私を嫌ってたはずの後輩が過保護になった件
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「じゃあ、補助監督さんのとこ戻りましょうか」
差し出された大きい恵くんの手。それに迷いもなく、うん、と返事をしてそれを握った。
目を怪我して1ヶ月。恵くんと朝の鍛錬をするようになって2週間が経過した。
視力は相変わらずではあるが、なんと任務に復帰できるようになった。任務と言っても、4級か3級の呪霊を祓う簡単なもの。それでも任務に出れるようになったのは、素直に嬉しい。これも、毎朝私の鍛錬に付き合ってくれる恵くんのお陰だ。
そして、私の任務は基本的に恵くんとペアのものばかり。彼に何故かと問えば、「五条先生に頼んだんで。俺としかあんたは任務行けないですよ」と返ってきた。
こんな低級を祓うのに何故一緒に?や、それ上層部が何故許してくれた?と、疑問に思ったけど、教えてくれそうにもないので気にしないことにした。
任務に出れるようにはなったけど、相変わらず歩く時は恵くんとは手を繋いでいる。
正直言うと、もうこの視界にも慣れたので1人で歩ける。が、
「何かあるかもしれない」
「俺は名前さんの目になるって言ったんで」
「なんでも言うこと聞くって言った」
と、あれこれ言われうーん、と悩みながら恵くんを見れば、迷子の子どもかと言いたくなふそど眉を下げていて。その顔を見てると「これからも手繋いで欲しい」と思わず口走って、こうして手を繋いだままとなった。
それに、彼の手を握っていると不思議と安心してしまう私がいた。
それから変わったことと言えば、恵くんが甘えたになった、ような気がする。
「今日もいいですか?」
「あ、うん。高専着いたら言うね」
「ん、」
こくん、と頷いた恵くんは私の肩に頭を預けて目を閉じた。
もう見慣れ光景だからか、車を運転する補助監督さんが私たちを気にする素振りはない。
ある日、任務帰りの車で恵くんが「肩、貸してください」と言ってきて、意味を理解しないまま了承すれば、こうして私の肩に頭を預けて眠ってしまいそれからは、こうして任務帰りに肩を貸してくれと強請られるようになった。
相当疲れが溜まってるのだろうか。彼個人での任務に付け加え私との任務や私の送り迎え。疲れも溜まるしもしかしたら休めてないのかも。この生活に慣れれば慣れるほど、彼への迷惑を考えて罪悪感が拭えない。
ごめんね、の意味を込めて久しぶりに恵くんの頭を撫でれば彼の目蓋が少し動いたような気がした。
更に日々は進み、目を怪我してから1ヶ月半。
視力が戻ることはまだなく、これといって生活が変わることは無かった。相変わらずの低級呪霊を祓う任務へ恵くんと行ったり、送り迎えをしてもらいながら高専で過ごす。
「今日もお願いします!」
「はい、こちらこそお願いします」
早朝。道場での鍛錬も変わらず2人でしている。
申し訳なさを多少心に抱えながらも、何故か、「もうやめようか」とは口にすることは出来なかった。今までならさらっと口にすることが出来たはずなのに。何故だろう、と自分に首を傾げるもその答えはまだ見つからない。
この狭まった視界にも慣れたのか、私もだいぶ動けるようになったと思う。勿論、両目が見えてた時に比べると今の方が劣るけど、それでも調子は少しずつ戻ってるはず。
この時、私は自分のすぐに調子に乗るとか、所謂、落ち着きがないとか、そういう欠点を忘れていた。
ちょっと前みたいな動きできるかも、なんて思ってしまったのだ。ぐっ、と片足をあげようとすれば、ぐら、と視界が傾く。
「わっ、?!!」
「っ、おい!」
倒れる。そう思った次に感じたのは、強く掴まれた私の腕。バタン、と道場に響く大きい音。倒れたが、予想してた痛みは全くやって来ることはない。その代わりに、後頭部と背中あたりに何かが触れてる。というか、包み込まれてるような。衝撃に備え強く瞑っていた瞳を恐る恐る開けば、心臓が大きく跳ねた。
「え……」
「っ……」
目の前には綺麗な恵くんのご尊顔。私の体に覆い被さるような体勢。これが世に言う床ドンってやつなんだろうか。
びっくりしたように目を丸くする恵くんの顔が目の前にある。包帯を巻いてもらった時よりも、ずっと近くに彼の顔があり、お互いの鼻先が、くっついてしまいそうな位の距離だ。
彼の吐息をすぐ近くで感じる。
何か、言おう。そう思うのに頭は全く回らなくて、言葉が出てこない。普段ならしょーもないことペラペラと喋れるだろ、と自分で自分に悪態をつく。
どうしよう。こんな近くに。そう考えれば考えるほど、心臓が壊れたみたいにスピードが早くなってうるさい音を立てる。こんなの、恵くんに聞こえちゃうかも。
じっと私の目の奥を見るような恵くんの視線はまるで、目の奥から私の感情まで見られてしまいそう。このドキドキと高鳴る胸も全部バレてしまうかも、と隠すようにぎゅっと目を瞑れば、包まれてた体がぱっと離された。
「っ、すみません、」
「や、う、ん……だいじょーぶ」
上擦った恵くんの声に感化されたように、私も歯切れ悪く答えながら起き上がる。
私から背を向けた恵くんの表情を見ることは出来ず、さっきの胸の高鳴りとは別の意味で鼓動が早くなる。いつもなら、小言とかこれでもかってくらいに心配してくれるのに。そんな言葉はなくて、ただこの沈黙が余計に居心地を悪くした。
数分、いや数十秒だったかもしれない。重い沈黙が続いたかと思えば、恵くんの少し小さい声が静寂を破った。
「……怪我、してませんか」
「え?あ、うん、大丈夫……えっと、ありがとう……」
「……いえ、」
「恵くん?どうかした……?怪我してる?どっか痛い?」
「大丈夫です。今日はここまでに、しましょう」
え、避けられた。
恵くんに触ろうとすると、横目で確認した恵くんが、私の手を避けるように立ち上がった。
まるで、触るなと言われてるようで。それを自覚すると、胸が締め付けられて呼吸の仕方を忘れそうな感覚に襲われた。
「じゃあ、また」
「……うん」
あの後、いつものように手を繋ぐことはなく、恵くんは弱い力で私の手首を掴んだ。この日、1ヶ月半ぶりに自分1人でご飯を食べた。
いつもの日常が簡単に無くなったことに胸がじくじくと痛んで、今まで経験したことのない感情に気持ちが追いつかない。
この日、恵くんと目が合うことは無かった。
頭の中で、いつの日か盗み聞きした「ああいう落ち着きのないタイプ苦手なんだよ」という恵くんの言葉が反響していた。
忘れていた。あまりにも恵くんが優しくしてくれるから、彼に嫌われていたことがすっかりと頭から抜け落ちていた。
あの言葉を聞いたあの頃よりも、ずっとずっと胸が苦しくて泣いてしまいそうだった。
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2024.2.10