新・成り代わりハリー・ポッターと愉快な仲間達

 なんというか……
「………」
「………」
 後ろから抱き締められた時、前に回された腕を咄嗟に抱き締め返して顔を埋めてしまった訳だが、心臓がうるさいのと熱いということを自覚して前を向けない。そして何を話していいか分からない。電話でならあんなにも話せるのに。なんなら話も途切れないのに。今は何も言葉が浮かばない。ただ、強く、抱きしめあっていた。リドルも、俺も。お互いの全てを確かめるように、記憶するように。
(なんか、泣きそう)
 泣かないで、と言われた時は泣いてなかったのにじわりと目頭が熱くなってきた俺はリドルの腕にさらに潜るように顔を埋めた。その動作のせいか、リドルが一瞬固まった気がした。直後……
「…っ…ション!」
「………ぶっ…フフッ…」
「……笑うな」
「だってお前、この状況で……っ…くしゃみって……っ」
「君が動くから髪が鼻を掠めたんだろ」
「そんなん言うんなら、俺だってお前のサラサラヘアーが首元に当たってさっきからくすぐってーよ」
「うるさい」
「ひでぇ」
 クスクスと笑いが止まらない。後ろから振ってくる声が徐々に子供っぽくなってくる。うん、大人ぶった冷静な声より、その方が嬉しい。
 暖かい。背中と、胸の中が暖かい。俺はずっと、この暖かさが欲しかったのかもしれない。だから鏡はあんなものを見せたのだろうか。
 そこから、俺達は他愛無い話を少しずつしだした。移動せず、動きもせず。そのままの体制で。離れるきっかけを失ったのもあるけれど、離れることで今の温もりも匂いも薄まるのがお互いに嫌だったんだと思う。少なくとも俺は嫌だった。
「……さすがにそろそろ座ろうか」
「…うん」
 リドルの提案に、俺は小さく頷いた。聞きたいことも話したいこともあるから、長話になるなら座るべきだ。ちょうど、窓がある。2人ぐらいなら余裕で座れるだろう。スっと、リドルが動いた。背中に冬特有の冷たい空気が入っていく。寒いな…
「さ、行こう」
「あ、え?うん?」
 リドルは、当然のように解放した腕を滑らかに移動させて俺の右手を取った。ナチュラルに手を握られて窓の方へ誘導される。なんと言ったら伝わるかな。ほら、あれ。社交界で男性が女性にする手の引き方って言えばいいのかな?ほら、男の人の手が下になって、女の人の手が上に添えられるアレ。
(なんか、悔しいけど……かっこいいなぁ…絵になるなぁ…)
 俺を誘導する背中を見上げる。背が高い。おそらく俺の身長はリドルの胸ぐらいだろう。だからさっきすっぽり収まっていたのだろう。15歳ぐらいに見えるリドルは、おそらく『日記のトム・リドル』のはずだ。てことは、日記があるのだろうか。ホグワーツに。
「さ、おいで」
「へ?」
 リドルは当たり前のように窓に座っている。『おいで』と言って手を引いた先にはリドル。
「……え、もしかしてリドルの上に座れと?」
「だって体冷やすよ?」
「それはお前もだろう。ていうか重いだろ」
「いや、君は全然軽いと思う。細すぎるし。ちゃんと食べてる?」
「食ってるわ!でも伸びねぇんだよ!ちくしょう!人のコンプレックスをわざわざ言いやがって。性格悪いな」
 気づけば、今度はリドルがクスクスと笑っている。そしてふわっと腰を持たれて膝の上に降ろされた。
「やっぱりすごく軽いんだけど。肉は食べてるのかい?」
「待って?!これめっちゃ恥ずかしい!さっきのハグより恥ずかしい!!」
「ハイハイ、暴れない暴れない」
「だからくすぐった…ひぁっ」
 膝の上に降ろされた直後にまた抱き寄せられ、その時にリドルの髪の毛が首筋を掠め、さらに吐息が耳にかかった。そして変な声が出た。
「………」
「………」
 無言になる俺達。すぐにリドルから喉で笑う声が聞こえる。
「み、耳は反則だろう!!誰でもこうなるだろう!くすぐったいだろう?!」
「どうかな?僕には経験がないかなぁ」
「うるせぇよ!どうせお前のことだからそんなことさせてこなかっただけでやられたらお前も絶対くすぐったいからな!」
「やってみるかい?君にならされてもいいかもね」
「やらねぇよ!言われてやるやつがいるわけねぇだろ!!」
「ハリーは元気だねー、暖かいし。はー、寒い寒い」
「どさくさに紛れて腰を抱くな!」
 あの、なんでこうなってんの?俺達今日の今が初対面だろ?なんか、こう……もっとなんかない?え?こんなものなの?
「…リドルは、どうやってきたの?」
「ん?」
「だってホグワーツにはいないでしょ?」
「それは……秘密かな」
 フッと笑う表情にズクンと胸が跳ねる。あー、クソ。落ち着けおさまれ、心臓。
「…なんと言えばいいかな。僕もね、よくわかってないんだよね」
「へ?」
「色々やることをやって試して、うまくいったらしいんだけど、うまくいった理論がよく分からないんだ」
「…なんか意外。リドルはそういう無茶なことしないと思ってた」
「そりゃね。いつもならしないよ。でも」
 フワっと再び腰が浮いた。ホイホイ人を持ち上げるな。そして横座りにされる。2次元でドールを抱いてる貴族とかイメージしてもらうとわかりやすいかと思う。あんな感じ。おかげで、完璧過ぎるそのルックスをマジマジと拝むことが出来た。
 世界中の完璧なパーツを集めたような、非の打ち所のない完璧なルックス。声も、2人ほどいる日本の声優さん達と同じ系統の甘い声で耳に心地良い声質だ。それは電話してた時から思ってたけど生で効くとそれにさらに色気と破壊力が着いてくる。声フェチの人は発狂するんじゃなかろうか。そんなレベルだった。ダージリンとベルガモットを混ぜたような華やかなコロンの香りも、すごく似合ってて堪らない。個人的にはこの匂いが好き過ぎてコロンを教えて欲しいレベルだ。
「君の泣いてる声は、僕を乱す効果があるらしい。僕もらしくないと思って今ここにいるよ」
 困ったような微笑みに、胸が締め付けられそうになった。ぎゅっと腕に込められる力も、意識させるには十分過ぎた。
 多分この数ヶ月のやり取りで、俺達は互いに何かしらの依存をし始めている。恋とか愛とかではなくて、共依存が始まっているんだ。それを俺たちはまだ、そうだと自覚していないだけで。
(いや、俺の方は自覚したけど…リドルは多分、まだしてない)
 俺の何かしらがリドルの本質的なところを満たしたのだとして、それを自覚はしなくとも認識してしまったのだとしたら『トム・リドル』は、変われるんじゃないだろうか。


救えるんじゃ、ないか?

 そんなことが、脳裏によぎる程には、俺はリドルに依存していた。
「クリスマス休暇はどうするつもりなんだい?」
「え?あー、それね。折角だからホグワーツに残ろうかなって思ってるよ。図書館の本とか読みたいの結構あるんだ」
「へぇ、読書家なの?それは知らなかったな」
「そこまでではないよ。天文学の本とか地学関係の本が好きでさ。魔法界のそっち系の本はまだ読んだことなかったから気になってさ」
 実際、あまり文学書とかは読まないんだよなー、俺。かといって論文を読むわけでも無いけど。折角あんなにたくさんの本があるし、魔法界目線の天文学や地学がどうなっているのか非常に気になる。
「魔法界のその手の本は、君なら気に入るんじゃないかな。写真は実際に動くからね」
「なにそれ!めっちゃ読みたい!」
 そうか、魔法界の写真は動くのか!ということは自転とか公転とかその他諸々も動いてくれるってことだよな!?いきなり楽しみが増えてテンションが上がる俺を見て、一瞬だけキョトンしたリドルは声を上げて笑い出した。そうすると、年相応の少年に見える。もっと声出して笑えばいいのに。もったいない。
「君は、ほんとに……退屈させないね」
「なんで笑われているのか理解に苦しむんだが」
「ごめんごめん。あまりにも年相応に見えてね。普段からそうしてればいいのになと思ったら笑いが込み上げてきたんだ」
 …なんだ、それ。俺達、同じタイミングで同じこと思ってたの?感じ方は違うけど。なんかそれはそれで…以心伝心みたいで恥ずかしいんだけど。
「笑うなよ」
「ごめん」
 口で謝ってもリドルは小さく笑い続けている。余程ツボったらしい。だんだん腹が立ってきたので脇腹を擽ることにした。
「こら、急に何するんだ」
「なんかムカつくから仕返し」
「残念だけどその手の類は効かないよ」
「いひゃあ?!ごめ、悪かっ…アハハハっ!くすぐったいー!」
 なんと、脇腹が効かないタイプだったのか。そして逆にやり返される。そうなのだ。何を隠そう俺はこういう擽りに弱い。寮でもロンによく擽られて負けている。くそぅ、早々にリドルに弱点がバレていく。耳、首、脇腹、腰……もうやめてくれとギブアップすると、ふと手が止まった。やっと解放されたことに俺は肩で息をしながらリドルを軽く睨みつける。
「苦しいだろっ」
 笑いすぎて涙すら出てきている。呼吸も正しく出来なかったから息も絶え絶えだ。
「────…っ」
「リドル?」
「…なんでもない。それより、クリスマス休暇は残るんだろ?」
「へ?あ、うん。俺だけ残るよ。ロンは魔法界チェスの大会に出ないといけないらしいし、ハーマイオニーは家族で旅行に行くらしいよ」
「つまり、君だけなんだ?」
 原作でも映画でも。本来ならクリスマス休暇は『ロン』がいるはずだった。しかしこの大会はどうしても出ないといけないものらしく、ロンはホグワーツには残らない。2人とも話したけれど、俺たちは別に『賢者の石』には関わる予定はないし、なんならどこにあるのかも分かってる。だからわざわざ原作通り行動しなくてもいいのではないか?という話で落ち着いたわけだ。というか、これはハーマイオニーの案だった。

『普通に過ごして【賢者の石】通りになるのか、ならないのか。それを実験しする。巻き込まれても、ルートから外れても1年目なら大きな問題にはならないだろ』

 らしい。俺としてはクィディッチしたくないから大賛成の案だった。
「それじゃあ、ハリー」
「ん?」
「クリスマス休暇の間、僕とホグワーツで過ごさないかい?二人で会うのにうってつけの場所があるんだ」
「え」
 提案をしているリドルだが、その顔は俺がYESと答える確信を持ったものだった。リドルと、クリスマス休暇の間、二人で過ごす?
「…うん!」
 リドルの言葉を反芻した瞬間、俺は条件反射的に頷いていた。だって、今ですら離れ難い。まだ、こうして顔を見て話したい。
「せっかくだから、二人でクリスマスしようか」
「いいな、それ!」
「夢で作ったタルトを、現実でも作ろう」
 リドルから素敵な提案をされる。俺も今、同じことを考えていた。リドルと、フルーツタルトを作って、食べて。サプライズになにかプレゼントも用意しようかな。あまり時間はないけれど。休暇がすごく、楽しみになった。
「…そろそろ、誰か来るかもしれない」
「…そう、だな。罰則中だったわけだし」
 スネイプ辺りが迎えに来そうだ。そう思うと、寂しくて思わず俯いてしまった。
「場所は、改めてまたメールで言うよ」
「…うん」
「……そんな顔、しないでくれ。僕は君に酷く弱いんだから」
「え?」
 気になることを言ったリドルに、俺は俯いていた顔を上げた。ふにっと、額の例の痣に柔らかい感触を感じた。え、あれ?これって……
「フフッ…なんて顔してるんだい」
「だっ…だって急に!お前…!」
 リドルは再び小さく笑う。俺はリドルが触れてきたところを手で抑えながら顔が熱くなっていくのを自覚した。すると、扉の向こうから微かな話し声が聞こえ始めた。徐々に大きくなっていく。誰か来る…来てしまう。
「──…リドル」
「必ず、また来るから」

 ──待ってて。

 ふわっと深緑色のローブに包まれる。温もりと共に辺りに一際強くダージリンに似た香りが漂った。俺は思わず瞼を閉じる。さらに一瞬香りが濃くなり、ふっと匂いが薄くなる。
「……いない」
 瞼を開けると、そこには誰もいなかった。



 
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