧に文末には"ありがとう"と記されていて、確実に一線を引かれた。
確かに最近、名前さんを避けるような態度を取ったのは俺だ。それでも、彼女に意識されている自信はあった。以前のただの後輩から、男として見てもらえてるだろう、と。それも、俺の自惚れだったと言うのか。
ゆっくりと画面を見返すも、彼女から送られてきたメッセージが変わることもないし、新たにメッセージが送られてくることもない。
みし、と俺の手の中にある端末が音を立てた。
こんな一方的に告げられて、はい分かりましたと引き下がれるとでも思ってるのか。引き下がれるわけねえだろ。もう二度と後悔はしないって決めてんだよこっちは。
「任務だって昨日も言っただろが」
「……またですか?」
「またって、あいつは元々地方任務多かっただろーが」
ため息をついて呆れたように答える真希さん。「そう、ですけど……」と返事をしたが、苛立ちを隠すことは出来ていなかっただろう。
目が治ったと報告を受けた次の日から、2年の教室に足を運んだが、名前さんは任務で不在だった。そこから、1週間ほど名前さんの姿は見ていない。地方任務に行ってるらしい。
確かに真希さんの言う通り、元々彼女は地方への任務が多い人だった。それでも、回復してすぐに地方へ行くんだろうか。
呪術師はいつだって人手不足だ。回復した彼女がすぐに任務へ駆り出されることもあるだろう。分かっている。理解しているはずなのに、頭の隅では俺を本格的に避けてるんじゃないか、と考えてしまう。
「……恵、名前となんかあったのか?」
「え?」
「お前らあんだけくっついてたのに最近一緒にいねーだろ」
「…………」
真希さんの言葉に、肯定も否定も出来なかった。
そうですね、とそれを認めるのも嫌だったし、そんなことないです、と見栄を張ることも出来ない。
黙り込む俺を気にすることなく、真希さんは言葉を続ける。
「それにあいつここ最近、なんか変だから」
「変?どういうことですか?」
「ぼーっとしてるというか、なんか考え込んでるというか。あいつが考え込んでもろくなこと起きねーからな」
「それ……また怪我してたりするんじゃないんですか?」
「怪我はしてないんだよな。まあ、帰ってきたら聞くしかねえな」
俺のことを考えてくれてるのかもしれない、なんて思うのは自惚れだろうか。または、本当にまた怪我をしたのか、体調が良くないのか。どちらにしろ、答えは名前さんしか知らないし、真希さんの言う様に彼女から聞くしかないだろう。
2年の教室を後にして宛もなく高専を歩く。
歩きながら考えるのはやっぱり、名前さんのことで。
話をしたい、と連絡を入れたりもしたが、"任務があるから暫くは時間作れないかも"とやんわりと断られた。それならばと、こうして教室に行くが狙ったように彼女がその場にいることは無かった。
本格的に俺のことを避けてるんだろう。前回とは比にならない。
どうすりゃいいんだよ、と重いため息を履けば、「でっかいため息だねぇ」と背後から聞こえた声にはっと振り返る。
「五条先生……」
振り返った先に居たのは五条先生だった。
正直、今の精神状態でこの人の相手を出来る自信は1mmもない。踵を返そうとすれば、「今日の夜、帰ってくるよー」という五条先生の声。
「はい?」
「だから、名前は今日の夜にこっち帰ってくるよ」
「え、なん、」
「名前とのことで、最近機嫌悪かったでしょ?」
「……別に、」
この人に見透かされるのはどうも居心地が悪くて、そんなことない、と続けようとすれば、俺の言葉を遮るように「おかしいと思ったんだよね」と口を開く五条先生。
「名前がさ、単独任務行かせてくれって急に言い出したんだよね。今まで行けてなかった分、取り返したいからって」
「名前さんが………」
それを聞いて、やっぱりな、と納得する。
偶然なんかじゃない。彼女の意思で元の任務へと行った。つまり、俺から距離を取るためにだろう。
「恵さぁ、名前に避けられてるでしょ」
「……あんた、デリカシーって知らないんですか?」
「ははっ、僕にそれ求める恵が間違ってるでしょ」
「……避けられてたら、なんなんですか」
「名前ってさ、言っちゃ悪いけどあんまり頭は良くない子じゃん?」
まじでデリカシー無さすぎるだろこの人。一体何が言いたいんだ、と目を細めて睨みつけるように五条先生を見れば、それを気にする素振りもなく、先生の口角は上がったままだった。
「だから、勝手に1人であれこれ考えて暴走して、それが正解だって疑うことないんだよね。前からずっとそう」
「……なにが言いたいんですか?」
「だからさぁ、さすがの僕でも恵が可哀想になってきたから、教えてあげたんでしょ」
その言葉にはっとする。
「何時に、帰ってくるんですか?」
「何も問題なければ、20時には帰ってくるよ。その時くらいしか話すことできないんじゃない?」
「……ありがとう、ございます」
何故、五条先生が教えてくれたのか、五条先生の言葉の意味も、全て理解することは出来なかったが、名前さんに気持ちを伝える最後のチャンスがそこにあることだけは、理解出来た。
彼女が高専に戻ってくるまであと5時間。
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2024.2.24