2 高天原という名の幻想
高天原に君臨する日帝と月帝。その権力は、疑う余地なく絶対で、特に今代は絶滅したはずの『純血の龍族』をそれぞれ養子に迎えている。その威光の前に、たとえ反乱の意思を抱くものがいたとしても容易に牙を剝くことは出来ない。それは月帝にも言えることなのだが。
絶滅したはずの純血龍族の御子達。
日帝には、太陽色の髪を持ち紅蓮の瞳を持つ炎龍帝志炎。
月帝には、新緑色の髪を持ち橄欖石の瞳を持つ風龍寺疾風。
この二人の存在が、高天原に置ける二極の均衡を辛うじて保っていた。
「……『高天原を守護する双翼の龍』か」
話は変わり、下界では天照・月詠・素戔嗚を兄弟としているらしい。実際はどうなのか?赤の他人である。これらは全て役職の名でしかない。人心掌握術に長けていた初代天照は、当時の下界を素早く統一するために、自身達を『神』というヒトとは別次元の高位の存在だと信じ込ませたのだ。
科学の粋を高め築き上げた『E.X.O.D.E.S』によって誕生した新人類。それが高天原に住まう者たちの正体だ。つまり、神などいないのだ。
慈愛のかけらもない、己以外は利用するだけの物体と認識しているのが現日帝・天照だ。中世的な見た目と女ものの着物を好んできている。男なのか女なのか遠い昔過ぎて月詠は覚えていないし最早そんなことはどうでもいいものだった。
「父上、今戻りました」
「ああ、凪都か。して、『舞姫』の様子はどうだった?」
月詠はプライベートの研究室を持っている。そこに入れるのは自身と、蒼龍だけだった。次期後継者である魁すら入室はできないし、入口すら知らされていない。此処にあるのは、天照と炎龍に対する調査資料だからだ。
「炎龍は問題ありません。前回渡した制御装置も身に着けていました。それと、本人の前でそれを言うと睨まれますよ」
蒼龍の忠告を聞いて聞かずか、月詠は話を続けた。
「あれは龍族の力を抑える宝玉が埋め込まれている。嫌がると思っていたが」
「『自分で抑えなくて済むから楽で助かる』だ、そうです」
前回の会議で可決した『闘神』と『剣聖』の反乱防止策として考案された『龍族の力を抑え込む装置の措置』を行うために、仕事を共にした凪都は溜息を吐く。二人は嫌がるそぶりを見せることなく何なら嬉しそうにそれらを身に着けていた。機械的ではない、金とプラチナをふんだんに使った装飾品のそれらを意気揚々と身に着ける姿を眺めていた蒼龍は内心複雑である。それらを身に着けてもなお、天上界の誰もが二人に適わないのだから。
(こんなもので、有事の時、エンさんの動きを封じられるとは思わないんだけど)
中央に輝いていた金剛石。それが龍族には枷になるらしい。本当なのか疑問だったが、身に着けた二人のオーラは目に見えて薄くなっていた。
「あれはただの金剛石ではない」
「と、いうと?」
月詠は一つの文書のコピーを凪都へと手渡した。筆跡をしたのは考古学の研究をしている素戔嗚のようだった。
《純血龍族と惑星の関係性について》
タイトルは大きくそう書かれていた。古文書から引用され、解読と独自の研究論文が書かれている。蒼龍はパラパラとページを捲る。速読を特技としている彼女にはこれでもゆっくりと読んでいるほうである。
「《純血龍族は一部の純度の高い鉱石に拒絶反応を起こす》?」
「それを利用して選ばれたのが、この星の中で最も純度の高い金剛石と地金だ。あの地金は金やプラチナに見えるように細工しているが、土竜に取りに行かせたこの惑星の核の一部だそうだ」
「……モグラじゃない。リクは地龍だ」
「なんだ?まさか天照の甥に情でも湧いたわけではあるまい?地中を職務としているのだから、モグラで十分だろう」
喉の奥で低く笑う月詠から目を逸らし、渡された資料を懐にしまうと蒼龍は踵を返した。
「報告は以上です。他に用が無いのなら失礼します」
「ああ、行っていい。監視を怠るなよ。裏切れば、分かっているな?」
「……御意」
心の端が凍っていくのを感じながら凪都は部屋を後にする。
監視者・蒼龍寺凪都。監視対象は--炎龍帝志炎。
報酬は、共に生まれ未だ目を開けない双子の妹の治療。
「……くそが」
蒼龍の声は地を這うように低い。そしてそれは、誰にも拾われることはなかった。
炎龍の執務室には、特別な窓がある。いつも閉じているそこは、ふとした時に開かれる。
「やぁ、麗しの舞姫」
「次、それを言ったらこの窓は潰す」
それは合図で、炎龍が『今なら入ってきてもいい』という合図だった。誰に対して?それは風を司る龍王、ただ一人に対してだ。
「この前、下界を散歩していたらな?」
「前振りなく話題に出しているが、その散歩は執務を終えてからしたんだよな?」
「でな?散歩をしていたら、無人島を見つけたんだ」
(してないな、こいつ)
都合の悪いことに返事をしないまま、風龍は話を続けた。炎龍は息を吐くと席から立ち浮かび、ふわふわと食器棚へ移動する。透明なガラスのグラスに、冷えた黒い飲み物を注ぐ。最近二人でハマっている珈琲という飲み物だった。風龍へグラスを渡せば礼と共にそれを飲む。話は続く。
「上空から見ただけだが、美しい花畑を見つけてな。一緒にどうだ?」
「今からか?」
二人は同時に氷を鳴らしながらグラスをテーブルへ置く。執務はもう終わっている。この後の謁見や客も無い。断る理由も無い。
「……夜には帰るぞ」
「ああ、もちろん!」
嬉しそうに頷く風龍に炎龍は頬が緩む。あぁ、やはり妾はこの笑顔が……
風龍は炎龍の隣に立ち、肩を抱き寄せマントで包むように抱き締める。疾風は一瞬の沈黙と集中をすると指を鳴らした。
一陣の風が吹き、二人の姿が消える。上に報告をしていないが、二人は座標さえ分かれば空間を移動する術を身につけていた。
風龍が見つけて、二人で訪れた花畑。それが全ての始まりになるのだった。
「入ります」
下界の人間は勿論、天照のプライベートルームの存在を知るものは少ないだろう。ウィン…と機械音を立てて横にスライドした天地開闢絵の扉を潜るのは長身の大男、地龍帝陸哉だ。プライベートルームに入れば、そこには機械椅子に座る精巧で美しい人型の機械人形がいる。性別は無い。否、必要ない。下界の民や高天原の住民には性別よりもそれらを超越した完全な美があれば十分なのだ。
<陸哉かえ?>
部屋に内蔵されているモニターから呼ばれた地龍は機械人形から視線を移す。壁一面のモニターには、機械人形に似た老婆が映っていた。
「…器のメンテナンスは終わりました、天照様」
<そうかい、では明日の朝議には出席するとするかえ>
「ではそのように調整をいたします」
慣れた動作でキーボードを打ち込んでいく地龍は別のウィンドウを確認しながら数値を入力していく。機械人形。これは初代天照が此処高天原を統治したときに秘密裏に発見された地下施設(天空にある高天原に『地下』を使うのはどうかと思うが、と地龍は思っている。)に眠っていた遺物だ。
設定を読み込む間、地龍はプライベートルームを見渡す。此処、高天原はかつて異星人が乗ってきた高次元大型空間移動母艦だと知っているのは歴代の『日帝』『月帝』『海帝』だけである。そしてこの天照は『代替わりしていない』。初代のままだ。そのことを知るのは侵略者の子孫である『地龍』の中でもその長だけだった。何故知らされているのか。それは実に簡単で、地龍の祖先が唯一この機械を使いこなせたからだ。そして祖先の他にも高次元生命体としての遺伝子情報と知識を利用するために何人かを生け捕りにしていたからだ。
大地を粉砕する程の力と超回復力を持っていた『ゲイン』。高天原では始祖神として伝えられている。
海流の中を自在に泳ぎ、水を武器として操った『アクーディア』。海と水の始祖神として伝えられている。
炎を自在に操った『フランメーヌ』。その名の通り炎の始祖神として伝えられている。
風を纏い真空を操ったとされる『ヴェントゥス』も始祖神だ。
光輝をその身に宿し、世界に昼をもたらした『ルミエラ』もまた始祖神である。
そして最後に、深淵の闇を司る『ノクス』。その力は未だ謎に包まれている。
(私と凪がこの地位にいるのも始祖神を祖先に持っているから。そして始祖の扱っていた遺物を扱えるから)
でなければ、父の気まぐれで手を出されて身ごもった下女の息子を後継者にしないだろう。偶々隔世遺伝で始祖の血を色濃く受け継いで生まれただけの存在である自分が。地龍は思う。そうして高天原に隠された本来の成り立ちを。それを知っているのは自分と蒼龍以外では『次期月帝』と『次期海帝』だけであるが……
(魁皇女は、どうするのだろうか)
自分はこの天照に従うように言われ生きてきた。それ以外の生き方を知らないし、考えられない。故に命令が下れば風龍の暗殺も躊躇わずに実行できるはずだ。炎龍の監視者である蒼龍は、其れで悩んでいるけれど。
<ほんに、アレは美しいのぅ。見つけられて幸運じゃ。幸運じゃった>
炎龍のデータを見ながら言う天照。多くを語らないが第一次天魔戦争から生きる、いや、データとして存在している天照。その天照が執着する炎龍。天照は炎龍がもう少し成長したとき、その肉体へ移動するつもりでいる。高天原の最深部へは炎龍の生体認証が必要なのだが、採取した生体の一部ではエラーが出て開かなかった。そこに何があるのか、おそらくはコックピットだろうと地龍は踏んでいる。何故ならどこを探しても『艦』にあるはずの操縦室が見当たらないのだから。
<剣聖の遺伝子データは取れているかえ?>
「……いえ、まだ解析できていません。アレの遺伝子情報は何故か読み込みも、解析も出来ないのです。もう少し時間がかかるかと」
この天照は、最終的に剣聖を抹殺した後、そのクローンを次期剣聖に据えて己の権力を確固たるものにするつもりでいた。高天原の住人の遺伝子情報は全て解析し終え、どれでも複製が可能なのに『龍族』だけはそれが出来なかった。故に生け捕りにした異星人との間に子孫を作り、遺伝子情報を途絶えさせないように紡いでいた。天照が決める住人たちの婚姻相手も『最も効率のいい遺伝子配合』のためだ。
<純血の龍の遺伝子、早くほしいのぅ>
ケラケラと画面の中で笑う天照。地龍の手元には『強制消去』のボタン。あるのは分かる。だが手は伸びない。忠誠の代わりに、願いを一つ叶えてもらったのだから。それも、おまけ付きで。
<お前は、本当によい子じゃのぅ>
ケラケラと、天照の笑い声がまた響いていった。
「怒るな、志炎。わざとではないんだ」
「なら今すぐその手の動きをやめろ!切り落とすぞ!!」
炎龍と風龍は無人島へと着陸していた。その際に、何故か座標にずれがあり上空に現れてしまった二人はバランスを崩し砂浜に落下した。元々風龍に抱きしめられていた状態でいた炎龍は風龍の上に覆いかぶさる形になったのだが、その際に風龍の手が臀部に置かれていたのだ。
「しばらくこの右手は洗わないと決めた」
「そうか、ではその右手に別れを告げるんだな」
常に携帯している戦闘用の一対の扇をザンッ!と広げた炎龍に冗談だと風龍は宥めた。こんなことをするために炎龍を連れ出したわけでは無いのだ。
「方角は、うん、恐らく向こうだな」
風を読み、風景を確認する風龍の右手はグッと炎龍の左腕を掴んでいる。この炎龍、頭脳明晰武術マスターなのに方向感覚が壊滅しているのだ。魔術も神術も精霊召喚も(精霊に関しては呼んだら勝手に来るらしい)使いこなしているのに、方向感覚だけは皆無だった。昔、同じく方向音痴の蒼龍と下界に向かった時のことを思い出すと今でも胃が痛いが、とにかく、それ以降炎龍が初めての土地へ来たときは近くにいる者が腕を掴む、そういう暗黙のルールが風龍達の中にはあった。現に今も周りの景色を観察しながらまったく別の方向へ進もうとしている。
「シン、こっちだ」
目的にへ向かう方角を確認し終えた風龍は、ひょいっと炎龍を抱き上げる。
「別に、普通についてくるぞ?」
「私もまだあまり探索していないんだ。迷子になられると困るからな」
所謂、お姫様抱っこ。其れをされる理由に炎龍は頬を膨らませてそっぽを向く。彼女は、風龍の前では年相応に振舞うのだ。そう、風龍の前だけ。それは彼の独占欲を満たしたし、幸福な気持ちにもさせた。人間でいえば自分達は十代半ばだ。大人に舐められないように、周りの大人の真似をして振舞っているがまだまだ子供だ。
「すぐ着くか?重いだろう」
「お前は軽すぎる。だから問題ない」
サクサクと音を鳴らして浜を進む。目の間には森が広がっている。
(……何故だろう、なんだか、見覚えがある気がする)
霧がかかったような思考と記憶の更に奥で、ぼんやりと脳裏に浮かぶ景色。
炎龍は似たような景色はどこにでもある、そう言い聞かせて風龍の腕の中で無人島の景色を見つめるのだった。
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