小話

春と猫と墓地

2022/11/04 11:45
・審神者が亡くなっています
・刀剣男士の譲渡・引継描写有




「やっほー。会いに来たよ、主」
 細い腕に猫を抱いて、加州清光は物言わぬ墓石に話しかけた。
 主が病気で亡くなって、2回目の春が来た。彼女の初期刀だった彼は、今別の本丸で過ごしている。
「この子、大きくなったでしょ。さくらって言うんだよ。あんたが拾ってきた子だから、あんたの名前から取ったの」
 俺はあんたを愛してるからね。なんて冗談交じりに言った言葉に、語弊はあれど嘘はない。彼は、自らを愛してくれた少女を心底愛していたからだ。
「あんたが心配していたようなことにはならなかったから。皆バラバラになっちゃったけど、それぞれの新天地で元気にやってる。この間は、村雲と五月雨が手土産持って遊びに来たよ。あんたのとこにも来たんじゃない?」
 くすくすと笑って、清光は猫を抱え直した。ぶすくれた表情をしたさくらは、不満げに小さく鳴いたが特に抵抗はしない。それに小さく笑って、清光は墓石に向き直った。
「――あのね、主。俺、決心が着いたんだ」
 緊張した声音で、清光は切り出した。さくらを抱く腕に、縋るように少し力を込める。
「俺、修行に行くことにした。今の主にも許可は貰ってる。明日、出発するんだ。――どうしても、あんたにそれを伝えたかった」
 穏やかに吹いていた風が、やんだ。もしかしたら、清光がそう感じただけかもしれないけれど。
「……そうしたら、あなたが守ってくれる気がしたんだ。俺、俺を愛してくれたあなたに、同じ感情をくれる今の主に、恥じない刀になって帰ってくる。だから、見守ってて欲しいな」
 照れくさくて、けれど彼女の笑顔を思い出して。清光はそう言ってはにかんだ。
 それだけ、と言って踵を返した清光は、痺れを切らしたように爪を立てるさくらを慌てて叱りながら歩き出す。その時、ひときわ強く吹いた風に足を止めた。

――頑張って。私の、自慢の始まりの刀。

 そんな声が聞こえた気がして、しばらくそこに立ちつくしていた清光は慌てて背後を振り返る。しかし、そこには誰もいない。
 だけど、その墓石の傍らで確かに微笑んでいる彼女が見えた気がして。清光は、驚きを張りつけた顔を綻ばせ、大きく頷いた。

「――うん」


【春と猫と墓地】
診断メーカーによるお題で書いた即興SS

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