私を嫌ってたはずの後輩が過保護になった件
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「……よし、」
早朝。いつも起きる時間の2時間前。ちゃんと起きれたことに我ながら感動した。
日々は進み、片目が見えなくなって早2週間。
片目だけの生活にもだいぶ慣れてきた。
ちなみに、未だに視力は回復しないままだ。
私の日常に恵くんと行動する、というのがもう当たり前になってきていて。それは私だけじゃなくて、周りの人達もだ。はじめこそ、茶化してきた同期(主にパンダくん)たちも私と恵くんが手を繋いでいようが、彼に食べさせてもらっていても、もうツッコミを入れられることはなくなり、しっかりと日常化していた。
そうして2週間が経ったが、未だに私は任務へ行っていない。あの大怪我を負ってから1度もない。
朝、恵くんに教室まで送ってもらって授業を受けて、任務に行く同期を見送るか、支えてもらってグラウンドに行って木陰で体術訓練をするみんなを眺めて、帰る頃には恵くんが迎えに来て寮に戻り眠る。
さすがに、まずいと思った。
これでも私は一応、呪術師。にも関わらず、私は任務に行けていない。
呪霊も呪詛師も待ってはくれない。今もどこかで呪いが生まれている。
なのに、私は何をしてる?呪いも払わずにここに居る意味は?めちゃくちゃ迷惑な存在じゃないのか、私。
ここ最近が平和すぎて任務に行ってないことをすっかり忘れてたが、これ正直めちゃくちゃやばいのでは。
そうだ、朝一で鍛錬しよう。
思考を渦巻かせて出した考えがそれだった。本当は恵くんにお願いするべきなんだろうけど、早起きしてくださいなんてお願い出来るわけが無い。今でもじゅうぶん迷惑かけてるのに、そんなお願いすることなど出来なかった。
ゆっくりと、音を立てずに自室の扉を開ければ廊下には誰もいなくて、ほっ、と安堵した。
もし、恵くんがいたらどうしようとか思ったが、こんな朝方だしそれはないか。
多分、いま恵くんと鉢合わせたら死ぬと思う。
怒った顔の彼を想像し、恐怖で身震いがした。うん、絶対死ぬ。恐怖で。
ゆっくりとした足取りで道場へと足を進める。階段がなくて良かった。平坦な道は歩いていけるけど、階段の昇り降りはまだ少し不安が残る。躓きそうな気がする。
「え、」
「は?」
道場に着き扉を開いて視界の先にいた人物を捉えた瞬間、あ、終わった、なんて思った。
「め、恵くん、お、おはよ。朝早いんだね〜……」
「は?」
恵くんが居た。
盲点過ぎるでしょ。まさか恵くんがこの時間いるなんて思わないだろう。こんな早朝から鍛錬なんて恵くんは本当に努力家だな〜なんて、能天気振ろうとするけど、心臓はばくばく、と嫌な音を立て続けてるし、背中を流れる嫌な汗が止まらない。恵くんは、低い声では?しか言ってないし、顔は想像の何倍もキレてるし、まじで怖い。
「……何してるんですか?」
「えっと……早く起きれてね、それで、その、あ!ここまで歩けて、」
「俺の質問、聞いてますか?何してるか、って聞いてるんですよ」
「あの、恵くん怒ってますか……」
「質問答えてもらえます?」
あ、結構まじめに怒ってる。恵くんとに過ごすようになって彼の感情はある程度わかるようになってきた。これは、本当に怒ってるときの顔と声だ。こうなってしまえば、普段以上に誤魔化しは通用しないことも私は知っている。
「あの、いい加減に鍛錬くらい、しようと……」
「……あんた、何考えてるんですか」
「え、」
俯いていたから気付かなかった。いつの間にか恵くんは、私のすぐ目の前にいて冷たい目でこちらを見下ろしていた。その目に射抜かれると、まるで呪いをかけられたように体が固まった。
「そんな片目だけで鍛錬出来るわけない。怪我でもしたらどうするつもりですか?」
冷たい恵くんの言葉に、冷水を浴びせられたような感覚に襲われた。
彼に出来るわけないと言われたのが、正直ぶっ刺さったというか、ショックだった。これ以上怪我をすれば、また恵くんに迷惑をかける。それは分かっているけど、出来ないだろうと断定されたのが、この上なく悔しくて悲しい。
「……そんな、言い方しなくてもいいじゃん」
「はい?」
「そんな言い方しないで!だって、私だけ何も出来てない!呪霊も呪詛師も待ってくれないじゃん!私だけ何もしないまま高専にいれない!いつまでも、戦えなくて任務もいけないままならいらないじゃん……っ」
「っ、名前さん」
「ここにいる意味なくなっちゃうっ……」
ここ最近で1番大きい声が出た、気がした。
そうか。私、意味が欲しかったのか。いらない存在になるのが、怖かったのか。自分で気付けていなかった感情に、ここでやっと自覚をした。
そうすれば、目頭がかっと熱を帯びゆらゆらと視界が滲む。あ、やばいと思う方が遅く、気付けばぼろぼろと涙が零れ落ちていた。目の前の恵くんは目を見開いている。最悪だ、後輩の前で泣くとか。
1度出てしまったものは止めることは出来なくて、溢れて止まらない。
あぁ、だめだ。このままじゃ、もっと最低なこと言ってしまいそう。
「名前さん!!」
強い力で肩を掴まれ、零れそうになった言葉はぴたり、止まった。恵くんが辛そうな顔をしていて、そんな顔を見れば胸がぎゅっと締め付けられるような感覚。こんな顔、させたかったわけじゃなかったのに。
「泣かないでください……あんたに泣かれるとどうしていいか、わからなくなる」
「っ、め、ぐみくん、」
「すみません、最低なこと言いました」
目を伏せる恵くんと視線が交わることはない。
まるで、私の存在を確認するような手つきで彼が肩を掴むから、何も言えないままぽろぽろ、と流れる涙もそのままで固まるしか無かった。
「最近そのこと、ずっと考えてたんですか?任務、とかの」
「……うん、」
「そう、ですか」
何かを迷うように視線を彷徨わせたあとに恵くんは、「……気付いてました、」と小さな声で言った。その言葉に、えっ、とまた彼を見れば、次はしっかりと目が合った。真剣な彼の瞳にべしょべしょに泣く私が映った。
「何に悩んでるかは分からなかったんですけど……名前さん最近、ぼーっとしてるっというか、考え込んでること多かったんでなんか悩んでのかとは、思ってて……」
ぽかん、と口を開けてしまう。驚きで涙は止まっていた。まさか、そこまで私のことを見てくれてるなんて。私が知らない私まで恵くんは見てくれてるんじゃないか、なんて自惚れ過ぎだろうか。
「……一緒に、しますか?」
「え?」
「鍛錬。これから毎朝、一緒にします?俺、この時間からここいるんで……」
「う、うん……!!するする!」
勢いよく答える私に、恵くんは「そんな大きい声出さなくても」と顔を綻ばせた。そんな恵くんを見て私も、えへへ、と笑う。
さっきまでのギスギスした空気は何処へやら、いつも通りの空気が戻ってきていた。
恵くんの言葉に悲しくなったり嬉しくなったりと、いつの間にか彼は私の中で重要な何かへと変わっていってる。その何かの正体はまだ分からないけれど、そんな気がした。
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2024.2.7