ひどい先輩

「昨日、新人の子に『本田さんが解らない』と言われちゃったんですぅ……」
 しょんぼり。それ以外の形容ができない雰囲気をまとって本田は呟いた。
 今日も今日とて派出所にやってきた彼は、勝手知ったる様子で両津の席の後ろ、壁に軽く身を預けて携帯ゲームをいじっていた。そしてそろそろ帰らなければサボりがバレるのでは、というタイミングで冒頭の告白をしたのだった。
「失礼な新人も居たもんだな」
 両津はプラモデルを組み立てる手を一旦止め、デスクチェアをくるりと反転させて、背後に立つ本田を見上げた。
「これまでも言われてたんスよぉ。新人の子が入隊してくるたびに」
「だが、きらわれてる訳でもないんだろ? 放っておいていいんじゃないか」
 振り向いてはみたものの、あくまでも両津はこの話題への関心が薄いようだった。作りかけのプラモデルの方が両津の興味を引いている。その証拠にすでに両津は面倒そうな顔で、デスクに置きっぱなしのプラモデルに視線を遣っている。ぞんざいに返された言葉にショックを受けたらしく、床にぺたりと内股気味に座り込むと本田は両津の膝に泣きついた。
「さびしいじゃないですかぁ! ぼくに慣れてくれるまで遠巻きに遠慮されちゃうんですよッ? 一緒にパトロールに行ってもなかなか心を開いてもらえないことが殆どですし!」
 「ぼくの何がいけないんでしょうか……!」という言葉の後、みるみるそのまあるい目に大粒の涙を浮かべて遂には、びええええぇ! という泣き声を上げながら両津の制服のズボンに涙のしみをつくる本田。そんな彼に、両津は大きな溜め息をついてから容赦なく言い放つ。
「単にスピード狂のヤバイ奴認定されて距離を置かれるんだろ」
「そ、そこはぁ……否定しきれませんケド。でも……、」
 どうにか言い訳を、と本田が考える間にも両津は顎に手を当て言い募っていく。
「必要以上にナヨッとしてるかと思いきやバイクに乗った途端超凶暴に豹変するのはおまえが思っている以上に異様だぞ。かと言って弱気なら優しいのかと問われると微妙なラインだな、今の弱気な性格のままバイクを鬼改造してるし。ナナハンに900cc乗っけて新幹線並みのスピードでかっ飛ばすのも新人は引くだろうなぁ。ああ、あとおまえの同僚の山葉が言っていたが、さあ麻雀やるかってときにチョコケーキとレモンティー出されれば誰だってわるい意味でビビる、おまえをよく知ると自負しているらしい山葉ですらちょっとあきれたらしいしな」
 一つずつ大きな重石がガン、ガンと本田の頭上に積まれていくようだった。しまいには両津の言葉による衝撃と重量に耐えきれず、本田が地面に埋まったような光景が、その場で成り行きをそっと見守っていた派出所メンバー全員には見えた。そのくらい、本田の雰囲気が沈み込んでいたのだ。
 両津はそれに構わず、最後にぴしゃりと言葉を続けた。
「おまえのどっちつかずで極端なキャラクターが、新人を困惑させるのは当然だ。それでもおまえは無理にでも新人たちに慕ってほしいと思えるか?」
「ッ……い、いいえ」
 涙と戸惑いに震える微かな声で本田はどうにか答えたようだった。
 本田はふらりと立ち上がると、派出所のそばに停めた白バイの方へゆらゆらしながら歩いていく。そしてバイクのエンジン音とともに、涙声の「ウォオオオッ!!」という雄叫びが遠ざかっていった。
 止まっていた時間が突然動き出したように、中川と麗子が両津に詰め寄った。
「あんまりですよ、先輩!」
「そうよ両ちゃん! 本田さん、最後まで泣いてたじゃない!」
「……あれくらい言ってやらんと、あいつは無自覚に人を惹きつけすぎる」
 中川と麗子は、揃って「えっ?」と疑問の声を上げた。
「気づかなかったのか? さっき挙げた本田の特徴は、ぜんぶ長所だ」
 答え合わせをするように両津は語った。
「普段は優しくて、仕事中は厳しくも熱い教官に切り替わる。バイクの改造だって知識と技術、センスと何よりやんちゃな遊び心が伴ってなきゃできん。高速を250キロでかっ飛ばすなんてロマンだし、あいつの運転テクニックの見せどころだ。それに甲斐甲斐しくあの本田に世話を焼かれてみろ、男はすぐ勘違いしてコロッと落ちるぞ。付き合いの長い同僚たちはまだしも、新人たちにしてみたら『俺に気があるのかも……!』なんて身の程知らずな期待を抱かせる先輩になってしまう。今でこそギャップ萌えなんて便利な言葉があるが、本田はまさにそれだ。……自覚なしにこれだから余計にたちが悪い」
 両津の語りを聞いた二人は顔を見合わせクスリと苦笑した。が、麗子は両津に一つ釘を差した。
「両ちゃん……それ、あとできちんと本田さんに説明してあげるのよ」
「絶対にいやだ」
「どうして?」
 両津は太ももに残った本田の涙の跡を指先で撫でながら言った。
「わしはこれまでの本田との付き合いでやっとあいつの本質を掴みかけることができたんだ。それを横から掻っ攫われるのだけは許せん。未だにあいつについては解らない事だらけだしな。新人ごときに解られてたまるか。あいつの本当の良さを知っているのは、わしだけでいい。これまでも、これからも」