Calling


     5

「――というわけでね。彼のことは、責任もって送らせてもらったよ」
「大変だったな……。しかし、主に何もなくてよかった」
 あの日から一週間が過ぎた。
 あの後月花は病院に搬送され、翌日の夕方には本丸に帰還した。病院に着いた頃には容体は安定しており、翌朝には全快したために検査のみで帰ってこれたのだ。
 あまりにも早い回復だったため、付き添った歌仙と担当職員は担当医からの質問攻めにあって大変だったらしい。
「まあ、でもこれで一件落着だな。例の少年のご実家にも、政府の捜査が入るようだし」 
「ふふ、そうだね。もうあんなことはこりごりだけど」
 大きく伸びをした膝丸の隣で、髭切も湯のみを手に微笑んでいる。かくいう彼らも、2日ほど前まで政府に呼ばれて事情聴取などを受けていた。
 膝丸に至っては、波とともに例の神社へ現場検証にまで駆り出された。
 ようやく取り戻した日常を、二振りも仲間や審神者とともに謳歌し始めているところだった。
「――ああ、髭切さん。膝丸さん。ちょうど良かった」
 ふと背後から名を呼ばれ、2振りは振り返る。この本丸の担当である、政府職員の男がたっていた。
「ああ……担当殿か。どうしたのだ」
 膝丸が問えば、担当はなんとも言えない顔をする。
「先日の……審神者様を狙った迎馬の件ですが。当事者でもあるおふたりにお伝えしておこうと」
「え?」
 担当は困ったように笑い、肩をすくめる。膝丸がその歯切れの悪さを訝しんでいると、担当は静かに口を開いた。
「実はですね、例の村雨カイの母親――村雨エマと言いましたか。あの後、政府機関の拘留所で死亡が確認されました」
「――なんだと?」
 驚いて腰を浮かす兄弟に、担当は肩を竦めた。
「アレは、禁忌を犯したせいで呪術となっていましたからね。迎馬の破棄、並びに怨霊となった村雨カイの消滅をもって呪い返しが発動したのでしょう。……仕方ありませんが、被疑者死亡で送検という形になりそうです」
「……そうか」
 膝丸は、村雨エマの姿を思い出した。
 静かな態度、息を吐かないほどの激しい捲し立て方。あれが息子を失ったことによるものか、生来のものなのかは知らない。けれど、随分と暗い狂気を纏った女だった。
「ただね、一つ腑に落ちないことがありまして。問題の白無垢がね、引きちぎられてご遺体の上に覆い被さっていたんです。どこから入ってきたんだか……」
 担当のその言葉に、膝丸は愕然として彼を見た。少々青ざめた顔をしつつも、担当は無理やり笑ってみせる。
「……まあ、返された呪詛がどう言う作用をもたらすのか、解明されていないことが多いですしね。そういうこともあるんじゃないでしょうか。――しかし、あの人は随分と恐ろしいことをしましたね」
 担当は、そう言って自身の腕を擦った。怪訝そうな兄弟の視線に、苦笑しながら肩を竦める。
「……あの白無垢のまじないと迎馬なんですが。呪い返しが起きた場合、術者が代わりに死者と婚姻するそうなんですよ」
 真偽のほどはわかりませんが。そう言った担当の言葉に、髭切と膝丸は絶句した。
 一気にその場の空気が冷えたような気がして、すべての音が遠くなったような感覚が二振りを襲う。

 少し遠くでは、月花が波や刀剣たちと楽しげに談笑をしていた。
 いずれ知ることになる事実を夢にも思わずに、いつもの穏やかな笑顔で。
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