私を嫌ってたはずの後輩が過保護になった件
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「……しくじった、」
「ほんっと、申し訳ないん、だけど、おくじょー、っ迎え、きて……」
耳に当てた端末から聞こえた苦しげなあの人の声に呼吸の仕方を忘れる程の衝撃を受けた。
初めて会った時から、あの人、名前さんは底抜けに明るかった。
「みんな〜!初の後輩!伏黒恵くんだよ〜!!」
じゃーん!と俺を紹介する五条先生に、勘弁してくれ、と睨みつけるも先生は俺に気にする素振りすら見せない。まじでふざけんな、頭を抱えたくなっていれば、「こ、後輩?!?!?私たちがついに先輩……!!」と少し高い声がして視線を向ければ、俺よりずっと身長の低い女の人。
「初めまして…!名前です!」
「……伏黒、です」
にこにこと何が楽しいのかすっげえ笑顔の人。握手の意味だろう。俺に差し出された手。ちっせえな、こんな手でもこの人も呪術師なんだよな。差し出された手を握れば少し冷たかった。
えへへ、と未だに笑う彼女に鼓動のスピードが早まった。
多分、この時から俺は名前さんが好きだったんだと思う。この人への思いに気付いたのはもう暫くしてからになるが、確実にこの時に恋に落ちた。これを一目惚れというのだろうか。
俺は、いつだって名前さんを目で追ってた。あの人が俺の視線に気付くのは、だいたい4割程度。名前さんは、ひどく鈍感な人だった。
名前さんが、俺の頭を撫でる手が好きだった。花が咲いたように笑う顔が好きだった。俺と目が合えば「伏黒くん!」と駆け寄ってくれるところが好きだった。危なっかしいところも、呪術師のくせに涙脆くて純粋なところも、全部堪らなく好きで仕方ない。
俺を見てくれ。この気持ちに気付いてくれ、俺のものにしたい、俺だけが名前さんを独占したい。そんな綺麗とは言い難い、どろどろとした気持ちを常に抱えながらも、誰にも告げることはなかった。
誰にも知られないように。そう思ってたはずなのに、あの日、釘崎に「名前さんのこと好きなんだろ」と嫌な笑みを向けられバレたことに柄もなく焦った。なんとか、ここを切り抜けたい。こいつら……特に、釘崎にバレればこの先めんどくさいことになるのは明白だった。
そんな中出た苦し紛れの言い訳。
「ああいう落ち着きのないタイプ苦手なんだよ」
嘘だ。そういうとこも好きなくせに。
後々、この発言に悩まされていくのを俺はまだ知らない。
一緒に任務に行った日から、とにかく名前さんはおかしかった。
初めに感じた違和感は、お土産を釘崎に渡したこと。いつものあの人なら、1年の教室に「可愛い1年生たちー!お土産だよー!!」とやって来るだろう。
2つ目、いつもなら俺の頭を撫で回す手を触れる前に途中で止めたこと。ちなみに、ちょっとイラついた。
3つ目、いつもならあれこれ話を始めるのにさっさと切り上げて逃げようとした。
あぁ。この人、俺を避けようとしてんのか。
何が理由かは分からないし、何かをした記憶もない。この人に嫌われるようなことをしないよう、細心の注意を払ってきたつもりだった。にも関わらず、俺を避けようとしてるらしい。
避けられてる、とそれが確信に変わったのは、任務先の学校へ足を踏み入れたときに名前さんが言った「二手に別れよう」という言葉だった。普段の名前さんなら、確実に言わない台詞だろう。
この時、あまりにもムカつきすぎて文句のひとつくらい言ってやろうかとも思ったが、俺の舌打ちに肩を震わせた彼女を見てやめておいた。これ以上嫌われるのは本意じゃない。
彼女の名を呼んだあと、本当は「玉犬を連れて行け」と言うつもりだった。にも関わらず、プライドが邪魔をしたのか俺の口からその言葉が出ることは無かった。
その結果、名前さんが負傷した。全て俺のせいだ。五条先生も家入さんも俺は悪くないと言ったが、違う。
俺があの時、意地を張らずに「一緒に行動しましょう」と言っていれば。彼女に玉犬をつかせていれば。俺の、せいだ。
俺のせいで、彼女は片目の視力を失った。
屋上で血溜まりの中、倒れていた彼女を見た時、血まみれの彼女を抱き上げた時、瞼をおろしそうになる彼女に何度も声を掛けた時、細くて小さい彼女の体を抱き締めた時。全部、鮮明に覚えている。頭にこびり付いて離れてくれない。
名前さんを失うんじゃないかって、ただ怖かった。
いつ死んじまうか分からないのが呪術師だって分かっていたはずだろう。いや、分かった気でいた。そんな認識だから、名前さんをこんな目に合わせたんだろうが。自分をここまで憎いと思ったことはない。
そうか。人は、俺が思ってるよりも本当に簡単に死ぬのか。
名前さんだって、家入さんがもし居なければこの世にはもう。
これからは、俺が守ろう。もう、この人に対してはプライドも全部捨ててやる。俺の出来ること全部して、この人の唯一になりたい。
こんなことになるなら、こんな気持ちになるなら、全部かなぐり捨ててやるよ。
その日のうちに、名前さんの部屋を訪ねて本当は「これからは俺が守る」とこの思いを伝えようと思っていた。もうこんな後悔などしたくないと。
ただその決心を歪な形へと変えさせたのは、名前さんの言葉だった。
「伏黒くんは何も悪くないし関係ない」
今、冷静になって考えれば俺を気遣った優しい彼女らしい言葉だったんだろう。ただ、タイミングが悪かった。
この精神状態の俺からすれば、突き放されたような気がして、最後のリミッターがその一言でぶっ壊された。
片目が使えない彼女の目になると宣言し、歩く時は手を繋がせて、餌付けをするように食べさせた。
でも、とか、まって、とか言う名前さんを言葉で説き伏せるの容易だった。口で彼女に負ける気はしない。その思惑通り、あーとかうぅとか言いながらも、彼女は俺に従ってくれた。
そんな中でも、何度も何度も名前さんが好きだと実感して。おかしく歪みかけた俺の心は、やっぱり名前さんによって元の形へと戻された。
手を繋いだ時に思い出したのは、初めて出会ったあの日。彼女の手は相変わらず小さくて少しひんやりとしていた。
名前さんが俺に喋りかけてくれる、笑いかけてくれる、それだけで鼓動のスピードは上がるし、気持ちがふわふわと浮上するような感覚になる。
恥ずかしそうに頬を赤らめた初めて見る彼女の表情。正直言うとめちゃくちゃ可愛かった。愛しい、と素直に思った。
俺の下の名前を呼んでくれるのが、何よりも嬉しい。
俺を頼ってくれるのが嬉しくて、もっと、と欲張りたくなる。
そんな浮ついた心を現実に引き戻したのは、家入さんのところについて行った時だった。
「昨日とあんま変わんないみたい」
彼女の目はやっぱり見えてない、らしい。
それを理解したとき、最低だがほっとした。まだそばにいる理由がある、と。
その瞬間、あからさまに肩を落とす彼女を見て自分に対して吐き気がした。
こんな自分勝手な感情が自分の中にあったことを確認して、腸が煮えくり返る。
もし、この先、名前さんの目が治ったら俺たちはどうなるんだろうか。
俺は、彼女のそばにいる幸福の味を知ってしまったからもう、離してやれないだろうな。
まだだ。もっと押せ。彼女に俺を意識させろ。惚れさせろ。じゃなきゃ、俺を選んでもらえないだろう。
そう心をまた入れ替える。もう、後悔はしないって決めたからだ。
翌日。名前さんの包帯を巻いてる時に、キスしようかと本気で悩んだのはここだけの秘密だ。普通、あんな風に目瞑るか?この人の無意識がたまに恐ろしい。
こうして、俺は今日も忠犬の如く名前さんを迎えに行くのだった。
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2024.2.5 更新