トランプ兵と名無しの森
1
トレイ・クローバーは鈍い頭痛に顔を顰めながら目を開けた。
柔らかい光が急かすように瞼を突き刺し、覚醒を促す。軋む体を叱咤しながら起き上がれば、異様で見慣れない光景が視界に飛び込んできた
「……ん?」
乳白色の霧があった。少し肌寒くて、湿った土が気持ち悪い。制服も少し汚れてしまって、それに気が付いたトレイの顔が盛大に歪む。
「ああ……! あー、しまった、まいったな」
慌てて立ち上がり、制服の泥と埃を払う。泥は完全には落ちなかったが、早く帰って染み抜きをすれば大丈夫だろう。そう思ったトレイは、すぐにその「早く帰る」ことが難しいことを悟った。
「ここは……どこだ?」
どうやら、ナイトレイブンカレッジの敷地内ではないようだ。学園のある賢者の島のどこかの場所、というわけでもないらしい。完全に見慣れない、初めての土地だった。
トレイは怪訝な顔をしつつも記憶を探る。リドルのサポートで、資料を届けに学園長室に行ったのは覚えている。それを終えて帰る途中から記憶がない。一体何があったのだろう。
「……困ったな……。デュースもいなくなったままなのに」
自分までこのまま帰れなくなったら、ハーツラビュル寮はどうなるのだろう。それに、寮だけではなく家族や学校にも迷惑がかかるに違いない。
両親や兄弟はもちろん、クラスメイト、友人、そしてリドルの顔が脳裏をよぎる。どうしたものかと頭を抱えたその時、ふわりとした甘い匂いが鼻腔をついた。
「……?」
自分にとっては、幼い頃から慣れ親しんだ懐かしい匂い。焼きたてのクッキー、ホールケーキに塗りたくられたクリームのものだ。
どうしてこんな匂いがと思って顔を上げると、白霧の隙間に踊る影が見えた気がした。鼓膜が軽快な音楽を捉える。
「……なんだ……?」