新・成り代わりハリー・ポッターと愉快な仲間達

 揺れる波に浮かんでいるような、ぼんやりとした意識の中で『カチッ』と乾いた音が聞こえた。漂っていただけの意識が、急にしっかりと色付いて自意識へと変化した。

「……なんだ?」
「こんにちは」

 そこには、見ず知らずの女が立っていた。黒くて長い髪はお世辞にも美しいとは言えない。正確には、髪自体は絹糸のように美しい。しかしまとめることをせずにそのままは、あまりにも彼女の印象を不格好に見せた。肌の色は僕と同じぐらいだろうか。表情はあまり大きく変わらないが、それでも微笑んでいる、ということは分かった。黒い髪に不釣り合いな真紅の瞳がやけに惹きつける。背は僕より僅かに低い、と言ったところだろうか。20代に前後に見える彼女に見覚えは全くなかった。

「『お前は誰だ?』という顔ね。無理もないわ。でもこういうのは、教えないから面白いと思わない?」
「無神経だとは思うけどね。何の用だい?ここは僕の許可何しには入れないはずだ」

 女は笑う。クスクスと小さく。既視感を覚えるそれに多少のイラつきを自覚した。

「貴方にね、プレゼントを持ってきたのよ」
「プレゼント?」

 退屈でしょ?と言って女が差し出してきたのは手のひらサイズの小さな機械だった。開くといくつかのボタンと画面。ローマ字と数字と…どこかの国の文字がボタンには描かれている。辛うじて2つの電話のマークで、これが電話なのだろうということは理解した。

「そこに載ってる人と連絡が取れるらしいわ。暇なら取ってみたら?」
「……僕になんの利益があるって言うんだ?」
「少なくとも、外の情勢はわかると思うわよ?」
「……君の目的はなんだ?」
「さぁ?なにかしらね?退屈に疲れた魔女の戯れ、と言ったところかしら」

 再びクスクスと小さく笑う。不意に吹いた風に視界を遮られ、視線を戻すと女は既に消えていた。



 暫く『白い電話』を弄ってわかったことがある。これはどうやら日本製であること。なぜそんなものがあるかは不明だ。載っているデータは1件のみ。推測だがこの電話の本来の持ち主かその知人の連絡先だ。他にもいろいろありそうだが今わかったことはこの2つぐらいだ。

 この中は、普遍だ。時間の流れもない。だから預けている部下に定期的に外の情報を書き込むように指示している。最後の書き込みは……確か…『闇の帝王が倒された』ことだったかな。
「フン、間抜けな“本体様”だよ。赤ん坊に負けるなんてな」
 死の呪文を放ったのに、何らかの偶然でそれが自分に跳ね返り逃亡。以後、行方不明。それが現在の闇の帝王ヴォルデモート卿の情報だ。赤ん坊の名前は、確か……

「ハリー・ポッター…」

 本体殿は、名前を聞いても何も感じていないようだった。ほかの分身達も、特に反応を示していなかった。

「……君なのか?ハリー」

 入学すると言ったのに、いなかった彼。探しても何処にもいなかった、彼。
 夢の中の少年と、同姓同名の、少年。


 紅茶を淹れるのがとても上手くて、意外と料理も出来る。家事スキルがやたら高くて、ホットケーキがフワフワでとても美味しかった。思いつきで二人で作ったフルーツタルトは、正直楽しかったし美味しかった。
 コロコロと、表情豊かに笑う声は、まるで鈴のように透明で酷く耳に心地良かった。
 子作りな顔も、まっすぐバランスの取れた鼻筋も、弓月のように柔らかな弧を描く眉も、アーモンド型の大きなエメラルドの瞳も。

 ずっと見ていたかった。

「あぁ、そうか。だから本体や分身達は分からないのか」

 恐らく、最初に作った僕にだけ押し込まれた感情と記憶。たしかにこの感情は、闇の帝王には相応しくない。できることなら、僕も捨てたい。名前の分からない、どこか甘酸っぱさのある雷のような胸の痛みも。

 君に会えないなら。触れられないなら。もう声も聞けないのなら…

 ハリー。

 夢の中でだけでしか会えなかった僕のたった一人の特別な友人。君に会えない日々に狂っていきそうで、僕は極力自意識を持つことをしないようにしていたのに。

「はぁ…僕は執着深いところが短所だな」

 どうせすることもないんだ。時が来るまで何も。それなら暇つぶしにコレを使ってみようか?拾ったということにして。


 メールを送ってしばらく経った。この中では時間の感覚が無い。ないけれど電話の画面には時刻のみ出ていて、今が夜だと言うことが分かった。ピロンと、画面に『新着メールあり』と出る。返事が届いたようだった。

『こんばんは
 拾ってくれてありがとう。それはたしかに俺のものです。どこでなくしたのか…見つけてくれてほんと助かったよ。でも、俺、今日から寮生活だから1年ぐらい外出できなくて…どうしよう?』

「いや、どうしようってそれを僕に聞くなよ」
 お人好しなのか、そもそも拾ったことを信じたのか?普通は盗まれたことを疑わないのか?平和ボケじゃないか?

『こんばんは。そうだね、君さえ良ければ1年間僕が預かるよ。その代わりと言ってはなんだけど、こうしてたまに連絡してもいいかい?僕の周りには何も無くてね。酷く退屈なんだ』

『いいよー!じゃあ自己紹介!俺の名前はハリー・ポッター。好きな動物は猫で、苺が存在を許さないレベルで嫌いな11歳の少年です。ハリーでいいよ〜』


 僕は、このメールを読んで電話を落とした。

「ハリー…?ハリー・ポッター…?」

  入学すると言ったのに、いなかった彼。探しても何処にもいなかった、彼。
 夢の中の少年と、同姓同名の、少年。
 紅茶を淹れるのがとても上手くて、意外と料理も出来る。家事スキルがやたら高くて、ホットケーキがフワフワでとても美味しかった。
 コロコロと、表情豊かに笑う声は、まるで鈴のように透明で酷く耳に心地良かった。
 子作りな顔も、まっすぐバランスの取れた鼻筋も、弓月のように柔らかな弧を描く眉も、アーモンド型の大きなエメラルドの瞳も。

 ずっと見ていたかった僕の特別な友人。


 本当に、君なのかい?


 
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