無題3(こちかめ/両本未満)
「僕が暴走族になった頃、父は僕を叱るでもなくあきれるでもなく殴り飛ばすでもなく、ただ『走るんならカワサキだけにしておけ』としか言いませんでした」
「先輩なら分かりますよね、この言葉の意味が」と問いかけてくる本田の表情は、いつもの弱気な困り顔ではなかった。穏やかな、それでいてすべてを諦めているような、そんな微笑を浮かべている。声色もいつもの柔らかいものだが、どこか覚めているような、うまく言えないが声の芯が冷え切っているような印象を受けた。
わしは初めて見る本田の一面を前に一瞬言葉に窮した。その隙を縫うようにあいつは一見するといつもの困り顔に戻ったように見える表情で後ろ頭を掻いた。そして、ちゃぶ台の上に置いた発泡酒の缶をぐいと煽る。さっきから普段ではあり得ないようなかなりのハイペースで飲み進めているため、少し心配になる。
事の発端はわしの問いかけだった。ちょうど気持ちよくほろ酔い気分になったところで訊ねてしまったのだ。「そもそもおまえ、なんで族なんかになっちまっていたんだ?」と。本田の経歴を知って以来、ずっと気になっていたことではあった。だが本能的に『禁忌』だとして避けていた話題でもあった。にもかかわらず、だ。酒で箍が緩んだ結果、わしは件の禁忌を口にしていた。しまったと思った時には既に遅かった。本田は一瞬きょとりとわしを見つめたまま表情を失い、酒缶に視線を落とすと手持ち無沙汰にラベルを親指でなぞりながら、事も無げに言ったのだ。「ただの反抗期ですよぉ〜」と。わしは拍子抜けした気分で、勝手に本田の過去をタブー視していた自分を内心で笑った。なぁんだ、わしの杞憂だったか。そう心底安堵したわしは調子に乗って本田から色々聞き出した。と言っても、本田自身が自ら語ろうという姿勢を見せなかったため、「レジェンドオブダークネスは自分から名乗ったのかぁ〜?」とか「はっちゃけたのが少年の時で良かったなぁ」、「パトカーに火をつけたってのはいただけないけどなぁ」など、わしがあちこちから聞き齧った本田の『悪行』を確認がてらからかう作業のようになっていた。
本田はわしの質問に「たはは……」と、引き攣った笑みを浮かべながら答えたり、はぐらかしたりとのらりくらりしていた。その辺りで済ませておけばよかったにもかかわらず、酒も進んでわしはもう一方踏み込んでみようと考えてしまった。そこで出た質問が、「あのカワサキ党のおやじさん、族やミーハーには絶対に売らんのだろ? 当時のおまえは何に乗っていたんだ?」と。本田は少し躊躇うように視線を彷徨わせてから答えた。「実家に展示されていた、カワサキ750RSです……」「あのZ2!? もしかして勝手に持ち出したのか! おやじさんブチ切れだったろ!」驚いて声を上げたわしに対し、本田はかすかに首を横に振った。そして冒頭の台詞に至る。
ここまで思い返してやっと、わしは本田がこぼした先の台詞の意図を理解した。そして、こいつは大きな思い違いをしていると考えた。
「おまえ、もしかして『自分はバイクに乗るように幼少期から刷り込まれた』とか思っていないか?」
「……えっ」
どうやら図星のようで、二の句を継げないでいる本田に向けて更に言い募る。
「『息子をバイク漬けにしてどこまで無茶させることができるか試された』。……つまり父親の実験体くらいに自分のことを考えているんじゃないだろうな?」
「先輩、ど、どうしてそこまで……」
狼狽える本田は、両の拳で口元を隠すいつもの乙女なポーズで既に半泣きになっている。わしはニヤリと笑んだ。それを見た本田が、ヒィッと息を呑む。
「本田おまえ、赤ん坊の頃からバイクに乗せられてたって言ったよな」
「え? はい、そうですけど……」
「そのバイクの振動が揺りかご代わりだった、とも」
こくこくと頷いている本田の横に移動し、わしは酒缶に口をつけ口内を潤してから宣言した。
「おまえ、愛されてるなぁ!!」
バシバシと本田の背を叩く。目を白黒させているこいつは、ある意味今の今まで過去に囚われていたのだろう。そして心の何処かで拗ねたままの少年時代の気持ちを持て余していたのかもしれない。
「さっき反抗期だったっておまえ言ったよな。要は親にどこまでなら許されるかを試してたわけだ。反抗期ってのはそういうもんらしいからな。で、おまえはグレまくってさんざん周りに迷惑かけて回った割には家族仲はわるくない。それが何を意味するのか。いくらバイク以外はパープリンなおまえでも分かるだろ」
「で、でも父は家族よりバイクのほうが大事なのに……、」
「ちょっと無茶した次の日、例のZ2がさりげなく整備してあったりしなかったか?」
「……あっ!! そういえば……」
「もちろんバイクへの愛情もあったろうな。だが、おやじさん案外喜んでたのかも知れんぞ。あのバイクに揺られて寝こけてた赤ん坊が、ここまで立派にバイク乗り回せるようになって……ってよ」
「……暴走族でも、ですかぁ?」
「ん゛。ま、まあそこは気にしない方向で行こう。今は検挙率ナンバーワンの白バイ隊員なんだからな!」
「……そっか……そっかぁ~! 何だか嬉しくなってきましたぁ! ありがとうございます、せんぱぁい!」
勢いよく抱きつかれ、持っていた酒缶を取り落としそうになりながらも、わしは「ちゃっかりしてるなぁ、おまえは」とぼやくフリをしてあいつの背を柔らかく撫で下ろした。
「先輩なら分かりますよね、この言葉の意味が」と問いかけてくる本田の表情は、いつもの弱気な困り顔ではなかった。穏やかな、それでいてすべてを諦めているような、そんな微笑を浮かべている。声色もいつもの柔らかいものだが、どこか覚めているような、うまく言えないが声の芯が冷え切っているような印象を受けた。
わしは初めて見る本田の一面を前に一瞬言葉に窮した。その隙を縫うようにあいつは一見するといつもの困り顔に戻ったように見える表情で後ろ頭を掻いた。そして、ちゃぶ台の上に置いた発泡酒の缶をぐいと煽る。さっきから普段ではあり得ないようなかなりのハイペースで飲み進めているため、少し心配になる。
事の発端はわしの問いかけだった。ちょうど気持ちよくほろ酔い気分になったところで訊ねてしまったのだ。「そもそもおまえ、なんで族なんかになっちまっていたんだ?」と。本田の経歴を知って以来、ずっと気になっていたことではあった。だが本能的に『禁忌』だとして避けていた話題でもあった。にもかかわらず、だ。酒で箍が緩んだ結果、わしは件の禁忌を口にしていた。しまったと思った時には既に遅かった。本田は一瞬きょとりとわしを見つめたまま表情を失い、酒缶に視線を落とすと手持ち無沙汰にラベルを親指でなぞりながら、事も無げに言ったのだ。「ただの反抗期ですよぉ〜」と。わしは拍子抜けした気分で、勝手に本田の過去をタブー視していた自分を内心で笑った。なぁんだ、わしの杞憂だったか。そう心底安堵したわしは調子に乗って本田から色々聞き出した。と言っても、本田自身が自ら語ろうという姿勢を見せなかったため、「レジェンドオブダークネスは自分から名乗ったのかぁ〜?」とか「はっちゃけたのが少年の時で良かったなぁ」、「パトカーに火をつけたってのはいただけないけどなぁ」など、わしがあちこちから聞き齧った本田の『悪行』を確認がてらからかう作業のようになっていた。
本田はわしの質問に「たはは……」と、引き攣った笑みを浮かべながら答えたり、はぐらかしたりとのらりくらりしていた。その辺りで済ませておけばよかったにもかかわらず、酒も進んでわしはもう一方踏み込んでみようと考えてしまった。そこで出た質問が、「あのカワサキ党のおやじさん、族やミーハーには絶対に売らんのだろ? 当時のおまえは何に乗っていたんだ?」と。本田は少し躊躇うように視線を彷徨わせてから答えた。「実家に展示されていた、カワサキ750RSです……」「あのZ2!? もしかして勝手に持ち出したのか! おやじさんブチ切れだったろ!」驚いて声を上げたわしに対し、本田はかすかに首を横に振った。そして冒頭の台詞に至る。
ここまで思い返してやっと、わしは本田がこぼした先の台詞の意図を理解した。そして、こいつは大きな思い違いをしていると考えた。
「おまえ、もしかして『自分はバイクに乗るように幼少期から刷り込まれた』とか思っていないか?」
「……えっ」
どうやら図星のようで、二の句を継げないでいる本田に向けて更に言い募る。
「『息子をバイク漬けにしてどこまで無茶させることができるか試された』。……つまり父親の実験体くらいに自分のことを考えているんじゃないだろうな?」
「先輩、ど、どうしてそこまで……」
狼狽える本田は、両の拳で口元を隠すいつもの乙女なポーズで既に半泣きになっている。わしはニヤリと笑んだ。それを見た本田が、ヒィッと息を呑む。
「本田おまえ、赤ん坊の頃からバイクに乗せられてたって言ったよな」
「え? はい、そうですけど……」
「そのバイクの振動が揺りかご代わりだった、とも」
こくこくと頷いている本田の横に移動し、わしは酒缶に口をつけ口内を潤してから宣言した。
「おまえ、愛されてるなぁ!!」
バシバシと本田の背を叩く。目を白黒させているこいつは、ある意味今の今まで過去に囚われていたのだろう。そして心の何処かで拗ねたままの少年時代の気持ちを持て余していたのかもしれない。
「さっき反抗期だったっておまえ言ったよな。要は親にどこまでなら許されるかを試してたわけだ。反抗期ってのはそういうもんらしいからな。で、おまえはグレまくってさんざん周りに迷惑かけて回った割には家族仲はわるくない。それが何を意味するのか。いくらバイク以外はパープリンなおまえでも分かるだろ」
「で、でも父は家族よりバイクのほうが大事なのに……、」
「ちょっと無茶した次の日、例のZ2がさりげなく整備してあったりしなかったか?」
「……あっ!! そういえば……」
「もちろんバイクへの愛情もあったろうな。だが、おやじさん案外喜んでたのかも知れんぞ。あのバイクに揺られて寝こけてた赤ん坊が、ここまで立派にバイク乗り回せるようになって……ってよ」
「……暴走族でも、ですかぁ?」
「ん゛。ま、まあそこは気にしない方向で行こう。今は検挙率ナンバーワンの白バイ隊員なんだからな!」
「……そっか……そっかぁ~! 何だか嬉しくなってきましたぁ! ありがとうございます、せんぱぁい!」
勢いよく抱きつかれ、持っていた酒缶を取り落としそうになりながらも、わしは「ちゃっかりしてるなぁ、おまえは」とぼやくフリをしてあいつの背を柔らかく撫で下ろした。
