アルチャコ短編集 ep.2

アルペックがぱちりと目を開くと、見慣れない天井が視界に入った。
ゆっくりと身体を起こし窓際に目をやると、カーテンの隙間から朝日がやわらかく差し込んでいる様子が目に入る。そのまま視線を壁掛け時計へ移すと、針はきっかり6時を指していた。

——そうだ、昨日はポチャッコさんの国の宿に泊まったんだっけ。

少しずつはっきりしてきた頭で、アルペックは昨日の出来事を思い出す。ペックルさんから頼まれて黒の大陸を巡るお中元渡しの旅が始まったこと、ポチャッコさんの王国で出会った人々のことや、シーズとの遭遇。そして、旅を共にする仲間であり新たな友達——同じフラガリアの騎士である、チャコと出会ったことを。
そういえば、チャコはもう起きているだろうか。右隣に置かれたベッドにアルペックがちらりと視線を向けると、すっぽりと頭まで被っている布団の隙間から、チャコの寝顔が覗いている様子を確認できた。

「チャコ、雪だるまみたいになってる」

そろりとベッドから足を下ろし、眠り続けるチャコを起こさないようアルペックは静かに隣のベッドへ近づく。清潔感のある白いリネンに埋もれるようにして眠るチャコの寝顔は、起きている時よりも少しだけ幼く見えた。
薄い桃色の唇から寝息を漏らして眠るチャコの、閉じられた瞼を縁取るまつ毛は長く繊細で。ミルクのように白く柔らかそうな頬に何故だか触れてみたくなった。

——なんだろう、なんだか変な気持ちだ。

アルペックが思わず「可愛い」と呟き、無意識にチャコの頬へ右手を伸ばしかけたその時——チャコの睫毛がふるりと震え、ゆっくりと瞼が開いた。

「んん……?」
「あっ」

眠たげな表情を浮かべながら、ぼんやりとこちらを見つめてくるチャコと視線が交わる。ただ寝顔を眺めていただけのはずなのに、何故か後ろめたい気分になったアルペックは、チャコが横たわっているベッドからそろそろと離れた。

「ごめん!起こすつもりはなかったんだけど……!」
「——そっか。昨日はアルと泊まったんだっけ。えっと……おはよう?」
「お、おはよう!」

アルペックが寝顔を眺めていたことにチャコは気付いていないのだろうか。もぞもぞと身体を起こしたチャコはベッドに腰掛けたまま、ぐーっと伸びをしている。すっかり目が覚めたのか、ぱっちりと目を開いたチャコは、こちらの様子を窺うように小首を傾げながらアルペックを見上げていた。

「それにしても……アルって早起きなんだね?」

壁掛け時計に視線を移したチャコが、少々驚いたようにそう口にする。

「えっ、そうか?いつも通りだけどなー」
「俺だったら、あと一時間くらいは寝てたと思うよ。いつもこの時間に起きてるの?」
「うん、だいたいこの時間かなー……って、やっぱり起こしたよな?本当にごめん!」
「別に大丈夫だよ。でも、最近はポチャッコ様やお城の人達以外と朝を過ごすことなんてなかったから、なんだか新鮮だな」
「そう言われてみれば……確かに!オレも朝はペックルさんや国の人達と過ごしてたし、ペックルさん以外に一番におはようって言うの久しぶりだ!」

ペックルさんや王国の人々と過ごす朝は、賑やかで楽しくて大好きだ。それに、よく知っている人達と過ごすいつも通りの時間はとても安心する。——でも、まだ出会ったばかりの……まだ知らないことだらけの友達と過ごす時間の新鮮さは、国から出なければ知ることは無かったかもしれない。そう思うと、自然とワクワクしてくるのをアルペックは感じた。

チャコのことをもっと知りたい——そう思ったアルペックは自分が使っていたベッドに腰を下ろし、身を乗り出しながらチャコに声をかけた。

「チャコはさ、いつも何時くらいに起きてるんだ?」
「えーっと……七時半くらいかな」
「じゃあさ、朝ごはんは何派?パン?ご飯?それともラーメンとか?」
「朝ごはんか、それなら——」
「あっ!チャコの好きなもんも知りてえ!」
「あの、アル……?」
「後はなんだろう……そうだ、足のサイズとか!ちなみにオレは——」
「ストップ!そんな一気に聞かれても答えられないから!」

当惑の色を滲ませたチャコの声がアルペックの言葉を遮った。「ストップ」という言葉と同時に口を閉じたアルペックは、おそるおそるチャコの表情を窺ってみる。いつの間にかアルペックと向き合う形で隣のベッドの縁に腰掛けていたチャコは、困惑の表情を浮かべていた。

「質問責めなんかして、急にどうしたの?」
「ご、ごめん……チャコと話してるうちに、もっとチャコのこと知りたくなって。好奇心から、つい!」
「えっ、それだけ?」

きょとんとした表情のチャコが、何かを探るようにアルペックの瞳をまじまじと見つめてくる。こちらを覗き込む双眸は、カーテンの隙間から光量を増して室内を照らす朝日を反射していて、故郷の川で見つけた綺麗な石みたいにキラキラしていた。

「俺のことが知りたいって、本当にそれだけ?」
「本当にそれだけ!」
「好奇心で……?」
「うんうん!チャコのこと、もっと知りたくなったんよ!」
「……ふふ。アルってやっぱり、ちょっとポチャッコ様に——」

花が咲いたようにふわりと笑みを浮かべたチャコが、そこまで言いかけて急に口を噤む。続きが気になったアルペックが唇を開こうとすれば、「気にするな」とでもいうように、にっこりとチャコは笑いかけてきた。

「そんなに焦らなくても、これから少しずつお互いのことを知っていけたら良いんじゃない?旅は始まったばかりなんだし」
「それもそっか!旅をしながら一緒にいろんなことをして、たくさん話して、もっとチャコのこと知れたら嬉しい!」
「——アルって本当にまっすぐだよね。俺のことを知ったところで、別に面白いことなんてないかもよ?」
「そんなことないと思うけどなあ。面白いとはちょっと違うけど、意外な一面を知れて嬉しかったし!」
「意外?」

目を丸くしながら首を傾げて考えはじめたチャコの姿に、アルペックは思わず笑みを溢した。チャコはかっこよくてクールだけど、意外と表情がころころ変わる。本人は気付いているのだろうか。

「朝はゆっくり起きるのが好きなところとか、にこにこしたり驚いたり表情がくるくる変わるところとか!」
「えっ、俺そんなに表情に出てる……?他には?」
「後はそうだなー……あっ」

会話を続けながら、ふとチャコのふわふわした髪が寝癖で跳ねている様子が目に入った。アルペックはベッドから立ち上がり、チャコが腰掛けている向かいのベッドに近づき隣に腰を下ろす。怪訝そうな顔でこちらの様子を窺っているチャコの頭に手を伸ばせば、寝癖が付いている箇所へ撫でるようにそっと触れた。

「寝癖付いてる」
「……えっ?」
「ここ、ピョンって」

やわらかいチャコの髪はとても手触りが良く、つい撫でるように手を動かしてしまう。「ふわふわだ〜」などと口にしながらチャコの髪の触り心地を堪能していれば、少々不服そうな表情をしたチャコが「かっこ悪いところ見せちゃったな」と呟くのが聞こえた。かっこ悪い?どこが?チャコの頭から手を離したアルペックは首を横に振った。

「かっこ悪くなんかねえやん!かっこ悪いじゃなくて、意外な一面が見れて最初よりも親しみやすくなる……テロップってやつ!」
「ギャップね、勝手に字幕付けないでよ?」
「とにかく!チャコの意外な一面を知れて親しみを感じたけん、もっと仲良くなれそうだなって思ったんよ!それに……」
「それに?」
「かっこ悪くはねえけど、可愛いなー……って」

おそるおそる言葉を紡ぎながら、アルペックはチャコの顔を覗き込んだ。出会って間もない相手に突然「可愛い」と告げられたことに動揺しているのだろう、チャコは分かり易く目を泳がせていた。「可愛い」を悪い意味で捉えられていなければ良いのだが……理由は分からないが、チャコの意外な一面を見つける度に「可愛い」と感じてしまう——ただそれだけの事だった。

「変な意味はねえけんな!悪い意味でも!可愛いは褒め言葉ってどこかで聞いたこともあるし……!」
「あははっ、そんなに焦らなくても大丈夫だよ。それに、寝癖付けてると可愛いならアルも一緒じゃない?」
「寝癖付けてると可愛いって意味でもねえけど……えっ?」
「アルの寝癖、とんでもないことになってるよ?」

するりと伸びてきたチャコの右手が、ぽんぽんとアルペックの頭に触れる。にこりと笑いかけてくるチャコの表情に、また「可愛いな」と思いながら自身の髪に触れれば、あちこち跳ねている感触を確認できた。

「うわっ、本当だ!直すの時間かかりそうだなー……」
「俺よりもアルの寝癖の方が重症みたいだし、直すの手伝ってあげる」
「本当か!チャコってやっぱ優しくて頼りになるなー!」
「大袈裟だな、アルは。ほら、早く直して着替えて朝ごはん食べに行こう?」
「うんうん!……そうだ!さっき聞きそびれたけん、準備しながらチャコは朝ごはんは何派か聞かせてくれよなー!」
「分かった分かった。ほら、洗面所行くよ?」

ベッドから立ち上がり洗面所へ歩きはじめたチャコの後ろを、軽やかな足取りのアルペックが続く。

ふと思い出したように、アルペックが隙間の開いていたカーテンを全開にすると、窓の外では始まったばかりの二人の旅を明るく照らすように朝日がキラキラと輝いていた。
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