あまい後輩
あえて喩えてしまうのなら、角砂糖。
何って、あいつの声の話だ。
ありがち過ぎだと笑う奴もいるだろうな。
だがわしは胸を張って声高に、あいつの声は角砂糖なのだと嘯いてやる。
きっとあいつはいつものように耳まで真っ赤になって、そんなわしを止めるだろうが、「その声も甘くて美味い」とでも言えば何も言い返せなくなる。それでも何かとさえずる唇を、奪ってしまえばあとはもう、なし崩しでせんべい布団にもつれ込むだけだ。
あの声がカタチを保っていられるのは最初だけ。わしから与えられる熱に浮かされて、ほろりとほどける耳触りの良いあいつの声は、確かな甘さの名残りを滲ませ切なく果敢なく消えていく。それが惜しくて、わしは何度もあの声を聴くためにあいつを責め苛む。熱に溶けた砂糖水、ぐらぐらと煮えたぎる灼熱を伴って、あいつは何度も何度もわしへの愛を繰り返す。最初に角砂糖だった声は最後には、吐息まじりの甘ったるい粒子になるが、それもわるくない。
抱いている最中にわしの思考の断片を溢せば、「せんぱいって、案外ロマンティストなんですよね」と微笑まれた。そんなつもりは全くないが、あいつが心底嬉しそうに、幸福そうに、はにかむものだから、そういうことにしておいてやった。
「ぼく、せんぱいの声好きですよ」
丁寧に後処理を終えて、腕枕。あいつ──速人は仄かな声で呟いた。普段のかしましさは鳴りを潜めて、寝落ちを堪える速人の声は、散りばめられた砂糖の粒子をかき集め何とか声としての体裁を保っている。有り体に言えば喘がせ過ぎて声が掠れてしまっているのだが、それでも甘さを失わない。
近頃の速人は、気絶するほど抱きつぶさない限り、うつらうつらとしながらそれでも懸命に目を覚ましていようとする。行為後の睦言などわしの性に合わないし、何より気恥ずかしい。にもかかわらず、あいつは全てを理解した上でわしにそれを強いてくる。まあ、愛しい恋びとの可愛いお強請りを無下にするほど野暮でもないから、付き合ってやることにしているが。
「せんぱいの声って、何だか安心するんです。酒焼けしたダミ声なんですけどね」
不思議ですね、好きになった欲目かな、そう上目遣いに伝えてくる速人は悪戯っ子のようだ。
「ただの砂糖じゃなくて、角砂糖なんですね。どうしてですか?」
乱れた髪を手櫛で後ろに流してやりながら考える。そうしている間にも、わしの手のひらにすりすりと懐いてくるのが可愛くて堪らない。
「普段は良く通る声をしてるだろ。つまり声にカタチがある。だがある一定以上の温度を与えてやると、途端にほどけていくし、何より甘い。そのさまが何となく角砂糖を想い起こさせるんだよ」
照れくささからぶっきらぼうな語り口になるが、速人は嬉しそうだ。頬を染めて、えへへ、と子どもみたいに微笑って身を寄せてくる。その痩躯をわしの腕のなかに閉じ込めて、ぎゅうと力を込めれば「きゃはははっ!」と、はしゃいだ声が上がった。どうやらわしの体毛で擽ったがるのが好きらしい。変わったシュミしてんなぁと思ってきたが、これもさっき速人が言った、好きになった欲目というやつだろうか。
抱き締められた状態でクリンと顔を上向かせ、わしを見上げる速人。
「普段のぼくが角砂糖なら、バイクに乗ってるぼくの声は喩えるなら何ですか?」
「……カラメル、だな」
きょとんとわしを見つめてくるものだから、わしは照れ隠しにコホンと一つ咳払いをして、説明してみた。
「カラメルって砂糖水を焦がして作るだろ? いつも何かに焦がれるように突っ走るし、苦みが声のちょうどいいアクセントになってる。バイクに跨ってる時のおまえにぴったりだと、わしは思う。原材料も同じだしな」
甘みと苦みという両極端なようでいて相性抜群なところなんかも、元は本田速人というひとりの人間であることを示している感じがして我ながら良い喩えだと思った。速人も、ふむふむと頷いている。
「ところで、わしの声はどうなんだ?」
速人はもぞもぞと身動ぐと、あごに指をあてながらしばし悩んだ。そして出した答えは。
「おせんべい、ですかねぇ。甘じょっぱいやつ」
「ロマンの欠片も無いな」
「懐深くていぶし銀、誰にでも好かれる美味しいお菓子じゃないですかぁ」
あくまでも速人は真剣そのものの眼差しで見つめてくる。なんか話の軸がずれている気がするが、仕方ねぇ、折れてやるか。
「分かったわかった。わしはせんべいだ。布団も万年床のせんべい布団だしな」
わしの言葉に満足気に微笑むと、速人は小さくあくびをした。それでもまだ起きていたいのか、頻りに目をこする手を掴んで止め、布団のなかにしまい込んでやる。もうほとんど夢の中かと思いきや、瞼を閉じたまま寝言なのか本気なのか分からないトーンで速人は言葉をこぼした。
「せんぱいはおいしい人気者だから、ぼく、気が気じゃないんです……誰にも渡したくない」
最後のひと声は、甘さ控えめだった。
何って、あいつの声の話だ。
ありがち過ぎだと笑う奴もいるだろうな。
だがわしは胸を張って声高に、あいつの声は角砂糖なのだと嘯いてやる。
きっとあいつはいつものように耳まで真っ赤になって、そんなわしを止めるだろうが、「その声も甘くて美味い」とでも言えば何も言い返せなくなる。それでも何かとさえずる唇を、奪ってしまえばあとはもう、なし崩しでせんべい布団にもつれ込むだけだ。
あの声がカタチを保っていられるのは最初だけ。わしから与えられる熱に浮かされて、ほろりとほどける耳触りの良いあいつの声は、確かな甘さの名残りを滲ませ切なく果敢なく消えていく。それが惜しくて、わしは何度もあの声を聴くためにあいつを責め苛む。熱に溶けた砂糖水、ぐらぐらと煮えたぎる灼熱を伴って、あいつは何度も何度もわしへの愛を繰り返す。最初に角砂糖だった声は最後には、吐息まじりの甘ったるい粒子になるが、それもわるくない。
抱いている最中にわしの思考の断片を溢せば、「せんぱいって、案外ロマンティストなんですよね」と微笑まれた。そんなつもりは全くないが、あいつが心底嬉しそうに、幸福そうに、はにかむものだから、そういうことにしておいてやった。
「ぼく、せんぱいの声好きですよ」
丁寧に後処理を終えて、腕枕。あいつ──速人は仄かな声で呟いた。普段のかしましさは鳴りを潜めて、寝落ちを堪える速人の声は、散りばめられた砂糖の粒子をかき集め何とか声としての体裁を保っている。有り体に言えば喘がせ過ぎて声が掠れてしまっているのだが、それでも甘さを失わない。
近頃の速人は、気絶するほど抱きつぶさない限り、うつらうつらとしながらそれでも懸命に目を覚ましていようとする。行為後の睦言などわしの性に合わないし、何より気恥ずかしい。にもかかわらず、あいつは全てを理解した上でわしにそれを強いてくる。まあ、愛しい恋びとの可愛いお強請りを無下にするほど野暮でもないから、付き合ってやることにしているが。
「せんぱいの声って、何だか安心するんです。酒焼けしたダミ声なんですけどね」
不思議ですね、好きになった欲目かな、そう上目遣いに伝えてくる速人は悪戯っ子のようだ。
「ただの砂糖じゃなくて、角砂糖なんですね。どうしてですか?」
乱れた髪を手櫛で後ろに流してやりながら考える。そうしている間にも、わしの手のひらにすりすりと懐いてくるのが可愛くて堪らない。
「普段は良く通る声をしてるだろ。つまり声にカタチがある。だがある一定以上の温度を与えてやると、途端にほどけていくし、何より甘い。そのさまが何となく角砂糖を想い起こさせるんだよ」
照れくささからぶっきらぼうな語り口になるが、速人は嬉しそうだ。頬を染めて、えへへ、と子どもみたいに微笑って身を寄せてくる。その痩躯をわしの腕のなかに閉じ込めて、ぎゅうと力を込めれば「きゃはははっ!」と、はしゃいだ声が上がった。どうやらわしの体毛で擽ったがるのが好きらしい。変わったシュミしてんなぁと思ってきたが、これもさっき速人が言った、好きになった欲目というやつだろうか。
抱き締められた状態でクリンと顔を上向かせ、わしを見上げる速人。
「普段のぼくが角砂糖なら、バイクに乗ってるぼくの声は喩えるなら何ですか?」
「……カラメル、だな」
きょとんとわしを見つめてくるものだから、わしは照れ隠しにコホンと一つ咳払いをして、説明してみた。
「カラメルって砂糖水を焦がして作るだろ? いつも何かに焦がれるように突っ走るし、苦みが声のちょうどいいアクセントになってる。バイクに跨ってる時のおまえにぴったりだと、わしは思う。原材料も同じだしな」
甘みと苦みという両極端なようでいて相性抜群なところなんかも、元は本田速人というひとりの人間であることを示している感じがして我ながら良い喩えだと思った。速人も、ふむふむと頷いている。
「ところで、わしの声はどうなんだ?」
速人はもぞもぞと身動ぐと、あごに指をあてながらしばし悩んだ。そして出した答えは。
「おせんべい、ですかねぇ。甘じょっぱいやつ」
「ロマンの欠片も無いな」
「懐深くていぶし銀、誰にでも好かれる美味しいお菓子じゃないですかぁ」
あくまでも速人は真剣そのものの眼差しで見つめてくる。なんか話の軸がずれている気がするが、仕方ねぇ、折れてやるか。
「分かったわかった。わしはせんべいだ。布団も万年床のせんべい布団だしな」
わしの言葉に満足気に微笑むと、速人は小さくあくびをした。それでもまだ起きていたいのか、頻りに目をこする手を掴んで止め、布団のなかにしまい込んでやる。もうほとんど夢の中かと思いきや、瞼を閉じたまま寝言なのか本気なのか分からないトーンで速人は言葉をこぼした。
「せんぱいはおいしい人気者だから、ぼく、気が気じゃないんです……誰にも渡したくない」
最後のひと声は、甘さ控えめだった。
