過去への旅
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― 江戸・裏長屋の一室 ―
ふたりが身を隠すように借りた古びた一室には、懐かしい風が流れていた。
あやかは押し入れから小さな木箱を取り出すと、その中から漆黒の瓶を取り出した。
「……これが、身バレ防止用の“匂い変化コロン”。」
「コロン……言うても、えらい物騒なもんやな?」
「侮ったらいけないよ。これ、ただの香水じゃないんだから。
肌に馴染ませると、周囲の視覚と記憶に影響して“別人”に見えるようになるんよ。
昔、身元がバレんようにこれ使って動いてたのよ。」
「ははーん。つまり……それ塗れば、江戸の悪いやつに見つかる心配もなし、と」
「そう。顔が割れてるからね、今。
天導衆に顔バレしたってことは……あたしが戻ったって気づかれる可能性あるから」
「……なるほどな。けど、それなら最初からワシにも使うてくれや? さっきから通る町娘にガン見されとるんやが」
「真島さんのは服装が明らかにこの国の人と合わないのと顔が怖いだけよ。」
「なんでやねん」
くすくす笑いながら、コロンを数滴、首元と手首に馴染ませた。
するとほんのり白檀のような、しかしどこか現代風の香りが部屋に広がる。
「ふん……あっ」
真島があやかをまじまじと見つめた。
「……誰や、お前?」
「ちゃんと効いてるみたいだね。外の人からは違う顔に見えるんよ。」
「不思議なもんやな……でもその声と仕草は、どう考えてもあやかやで。
……けど、それもまた……ええな」
真島はふと目を細め、茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「けどな、そのコロン、ちょっと甘すぎへんか。……色っぽい匂いしすぎて、気が散るわ」
「色気づいた?」
「お前が言うな」
ふたりは笑い合いながら、再び表の江戸の町へと足を踏み出した。
この“コロン”は、あやかが江戸に滞在するための切り札。
けれど――
どれだけ姿を隠せても、あやかの存在を“感じる”真島には通じない。
そうしてふたりは、江戸の空の下で、新たな再会と再び始まる運命の渦へと足を進めていく――。
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― 江戸・外れの長屋裏通り ―
路地のさらに奥、静まり返った場所に、その家はひっそりと建っていた。
周囲の目を避けるように、あやかが江戸で住んでいた隠れ家のような一軒家。
「あった……ここだよ」
真島が後ろからついてきながら、ふと目を見張る。
「へえ……江戸にもこんな隠れ家あったんか。見た目は古びとるけど、中はしっかりしてそうやな」
「神室町で言えば……マンションの一室ってとこかな。身分を隠して住んでたからね。」
あやかがそっと扉を開けると――
ぎぃぃ、と軋む音と共に、ほこりの匂いが鼻をつく。
そして、すぐにわかった。
――この家は、既に誰かに荒らされていた。
「……!」
「……こりゃあ、やられとるな」
家具は倒され、棚の扉は全て開けられたまま。
隠し引き出しの中、あやかが置いていたはずの手紙や衣類、形見の簪、写真に至るまで――影も形もなかった。
あやかはゆっくりと部屋の中を歩き、ひとつひとつ目をやるたびに、表情が曇っていった。
「……全部、ない……。あたしの……“居た証”が、何も残ってない……」
真島は黙ってあやかの後ろに立ち、肩に手を置いた。
「つまり、誰かが……お前のこと、ちゃんと“探しとる”っちゅうことやな」
「うん……身元の痕跡を全部消してる。プロの仕事……天導衆、やっぱり本気であたしを追ってるみたいね。」
あやかは、空になった棚の前に膝をつくと、小さく息を吐いた。
「でも……こんなにも、何もなくなるなんて……寂しいね。
ここに確かに、“わたし”がいたのに」
真島はその背中を、しばらくの間黙って見つめていた。
そして、低く言った。
「お前がいた“証拠”は、今ここにある。……ワシの中にな」
あやかが振り返り、少しだけ涙ぐんだ瞳を向けると、真島は片目を細め、いつものように口元をゆがめた笑みを見せた。
「全部失うたら、また作ったらええ。……ワシがお前と作ってくる。
なぁに、お前のことなら、全部覚えとるからな」
あやかは小さく頷くと、そっと真島の胸に顔を預けた。
たとえ“過去”が何も残っていなくても、
“今”と“これから”がふたりにはあった。
そしてそれは、きっと、奪われない。