第一話 遠征任務
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本丸は最初の冬を迎えていた。
十一月に入って、この本丸は随分と大所帯になった。異なる価値観ばかりが集まるこの場所で、ひときわ違いが目立つのが各自の生活模様だった。
刀剣男士が次々と顕現する本丸には、その数だけ生活用品も増えていった。現代機器を好んで適応してしまうもの、逆に嫌って代替案を編み出すもの。
そこから派生して、自分のいなかった時代の知恵に興味を示して取り入れるものもいた。そうして、過ごしにくい季節や天気などを楽しんだり乗り切ろうとするゆえの知恵で、彼らは自由に過ごしていた。
「……だーかーらー、やっぱり炬燵は必要だって」
何度目かのやりとりの末、獅子王は口を尖らせた。華奢な彼の体をすっぽりと包み込み、その肩の上で鵺(ぬえ)が鼻を鳴らす。
「……
少し遠い目で、大倶利伽羅は返答した。「随分、温かそうに見えるが」と付け加えると、獅子王はその端整な顔を歪める。
「そりゃ、お前はそうだろ⁉ 俺マジで寒いんだって。今日の気温知ってるか? 霜月の半ばったって最高で十二度だぞ! ありえねえって!」
「箱入りめ。その程度の気温は普通だ。これからもっと下がるんだぞ」
獅子王の必死な訴えを、大倶利伽羅は無慈悲にあしらった。厚手の衣類を何枚も重ねてなお鵺にくるまる獅子王は、小さく「ぐぬぬ……」と唸る。やはり諦めきれないのか、壁際で稼働するエアコンを指さした。
「大体! 三人部屋で冷暖房がエアコンだけってないだろ! 夏だってあんなに暑かったじゃねえか!」
「それはサーキュレーターの購入で解決しただろう。わざわざ追加で暖房を増やす必要はない。……この間、電気代が予算オーバーだと言っていなかったか?」
その質問が図星だったのか、獅子王は黙り込んでしまう。いじけるように鵺に顔を埋めた。
「……そうだけどさあ」
この本丸には現在、九十振りの刀剣男士がいる。故に、どうしても生活費というものはかさんでしまう。
審神者、および刀剣男士はその職業柄高給取りではあるのだが、それでもこの大所帯をカバーしきれるほどの金額が入っているわけではない。
ある程度までは、各本丸の光熱費は政府が負担してくれる。しかし、星の数ある本丸に対して公費での支援は限界があり、ここのようにその恩恵が受けられない所も多かった。
そういうわけで――理由はそれだけではないが――ここの運営情報のほとんどは、刀剣男士たちが役割を分担して管理している。
獅子王は経理部にいるから本丸の経済状況を把握しており、だからこそ初めはあの手この手を尽くした。しかし、すべて徒労に終わってしまったのである。
「それに、出られないまま寝落ちして風邪をひくのが目に見えている。だったら、懐炉やブランケットなどで代用すればいいだろう」
大倶利伽羅がそう言えば、獅子王は口を尖らせて顔を上げる。
「この状態でも寒いのに? 俺、この下に五枚は着てるんだぜ」
「着る毛布があるだろう。審神者が使っている奴をもらってきたらどうだ」
「サイズが合わねえよっ」
また、話は振り出しだ。最初にこの格好で蹲っている獅子王を見て、思わず声をかけたことを大倶利伽羅は後悔する。いい加減面倒だから、通販で防寒具でも探してやるか……と思い始めたその時。
「ふたりとも、入っていいかい?」
外から声が入った。二振りの同室である蜂須賀虎徹だ。いいぜと獅子王が答えれば、すらりと障子戸が開く。予想に反して、蜜柑色の髪が覗いた。
「あれ、浦島?」
「こんにちはっ」
獅子王が名を呼ぶと、浦島虎徹は明かりが灯ったように笑った。蜂須賀はというと、内番服の袖をたくし上げて弟の後ろに立っている。その腕に抱えられているものをみて、獅子王の目が輝いた。
「それ!」
「火鉢だよ。希望者の所に配って回っているんだ。……その恰好を見るに、必要みたいだね」
獅子王を見て苦笑した蜂須賀は、重そうな火鉢を軽々と持って部屋に入る。喜色満面の獅子王が両手を広げた。
「要るー! めちゃくちゃ要る! ありがとな蜂須賀!」
「こら、危ないよ」
まるで子どものようにはしゃぐ獅子王を諫めながら、蜂須賀は軽く部屋を見回す。空いている場所を見つけて、そこに火鉢を設置した。
「炭は、これから鶴丸さんがもってくるから待ってて。これで、春までは快適だねっ」
浦島は、そう言いながら火箸や五徳などの道具が入った段ボールを置く。どうやらただの付き添いではなく、蜂須賀を手伝っているらしい。
「ほんっと、ありがとな! これでこの冬を乗り切れるっ!」
「……まったく」
心底嬉しそうな獅子王の横で、大倶利伽羅はため息をつく。火鉢でスペースを取られるのは嫌だったが、ここまで寒さを厭う同室からそれを奪うほど鬼ではない。
それに、電気ケトルの代用だってできるだろうと考え直し、大倶利伽羅は黙って部屋の一角を整理することに決めた。
「それにしてもこれ、予算会議通ったんだな。一期に頼み込んどいたんだけど、炭の値段とか考えると無理かもって思ってたんだよ~!」
興奮気味な獅子王の様子が微笑ましいらしく、蜂須賀は穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「先月くらいから、
基本的に、共用物の購入については経理と総務責任者、並びに審神者の許可がいる。購入依頼は総務か経理に所属する刀剣男士に直接申し込み、都度行われる予算会議を経て可否を決定する流れだ。今回は、審神者の鶴の一声で即決されたという。
「――待たせたな、ご注文は木炭かい?」
そこで、新しい声が舞い込んだ。炭の入った箱を抱えた鶴丸国永が、やたら厚手の服を着こんで立っていた。
「……お前もか」
「ん、なんだ伽羅坊? 俺の顔になにかついてるか?」
「いや……」
獅子王と似たり寄ったりの格好をしている旧知を見て、大倶利伽羅はため息をつく。鶴丸は不思議そうに首を傾げたものの、気にしないことにしたのか部屋に駆けこんだ。
「ありがとな、蜂須賀! 正直ダメ元だったんだが、やっぱりきみに相談してよかった!」
「あなたも、同じ生活支援課として尽力してくれたじゃないか。それに、
謙遜する蜂須賀に、箱を置いた鶴丸は「きみは慎み深いなあ!」と笑顔を向ける。ふと視線をずらした彼は、獅子王を見て吹き出した。
「なんだ。きみ、随分と暖かそうじゃないか。鵺のそれは毛皮なのかい?」
「お前に言われたくねえよ」
獅子王は口を尖らせるものの、少し自慢げに鵺を叩いた。
「こいつのは毛皮じゃないけどさ、くるまってると暖かいんだよ」
「なんだそれは、羨ましい! そうそう、俺も
な!」
「いえーい!」
やたらテンポのいい掛け合いの後、平安刀二振りはなぜかハイタッチをしていた。寒がり同士、なんだか波長が合ったらしい。ついていきづらい疾走感である。
「ふたりとも、先月の半ばくらいからちょっと寒そうにしてたもんね。着物の下にもう一枚増やしたりして」
そこで、心配そうな顔をした浦島が二振りに話しかける。鶴丸が苦笑した。
「実のところな、きみのことが羨ましくて仕方がないんだ。……そんな格好で、寒くないのかい?」
浦島は、内番服の上からパーカーを被っている。鶴丸たちとはえらい違いだった。
「平気! 俺、最近は無理しない程度だけど筋トレしてるんだよ。理想は長曽祢兄ちゃんなんだけど、人間と違ってあんまり劇的に変化はしないんだよね」
元気よく答えた浦島は、力こぶを作る動作をしながら不服そうに唇を尖らせる。彼の言う通り、内番服の裾から覗く二の腕はいつもと変わらないように見えた。
「たしかになあ。顕現してからしばらく経つが、俺も体格が変わったとかは感じないな。そういうものなのかもしれんが」
鶴丸がからからと笑った。
「でもねでもね? ちょっとだけだけど筋肉ついた気がするんだ。――ほら! 力こぶ!」
少し得意げにそんなことを言う浦島の右腕に、その場の全員が注目する。獅子王が上から覗き込んだ。
「どこだ?」
「ここ!」
「すまんどれだ?」
「もおー!」
得意げにある一か所を指した浦島に、同じく怪訝そうな顔をした鶴丸が問いかける。拗ねて口を尖らせた彼と鶴丸が獅子王を巻き込んでじゃれていると、新しい来訪者が声を掛けてきた。
「――随分と楽しそうだな。俺っちも混ぜちゃあくれねえか」
「あ、薬研!」
薬研藤四郎の姿を見て、浦島が満面の笑みで手を振った。
先月の初めに来たばかりの彼はようやく本丸に慣れ、既に顕現していた兄弟たちを初めとした様々な刀と楽しそうに過ごしている。交友関係の広い浦島とも仲が良かった。
こんな気温でも、彼は内番服に防寒具を身に付けてはいなかった。
「上には上がいた! こっちに来い薬研、火鉢もあるしあっためてやろうか⁉」
「寒い寒い! 見てるだけで寒いって! そんなんで平気なのかよ⁉」
大袈裟に騒いで手を広げる鶴丸と、自分の体を抱きしめる獅子王を、薬研は怪訝そうな顔で見た。
「よく分からんが、心配要らないぜ。逆にお前らの方が心配だが……生姜湯でも淹れてやろうか?」
「そんなことより、用件はなんだ。無駄話をしに来たわけじゃないだろう」
二振りが答える前に、大倶利伽羅が割って入った。「悪い悪い、その通りだ」と笑った薬研は、薄水色の封筒を取り出す。その意味を悟った五振りの顔が、途端に真剣な色に変わった。
「大将からの任務を拝命した。――遠征だ、よろしく頼むぜ先輩方」
力強い笑みを浮かべて、薬研はそう言った。
※
「今回の遠征先は、平安時代の初期だ」
小一時間後、支度を終えた大倶利伽羅たちは本丸の正面玄関にいた。彼らの前に佇むのは、この本丸の近侍である山姥切国広。本来ならばこの場には審神者もいるのだが、手が離せないとのことで姿を見せていなかった。
「状況を簡単に説明する」
全員の顔をぐるりと見回した国広は、手元の資料に目を落とす。
「七七四年、即位したばかりの
ここにいる全員が生まれる前の、古代の出来事だった。国広は手元の資料を捲る。
「次代の
それが、天下の徳政論である。平安京の遷都から、大体八年後の出来事だ。
延暦二十四年、桓武天皇は側近である
けれど、それによって完全に征夷が止まったわけではないらしい。桓武天皇の没後、
「目的地は、八〇二年の八月の平安京になる。蝦夷の首長たちは同年五月に坂上田村麻呂の許に降伏し、都に送られたのち八月十三日に処刑されている。だが、そこではどうやらその事実がなかったことにされているうえ、なにか異変が起こっているようなんだ」
一瞬で空気が張り詰めた。それに怯むこともなく、国広は平然と続ける。
「というわけで、任務内容はその事実の確認と原因の調査。下手な介入はせず、調査結果を持ち帰って来い。対応については、政府で慎重に協議するとのことだ」
「――ちょっと待ってくれ」
鶴丸が、遮るように声を上げる。
「さすがに悠長すぎやしないか? 歴史改変が始まっているなら、事態の収拾にあたるべきだと思うが」
もっともな言葉に、国広は顔を顰めた。
「……同感だ。しかし、今回の遠征先はどの本丸も遡行したことがない時代だ。そもそもどこまで残留できるかわからないので、先に情報を集める必要がある。政府の見解はそういうことらしい」
今まで遡行した中で最古の時代は、今回の遠征先より三世紀も後の平安時代中期だ。そもそも千年以上も昔ともなれば、審神者・刀剣男士双方にとっても転移による負担が大きい。なにが起こるかわからない以上、最低限必要な情報だけでも得ておきたいということなのだろう。
「……そうか」
鶴丸は少し考え込む素振りを見せたが、すぐに顔を上げる。
「分かった。すまないな」
国広は首を振った。どことなく不安そうな顔をしているのに気づいて、鶴丸だけでなく蜂須賀も声を掛けようとする。しかし、その前に国広は念を押すように追加の指示を出した。
「……どうも、この七年間で類を見ない状況らしい。言い方はなんだが、戦果をあげる必要は無い。危険だと判断したら、すぐに
少しだけ眉根を寄せながら、国広はそんなことを言う。いつも以上にピリついている様子の彼に、部隊の面々も心なしか険しい顔になった。
「説明は以上だ。他に質問がなければ、このまま転送準備に入る。各自、持ち場についてくれ」
国広は言って、大倶利伽羅に歩み寄る。全員分のお守りと、通信機材が入ったバッグを差し出した。
「隊長は大倶利伽羅、あんただ。第二部隊を頼む」
「……馴れ合うつもりはない」
どこか縋るような彼に無愛想に答えて、大倶利伽羅はバッグを受け取った。国広はそれに小さく頷く。
「構わない。きちんと帰ってきてくれるならな」
それだけ言って、国広は部隊全員の顔を見る。
「気をつけてくれ、本当に。――健闘を祈る」
そう念を押した国広は、今まで見たこともないくらいに沈痛な面持ちをしていた。
◆
「――切(きり)国(くに)?」
声をかけられ、国広は振り返った。ちょうど、大倶利伽羅たち第二部隊を送り出したところである。
転送装置のある庭に面した廊下には、一人の少女が立っていた。限界が近いのか、フラフラと覚束無い足取りである。
「――ああ、主か。第二部隊なら今出発した。見送りには間に合わなかったな」
「あ、行ったの? ありがと……」
審神者――
「あー、あと五分早かったら見送りできたのに。やっちゃったなあ」
夕麗は、もう一度大仰なあくびをする。虚ろな目をして揺れる彼女に、国広は手を差し出した。
「徹夜で疲れているんだろう。部屋まで送るから掴まれ。さっさと寝た方がいい」
「わーい……」
感情の籠っていない返答とともに、夕麗は国広にもたれ掛かる。流れるように倒れこまれたので、国広は慌てて彼女を受け止めた。
「こら、危ないだろう」
国広はそれを咎めるが、当の夕麗は「んー」とだけ返して動こうとしない。
「あっ、主! 部屋反対方向だけど⁉」
そこで、加州清光が声を上げて駆け寄ってくる。毛布を抱えているので、彼女を捜しに来たか追いかけてきたらしい。ふたりの傍までくると、苦笑しながら夕麗の背中をいたわるように撫でた。
「ほーら、さっさと部屋に行って寝な? いつまでもこんなところにいて、体を冷やさないの」
清光が言うと、いよいよ微睡み始めていた夕麗は国広にしがみついた。
「うん……。ほら、早く運んで切国……」
「……まったく」
国広はため息を吐いた。いったん床に座らせた夕麗の傍にしゃがみ込み、彼女を抱え上げる。それを見て、清光が羨望に頬を膨らませた。
「あー、いいなー! それ、俺がやりたかった~」
「はいはい。さっさと行くぞ」
適当にあしらう国広に「はーい」と口をとがらせつつ、清光は夕麗に毛布を掛けてやる。次いで、彼女の頭を軽くなでた。
「担当の芦谷(あしやさん、まだ戻って来れないみたいじゃん? 代理の人も忙しそうで、主もそうとう無理してる。体、壊さなきゃいいんだけどね」
国広の隣を歩きながら、清光は憂いた表情で彼を見上げる。すっとその頭が曲線を描いて、斜め下を向いた。
「それに、今ほとんどの部隊が出払ってるし……」
少し不安げなそれに、国広も頷いた。
最近の戦況は特に不穏だった。いろいろな合戦場で敵勢力が入り乱れ、各本丸が対応に追われている。この本丸も例外ではなく、今日も出動できる部隊は遠征か出陣に駆り出されていた。大倶利伽羅たちも、もちろんその中に含まれている。
「芦谷殿は病欠だったよな。……最初にそう連絡が来てから音沙汰がないが、そんなに悪いのか? もう三か月は経つだろう」
「そこなんだよなー」
清光は肩を竦めた。
「担当ってさ、要は未成年の審神者の補佐役じゃん? 法的な手続きとか、こんのすけじゃ補えないところを代行してくれる。それなのに、審神者に病気の経過報告とか、なにもないのがおかしいんだよ。芦谷さんはそんな人じゃないから、余計にさ?」
「……そうだな」
この本丸の担当である芦谷当真(とうま)は、三か月前から病気療養のために本丸から姿を消していた。新人だという若い女がすぐに代理として派遣されてきていたが、彼に関する情報が入ってこないことを二振りは訝しんでいた。
「まあ、来ない便りのことを気にしていても仕方がない。今、出払っているのは全部で四部隊だったな」
国広は、話題を早々に切り替えた。「……そうね」と顔を伏せた清光も、鬱屈した気分を振り払うように顔を上げる。
「今は、第一部隊だけが空いてる。一応の編成メンバーは考えてあるから、なんかあってもすぐに対応できるよ」
にこりと笑って述べる加州に、国広は小さく頷く。
「助かった。俺も主と一緒に仕事を捌くので手いっぱいだったからな」
主が眠ったことで気が抜けたのか、国広も眠そうに大きな欠伸をして瞬きをする。心配になったのか、清光が彼の顔を仰ぎ見た。
「大丈夫? やっぱり主抱えようか?」
「問題ない。そこまで距離はないからな」
二振りが向かっているのは、夕麗の私室だった。万が一のために奥まったところに配置されているが、彼らの足なら苦にならない距離である。
「ふーん……。なら、いいけど」
やはり少し拗ねたような清光は、しかしそれ以上はなにも言わずに顔を曇らせる。
「……話変わるけどさ。時間遡行軍のやつら、ここ最近はどうにも変な動きをしているとは思わない?」
急にそんな話を振ってきた清光の顔は、苦虫を噛み潰したように険しかった。
彼の言う通り、時間遡行軍の出現数は今までと比べて増えてきている。ひとつの部隊が出陣したら、また別の場所に。それを繰り返し行うため、どの本丸も休む暇もなく事態の収拾に当たらざるを得なくなっていた。
この状況は気味が悪い。まるで本丸に対して陽動を仕掛けているようで、大侵寇のことを思い出した古参たちは警戒していた。
「そうだな。また、なにかとんでもないことが起こりそうな気がしている。大包平や本歌には、余計なことを考えすぎだと言われたが……」
今も出陣先で任務にあたっている二振りの名を上げて、国広はいっそう眉間のしわを深くする。すでに寝息を立てている夕麗の肩を支える手に、無意識のうちに力を込めた。
「……こいつを部屋まで運んだら、俺たちも休憩をとるか。頭が回らなくてかなわん」
「そーね。俺は寝かせてもらったけど、あんたはほとんど徹夜だもん。……ちゃんと寝なきゃだめだよ、近侍さん?」
そう言って笑った清光は、すぐに顔を曇らせる。大きくため息をついて、髪をくるくると弄った。
「……本当に、杞憂で終わってほしいよね。この状況」
彼のその言葉が合図になったように、木枯らしが落ち葉を地面の上に滑らせた。その残響に合わせるように、小さな音が近づいてくる。
「あ、山姥切国広様! 加州清光様!」
「こんのすけ?」
甲高い声に振り返った清光が、少し先から駆けてくる狐のような獣を呼ぶ。
声の主は、この本丸に配属されているクダギツネのこんのすけだった。普段はおっとりとしている個体だが、今はなにやら慌てている様子である。
「申し訳ありませんが、主様を起こしてすぐに執務室に!」
わたわたという効果音が聞こえそうなくらい、彼は取り乱している。その様子にふたりは顔を見合わせた。
「え、なんで? 主疲れてるし、寝たばかりだから起こすのも可哀想なんだけど……」
そう清光が渋ると、こんのすけは急かすように声を張り上げる。
「政府から入電が入りました。おそらく、五番目の特命調査です!」
その言葉で、二振りの顔色が変わった。どちらともなく、先を走るこんのすけを追いかける。
こんのすけが言うには、入電内容はまだ解析されていないという。審神者の承認がなければ、政府からの暗号通信を開封することはできないからだ。しかし、前例があるので大体察しがついている。
「なら、出陣先は?」
問う清光に、こんのすけが前を向いたまま答えた。
「一八六八年――戊辰戦争最中(さなか)の慶応(けいおう)甲府(こうふ)です!」
「――え」
清光の足が止まった。
「どうした?」
国広が振り返る。清光はしばらく俯いていたが、消え入るような声を絞りだした。
「……新選組が……事実上壊滅した場所だ……」
その顔は、今にも倒れてしまいそうなほど青かった。
