雨が上がる時(オリジナル)
「……どういうことだ……」
雨が降っていた。まるで滝のような激しい音が響く中、薄暗い部屋の中では2人の男女が対峙していた。
斧を持った少女の顔は下を向いているため、その表情は窺い知れない。彼女に向き合う形で立っている少年は、青ざめた顔に絶望を浮かべ、かすれた声で呟いた。
「嘘だろ?」
そうだと言ってほしかった。これはくだらないドッキリなんだと、いつもの明るい笑顔で無邪気に否定してほしかった。
2人の周りにあるモノは、白いシーツに包まれた丸いもの。てるてる坊主に見えるその頭の部分には、どす黒い液体が広がっていた。
本当に嫌な匂いがする。卵が腐ったような、いや、それよりもっとひどい腐乱臭。よく見れば、頭の部分には大量の蛆がびっしりと群れを成している。それを見れば、てるてる坊主の頭の中身が何なのか、考えなくても分かってしまう。
おぞましい。けれど、どうしても信じられない。思いやりがあり、クラスの中心だった彼女が、本当にこんなことをしたのか。小貝透哉は、変わり果てた幼馴染のその姿に、ただ戦慄して立ち尽くすことしかできなかった。
「理奈……答えろ」
信じたくなかった。こんな現実は、今見えているすべての物は。どうして今、ここにこんなものがある。どうしてこんなおぞましい物が、自分の視界に映っている。透哉の頭は、混乱と恐怖でおかしくなってしまいそうだった。
「なんで、こんな―――」
嘘だ嘘だ嘘だ。これは夢だ、現実にはない妄想だ。馬鹿げた幻だ。そう思えば思うほど、真実は曖昧になっていく。いったいこれは現実なのか、それとも性質の悪い夢なのか。
透哉は訳が分からなくなって頭を振る。ふと体の力が抜け、その場に崩れるようにして座り込んでしまう。透哉はもう、この現実を現実として受け入れることができなかった。
「……そうね。全部嘘だったらよかったのにね」
ふと、それまで黙っていた少女がゆっくりと顔を上げ、透哉にそう話しかけた。つられるようにのろのろと顔を上げた透哉に、伊月理奈はにっこりと微笑む。見慣れた笑顔のはずなのに、それはとても無機質で、生気がないものに感じられた。
「ねぇ、透哉。私たち友達よね?」
「……?」
まるでなんでもないことのように、理奈は透哉にそう訊いた。まるで、明日の1時間目は数学だったよね? と訊くような、そんな口調で。
透哉は、質問の意味が理解できずに首を傾げる。友達? 当たり前だ。友達だから、自分は彼女の性格や、言動の意味を熟知しているつもりである。だから自分は、理奈が今、こんなことをしている意味が分からないのだ。
こんな薄暗い廃屋の中で、こんなおぞましい物をいくつも並べて斧を持って笑っていて。こんなこと、普段の、自分の知っている理奈なら、絶対にやらないはずなのに。彼女のやりたいことが分からず、透哉はただ理奈を凝視する。透哉の言わんとしていることを理解したのか、理奈は声を上げて笑った。
「あなたと私はお友達……。友達なら、困ってる私を助けてくれるよね?」
斧を引きずり、理奈は透哉の目の前に移動する。理奈の言いたいこと、これからするべきことをなんとなく察して、透哉は驚愕に目を見開く。逃げたいのに、助けを呼びたいのに、体と声帯はまるで役目を放棄してしまったかのように機能を果たさなかった。
「……私の為に、その首をちょうだい?」
顔に満面の笑みを浮かべて、理奈は斧を振りかざした。
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