手放した想い
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——夜、静まり返った空き家の中。
風が抜けるたび、瓦がわずかに揺れ、軋んだ音が響く。
縁側に、あやかがひとり。膝を抱えて座っていた。
その横顔には、深い悲しみと、強い意志が宿っていた。
やがて、その静寂を破って現れたのは、高杉晋助。
「ここにいたのか」
包帯の巻かれた左目、そこに浮かぶ感情は読み取れない。
一瞬の沈黙。
あやかは、俯きかけた顔を上げ、晋助をまっすぐに見つめた。
そして、ぽつりと——
「……ごめんなさい」
「……ごめんね、晋助……」
ぽろ、ぽろと涙が頬を伝い、着物の襟元を濡らした。
「晋助から……大切な目を奪っちゃったのは、あたし…」
「……あたしを庇ったから……っ」
「ごめんなさい……」
その懺悔の言葉に、高杉はふぅっと息を吐いた。
「……何度言わせんだ、バカ」
「お前のせぇじゃねぇって、俺ァもう言ったろ」
包帯の下、残った片目に宿る光は、怒りでも憐れみでもなかった。
「この目は俺の不始末だ。俺の業だ。……気にすんな」
一歩、あやかに近づく。
「ただな……」
「この先は茨の道だ。俺は役目を果たすまで世帯を持つ気はねぇ。今までみてぇに、お前との時間を作れねぇし、帰らねぇ日もあるかもしれない。」
「……それでも、俺と一緒に来るか?」
「来るなら——歓迎するぜ」
その言葉に、あやかの瞳が揺れる。
彼女は、しばらく何も言えなかった。
「明日には、奇兵隊を連れてここを出る。」
あやかは、そっと顔を上げて晋助を見つめ、ゆっくりと首を横に振った。
「……行かない」
その言葉に、晋助はわずかに目を見開いた。
「……どうしてだ」
あやかは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
震えそうになる唇を、必死に堪えて。
「昔は……仲間思いで、優しくて、誰よりも真っすぐで……そんなあなたが、大好きだった」
「でも、今の晋助は違う。仲間を失ってまで、この世界を壊そうとしているあなたが……私は、怖い」
晋助は何も言わなかった。
怒りではなく、寂しげな影がその表情に落ちる。
「……そうか」
あやかは続ける。
「でもね、私、ようやく分かったの。これから、私がどう生きたいか」
「それは——もう一度、晋助に笑ってほしいってこと」
「世界に絶望して、何も信じられなくなってしまったあなたに……もう一度、“生きるって悪くない”って思ってほしい」
「私が奪ってしまった左目の代わりに、あなたに世界の綺麗なところを見せたい。だから、私はあなたについて行かない」
しばらくの沈黙のあと、晋助は小さく笑った。
「……そうか。なら、ここで俺たちは終わりだな」
あやかは、しっかりと頷いた。
「……次は、俺が救ってやれねぇかもしれねぇぞ」
「大丈夫」
「銀兄や小太兄、先生……みんなが教えてくれた。生き方ってやつを」
「だから、私はもう迷わない。……ありがとう、晋助」
晋助がゆっくりと歩み寄ってくる。
その目には、怒りも悲しみもない。ただ名残惜しさだけが滲んでいた。
「……最後に、あの時と同じように」
静かに、そして深く唇を重ねる。
あの頃と同じキス。でも、もう戻れないふたりの、別れの口づけだった。
唇が離れると、晋助はかすれた声で言った。
「……あの時、お前をもっと俺のものにしておけばよかったなぁ。」
「今度は、もう恋人とか仲間とか、そういうのは関係ねぇ。敵として、お前を斬りに行く」
あやかは、涙を拭いながらまっすぐに返す。
「……私も。今度は、あなたの前に“敵”として立つ」
「どれだけ好きでも、それが私の答えだから」
沈黙の中、晋助はふっと微笑んだようにも見えた。
そして背を向け、闇の中へと歩き出す。
——その光景を、真島はただ黙って見つめていた。
それは、あやかというひとりの少女の、決意と別れの瞬間だった。
風が抜けるたび、瓦がわずかに揺れ、軋んだ音が響く。
縁側に、あやかがひとり。膝を抱えて座っていた。
その横顔には、深い悲しみと、強い意志が宿っていた。
やがて、その静寂を破って現れたのは、高杉晋助。
「ここにいたのか」
包帯の巻かれた左目、そこに浮かぶ感情は読み取れない。
一瞬の沈黙。
あやかは、俯きかけた顔を上げ、晋助をまっすぐに見つめた。
そして、ぽつりと——
「……ごめんなさい」
「……ごめんね、晋助……」
ぽろ、ぽろと涙が頬を伝い、着物の襟元を濡らした。
「晋助から……大切な目を奪っちゃったのは、あたし…」
「……あたしを庇ったから……っ」
「ごめんなさい……」
その懺悔の言葉に、高杉はふぅっと息を吐いた。
「……何度言わせんだ、バカ」
「お前のせぇじゃねぇって、俺ァもう言ったろ」
包帯の下、残った片目に宿る光は、怒りでも憐れみでもなかった。
「この目は俺の不始末だ。俺の業だ。……気にすんな」
一歩、あやかに近づく。
「ただな……」
「この先は茨の道だ。俺は役目を果たすまで世帯を持つ気はねぇ。今までみてぇに、お前との時間を作れねぇし、帰らねぇ日もあるかもしれない。」
「……それでも、俺と一緒に来るか?」
「来るなら——歓迎するぜ」
その言葉に、あやかの瞳が揺れる。
彼女は、しばらく何も言えなかった。
「明日には、奇兵隊を連れてここを出る。」
あやかは、そっと顔を上げて晋助を見つめ、ゆっくりと首を横に振った。
「……行かない」
その言葉に、晋助はわずかに目を見開いた。
「……どうしてだ」
あやかは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
震えそうになる唇を、必死に堪えて。
「昔は……仲間思いで、優しくて、誰よりも真っすぐで……そんなあなたが、大好きだった」
「でも、今の晋助は違う。仲間を失ってまで、この世界を壊そうとしているあなたが……私は、怖い」
晋助は何も言わなかった。
怒りではなく、寂しげな影がその表情に落ちる。
「……そうか」
あやかは続ける。
「でもね、私、ようやく分かったの。これから、私がどう生きたいか」
「それは——もう一度、晋助に笑ってほしいってこと」
「世界に絶望して、何も信じられなくなってしまったあなたに……もう一度、“生きるって悪くない”って思ってほしい」
「私が奪ってしまった左目の代わりに、あなたに世界の綺麗なところを見せたい。だから、私はあなたについて行かない」
しばらくの沈黙のあと、晋助は小さく笑った。
「……そうか。なら、ここで俺たちは終わりだな」
あやかは、しっかりと頷いた。
「……次は、俺が救ってやれねぇかもしれねぇぞ」
「大丈夫」
「銀兄や小太兄、先生……みんなが教えてくれた。生き方ってやつを」
「だから、私はもう迷わない。……ありがとう、晋助」
晋助がゆっくりと歩み寄ってくる。
その目には、怒りも悲しみもない。ただ名残惜しさだけが滲んでいた。
「……最後に、あの時と同じように」
静かに、そして深く唇を重ねる。
あの頃と同じキス。でも、もう戻れないふたりの、別れの口づけだった。
唇が離れると、晋助はかすれた声で言った。
「……あの時、お前をもっと俺のものにしておけばよかったなぁ。」
「今度は、もう恋人とか仲間とか、そういうのは関係ねぇ。敵として、お前を斬りに行く」
あやかは、涙を拭いながらまっすぐに返す。
「……私も。今度は、あなたの前に“敵”として立つ」
「どれだけ好きでも、それが私の答えだから」
沈黙の中、晋助はふっと微笑んだようにも見えた。
そして背を向け、闇の中へと歩き出す。
——その光景を、真島はただ黙って見つめていた。
それは、あやかというひとりの少女の、決意と別れの瞬間だった。