新・成り代わりハリー・ポッターと愉快な仲間達

 なんてことはない。いつも通りだ。利用出来る者は利用する。手に入れたいものは手に入れる。あらゆる手段を講じて。ずっとそうして生きてきた。世界もそうあるべきだと思っていた。人を思うように動かすのは、魔法を使うよりも簡単で片手間で事足りる。そう思っていた。
 なのに君は、そうならない。思ったように動かない。『本体』を退けた赤ん坊。生き残った男の子。僕が興味を持たない筈がない。だってそうだろう?彼は近年で最も偉大な魔法使いである『闇の帝王』を退けたというのだから。彼の何がそうさせたのか?やっと座れるようになった様な赤ん坊が。なんの取り柄の無い赤ん坊が!その情報がどれだけ僕に衝撃を与えたと思う?彼の情報が書きこまれた、あの日から今日までずっと僕は『生き残った男の子』に興味があったんだ。
 謎の女に渡された機械、『ケータイ』というものは外部と連絡が取れるらしい代物だった。アドレス登録は1件のみ。表記は見た覚えのない字体で、外国のものだということは理解できた。操作をしていくうちに英語表記の箇所をひとつだけ見つけた僕は、そこを適当に選択する。『ケータイ』の表記が全て英語へと変わっていった。それからは操作を覚えるのは苦ではなくなった。ある程度覚えてメールを送信した数ヶ月前。返ってきた返信と持ち主の名前に、どれほど僕の胸が高鳴ったことか!
「ハリー・ポッター……同じ名前じゃないか!まさか君だったとはね!」
 この10年、気になって仕方なかった相手の名前。『闇の帝王』を退け生き残った男の子。ただの赤ん坊のはずだった男の子だ。
 まず手始めに、親しみやすい人間だと刷り込ませる為に文面に気をつけた。決して警戒されないように。何故かって?文面だけで見ると、彼はまるで成人した真面目な人間のそれだったから。幼さの欠片も無い。まるで同年代と話しているように感じるのが基本で、時折、思考の速さや深さに驚かされた。本当に11歳なのか?達観しすぎじゃないか?両親を亡くしたとて、ここまで精神が成熟するだろうか?
 いつの間にか、気になる対象が肩書きでは無くなっていた。
 それと同時に、学生時代に見ていた『夢』を思い出すようになっていた。最初は朧気だったが、徐々にハッキリと。
「……同じ、名前じゃないか」
 どうして忘れていたのだろう。夢で会っていた少年のことを。名前も特徴も完全に一致している彼を。当時の僕は、その彼を、ずっと探していたというのに。
「お取り込み中だったかしら」
「……またお前か」
 ケータイを閉じて顔をあげると椅子に座り、テーブルに頬杖をしながら僕を観察している例の女がいた。どこから此処にやってくるのか。どう入ってきているのか…謎が多すぎる女は依然として自分自身のことは語ろうとしない。不意に現れて、ふらりと消える。そんな女だった。
「今度は何をしに来たんだ」
「私がどうやってここに来ているか知りたくない?」
「……」
 今まではぐらかしていた僕の質問に答える気になったというのか。どういう風の吹き回しなんだ。
「『ドリーム・ウォーカー』って知ってる?『夢渡り』とも言うのだけれど」
「…血統継承されている魔法だということは知っている」
 僕の返答に満足そうに頷くと、自分はまさにそれだと答えられた。
「あなたのこの世界?部屋?は、夢の世界にとても近いものらしいの。だから暇な時に遊びに来ているというわけ」
「……仮に、お前が夢の世界を渡ってきていることを前提にしても矛盾が幾つか生まれるんだが」
 そう。仮に、この魔女の言うことが全て真実だとして。それなら彼女は夢の中で僕と会っているということだ。
「どうやってこれを持ってきたんだい?」
 僕に渡した『ケータイ』は、元々はポッターのものだ。現実世界のものを夢の中にどうやって持ってきたというのだろうか。
「『ドリーム・ウォーカー』は、この魔法のことを表現した時に一番近い現象をあてただけで、何も夢の中だけの魔法じゃあなくてよ」
 クスクスと、楽しそうに笑う魔女は何処か既視感があり、そしてその答えがずっと出なくてイライラした。
「と、言うと?」
「使用者の力量次第で現実に干渉することが出来るの」
 僕は目を丸くした。そんな記述は何処にも載っていなかった。もしもそれが本当なら、彼女が僕に夢を経由してポッターの『ケータイ』を手渡すことが出来たのも理解ができる。あくまで可能性だけれど。
「今日はその話をしに来ただけよ。じゃあね」
「ちょっ……いない」
 瞬きの間に姿を消した魔女は、恐らく近いうちにまた来るんだろう。それは確信に近い予想だった。そうしているうちに、僕の手の中で『ケータイ』が通知を告げる。ポッターの名前を見つけて、ザワついていた胸は何故かスっと落ち着きを取り戻すのだった。



 僕とポッターがしている会話は、至って普通のありきたりのものだった。彼がその日あった出来事を、一日の終わりに連絡してくる。『ケータイ』が、魔法界にとって異質なものだということを理解しているようで、ベッドに入った時にメールをしていると言っていた。通話をするようになってからは、僕は彼に人避けの呪文と防音呪文を教えてあげた。文だけの説明で成功するとは思っていなかったが、どうやら彼は呪文系の学科は得意らしく「出来たー!」と、普通に電話で報告された。精神年齢が実年齢より高いと思っていたけれど魔法の実力もどうやら同年代より遥かに高いらしい。駒、として利用するよりもこちら側に引き入れた方が利益になるなと考えを改めるきっかけになった。そうなると『ハーマイオニー』と『ロン』も、恐らく優秀な魔法使いなのだろう。残念なのは3人の中でもっとも優秀な『ハーマイオニー』は“穢れた血”だということだ。

「俺?ハーフってやつだと思うよ?父さんは純血?ってやつで母さんはマグル出身。2人が死んでからは母さんの妹家族に引き取られたからね。妹家族はみんな普通の人たちだし、マグル出身で合ってると思う」

 両親がいなくて、孤児で。
 環境は違えど、僕とポッターは出自が似ていた。そして僕ほどでは無いにしろ、彼はとても優秀だ。僕とポッターには類似点が多い。そこに、彼奴は目をつけたのだろうか。それだけで?

「違う気がする。僕なら…僕が本体なら……」

 夢の中の少年に、自認していた特別な情のようなもの。それを手に入れるために探し続け、見つからないと理解して“情”ごと僕に押し付けて切り離した本体。それがふとした切っ掛けで、彼の存在を知ったら?しかも年端もいかない赤子だと分かったら──?

「……今の僕が、ポッターを手に入れようと考えているように向こうもそうしたに違いない」

 哀れな本体殿。切り離したが為に何を渇望しているのか分からなくなり、本能の記憶だけで彼を求め、そして原因不明の何かのせいで返り討ちにあいしっぽを巻いて逃げた…恐らくこれが真相だろう。やはり、僕が優位になるためにも、ポッターは手に入れるべき存在だ。今年はゆっくりと時間を掛けて懐柔することに専念しよう。

「楽しみだな、ポッター」



 ホグワーツは、どうやら普遍らしい。ポッターの授業内容を聞く限り、代替わりした教授の科目以外は僕の時と同じだった。変化が無い。それはつまり進化もないと同義語だ。だから闇の魔術に遅れを取ってしまうんだろう。面白いのは、DADA(闇の魔術に対する防衛術)の教授が1年しか続かないらしいということだ。それじゃあ防衛術は磨かれないだろう。ホグワーツ出身の魔法使いや魔女達の武力的劣化の理由はここにあると僕は踏んだ。
 毎日、こうしてメールのやり取りをしているとますます思うのは彼は『精神的に成熟している』点だ。文面や話の流れ、その全てが実年齢よりはるかに上だ。なんなら僕より精神年齢は上なんじゃないだろうか?その可能性は大いに有り得る。
 ただ、時々。返信に違和感を感じる時がある。いつもなら
『リドルー( *・ω・)ノ
おつかれ〜(*>∀<)ノ))
聞いてよ、あのさー』と、始まる文章が
『リドルおつかれ。今日はさ』といったように淡白になる時がある。書いてる内容は同じでも、文章のテンションがまるで違う。そしてその日、彼は電話をしてこない。そのことに気づき、不意打ちで電話をかけた時はいつもより出るのが3コールほど遅かった。いつもは始めのコールが鳴り終わる前に出るのに、だ。声の明るさも、速さもいつも通り。ただ、覇気がない。どこか上の空のようで、たまに返事に間が起きる。と言っても、時間にすると瞬きほどの間だ。僕には1秒以上に感じるけれど。
 彼の性格からして、体調が悪いとか機嫌が悪いというものでない気がした。それなら何故それが起こるのか?世間に出回っている『ハリー・ポッター』という人物の情報と僕が持っている彼自身の情報を照らし合わせる。メールを見返しても決まった傾向は無いようだ。では何故か?
「……何かで、情緒が不安定になったのか?」
 そんな繊細な風には見えないが、可能性としては考えられることではある。僕も昔、顔も知らない父親に生き写しだと言われた時は、しかもそれがただのマグルだと分かった時は落胆した記憶がある。
「……生き写し…」
 彼は、孤児だ。両親がいない。そこは僕と同じだ。だが、一つ決定的に違うところがある。

『朝、鏡見るたびに思うもん、母さんみたいなストレートがよかったな〜って。視力も父さんの家系なのか元々弱いしさ。眼鏡って凝るんだよね~色んなとこがさー』

 彼は両親を覚えている。顔も記憶している。ホグワーツで両親は出会ったらしいと言っていた。同級生だったと。教師は僕の時代から変わっていないやつが多い。ハグリットもいる。
「あぁ、そうか……それは、いやだっただろうね」
 僕の読みが正しければ彼は、両親と自分を重ねられることが嫌なんだろう。恐らく、彼は人の動作や微表情を読み解くのに長けているはずだ。年端もいかない少年が、周りの大人たちに他界した両親を重ね見られたとしたら。それがほぼ毎日毎刻で行われたとしたら。望みもしないネームバリューのせいで安息できていないのだとしたら。
「僕との会話は、それはそれは居心地が良いだろうね」
 だって僕は『生き残った男の子』も『優秀な魔法使いだったポッター夫妻』自体はどうでもいいからね。利用できるならするけれど、それ以外はどうでもいい。『どうして生き残ったのか』以外は興味すらない。そう、無いはずだ。はずなのに胸の奥で靄ついているこの感情はなんだ。
「……あぁ、そうだ。このモヤつきや苛立ちが煩わしくて切り離したんだ」

 君と話せない苛立ち。徐々に記憶が薄れていくのに消えない声と匂いに対する焦燥。夢で食べた、一緒に作ったタルトの味。その夢さえ見れなくなった苛立ち。

逢えない、逢えない、逢いたい。
話したい、喋りたい、声が聞きたい。

「……切り離したくもなるな、確かに」

 本体が、失敗しても消えるだけだとこのモヤを切り離して僕に押し付けた理由が理解できた。これは、かなり僕らしくない。これは僕ではない。一人の、ましてや年下の少年に情を持つなんて。
 日々は過ぎる。僕の葛藤など風に舞い散る木の葉のように無視をして。
 あれから僕は、ポッターの様子が落ちた時は電話をかけるようにした。弱くなっている時が付け込むチャンスだからだ。そのタイミングで心地の良い会話を繰り返し行えば、他人は容易く僕に絆される。この手法で陥落しなかったものなどいない。なのに彼は、中々堕ちてはくれなかった。それも僕を煩わせていた。やはり電話だけでは足りないか。唯一、『穢れた血』の父親から譲り受けたもので使えるものといったら、この無駄に整っている顔だ。この顔のおかげで僕の人生はわりかし楽できているところはある。この顔を使わずに文章と通話だけでここまで距離を詰められたのだから、きっと逢えば一発で君を手に入れることができるはずだ。
 そんなことを考えて迎えたハロウィーン。校内の装飾も派手だったなと思い出しながら、通話口のポッターに確認をとる。そう。僕は今彼と通話をしている。今やほぼ日課にすらなっている僕と彼の通話は大体三時間ぐらいは話すだろうか。
(…どうした?今日はやたらとテンションが高いぞ)
 一日の出来事を追うように説明しているのはいつもと同じだ。だがテンションが高い。トロールが出たとか、それをグレンジャーが倒したとか、どうでもいい。どうしてそんなにテンションが高いのか。君はそんなイベント的アクシデントでテンションが上がるような薄い奴じゃないだろ。あぁ、そうか。これは塞ぎこまないように、悟られないように誤魔化そうとしているな?この僕を相手に。ずっと君だけと話し続けていたこの僕を相手に。他の奴らと同じように、僕も誤魔化せると、おもっているんだな?

 フ ザ ケ ル ナ 。

「空元気は、もう終わろうか」

 電話口で息を飲む声が聞こえた。当たり前だろ、ポッター。僕が気づかないとでも?君とずっと話してきたのに。君とだけ話し続けてきたのに。君の僅かな変化に気づかないとでも?
 内心は口にせず、彼に彼自身の胸の突っかかりを吐露させた。今日は両親の命日で、そんな日でも自分に両親を重ね見る教員たちがつらかったと、彼は言った。僕の読みは当たっていたが、今日が命日というところまでは気が回らなかった。僕としては珍しいミスをしてしまった。泣きそうな声の彼に、内心、胸が跳ねるほど喜んだ。今日は最高の日かもしれない。彼を堕とすのに最適なタイミングじゃないか?
 慎重に言葉を選ぶ。君を手に入れるための言葉を。
「でも、寄りかかる先に僕を選んでくれて光栄に思うよ」
 グレンジャーでも、ウィーズリーでもなく僕にしろ。そう誘導するために言葉を選んでいくと、ポッターの声が弱く震えた。そして紡がれた言葉は『会えない』だった。
「……ハリー?」
 今なんて言った?
《……会いたい》
 それは、その言葉を、君が言うのか。
《リドルに、会いたい……》
 ズンっと、心臓に重い鉛が堕ちたように胸が痛んだ。なんだこれは。どうしてポッターの泣き声でこんなに胸が痛む。頼む、やめてくれ。泣かないでくれ。君が泣くと、僕は僕じゃなくなる。
《夢で食べた、一緒に作ったタルト、今度はちゃんとつくってあげたい……会って、話して、たくさん……》
 流れてしまった涙で詰まった言葉をさえぎるように僕は、無意識に声に出していた。

「クリスマスまで待ってて、会いに行くよ」

 僕の言葉に、素っ頓狂な声をあげたポッターが再び息を飲んだ。やり方なんてまだ思いつかないけれど。でもそれでも、君が願うなら。僕だけではなくて、君も会いたいと願うなら。
「君の本当の願いは、僕が叶える」
 君が願うのは平凡な学校生活でも、静かな暮らしでもないだろう?

 君が、真に思うのはーー

《独りにしないで》「独りにしないよ」


 

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