だいきらいなヒーローさんへ

ジョルガロ出逢い捏造です。
というかほぼウンガロちゃんのひとり語りです。

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 きらきらと黄金色に輝く宝石を砕いて粉にして振り撒いたような空気を全身に纏いながら、俺に向けてすらりとした手を差し伸べる男。俺の心の深いところをざわつかせるその煌めきは、これまでの俺の人生に無縁だったものだ。──否、俺自身が頑なに拒絶し続けてきた存在、恐らく目の前の男はその類いの強さ、そして真っ直ぐな心を持っているのだろう。反吐が出る。
 ……ヒーローなんか、だいっきらいだ。

 可哀想に、とよく言われてきた。
 赤ん坊の頃から施設で暮らしていたから、親の顔は知らないしそもそも生きているかも定かじゃなかった。
 もし親が生きているのならただ単に捨てられた、死んでいるのならそれこそ天涯孤独。
 そのどちらに転んでも、当時の俺みたいなガキは、一般的に見れば可哀想な存在だったらしい。
 だがその『可哀想』の意味が分からない時分、つまりは物心ついて間もなかった辺りの俺は、そうやって白々しい哀れみを与えられるたび、馬鹿みたいに「どういう意味?」と訊ねていた。別に厭味を言っていたつもりは無いが、馬鹿なガキ相手に優越感に浸りたい、あるいは優しい自分に酔いたい奴らからすれば、水を差された気分だっただろう。俺を表面上哀れんだ大人たちは決まって曖昧に笑うだけで、俺の質問への答えはくれなかった。中には、せっかくの『厚意』をガキに無下にされてむかついたのか、張り付いたようななり損ないの笑顔に青筋を浮かべる奴もいた。
 可哀想の意味を何となく理解し始めた頃、いよいよ俺の頭の中は混乱しだした。哀れむならこの気持ちの悪いぬるい地獄から引き上げてくれてもいいだろうに、どうして実行に移さないのか。今となっては、こんな卑屈で醜くアタマの悪いガキなんか引き取りたいわけないよなァ、と納得してはいるが。とにかく当時は養子探しや施設見学の時、チラチラとこっちを優越を込めた目で見られるのは目障りなのでやめてほしかった。
 俺は己の心身の醜悪さを理解していたつもりだったので、早々に希望という希望を一切合切捨てて、誰とも関わらない道を選んだ。必要最低限以下の食事の真似事以外は、特に何をするでもなく、ただ無為に過ごし続けた。
 今にも壊れそうなブラウン管テレビの中で活躍する──ヒーローに目を奪われるまでは。
 
 今思えば安っぽいカートゥーンだったが、当時の俺はそのヒーローに夢中になった。強きを挫き、弱きを助く。そんな当たり前のヒーロー像が俺の脳裏を灼いた。なにしろ馬鹿なガキだったので、こういうきらきらした存在がこの世界に実在して、いつか俺のような『可哀想』な子どもを助けに来てくれる。そう信じて疑いもしなかった。不要となった何かの用紙の裏や、たまに施設に贈られてくる玩具の中に見つけたスケッチブックに夢中で拙い絵を描いた。勿論、俺を助けてくれるヒーローの、だ。施設に居る他の子どもは、そんな俺をからかった。紙を取り上げられてビリビリに破かれるなんてよくあることだった。それでも俺は懲りなかった。いつか必ず。この絵に描いたヒーローが本当になって、そして俺を連れて空を飛び、悪い奴らをやっつけてくれるんだ。

 それから数年が経ち、気づけば俺はもう十四になっていた。色気付く周囲の奴らの中で、自分だけ時間が止まったかのように、相変わらず自分の考えた優しい最強のヒーローを描き続ける日々。「気持ち悪い」と、誹りを受けることも苦ではなかった。
 施設の奴らの行為はエスカレートして来ていた。稚気じみたからかいではなく、明確な暴力を以て、あれは所謂捌け口にされていたのだろうと言うことは今なら分かる。着替えを隠されシャワー室から出られずにいれば、俺より年上で図体と態度だけはデカい奴らが数人掛かりで俺の身体を暴いた。当時はその行為の意味も理解できず、言葉にならない「助けて」をひたすらに繰り返していたように思う。この辺りの記憶は何故か薄ぼんやりとしていて実感を伴わないので、曖昧な、それでいて決して消えることのない穢れた記憶として俺の脳裏に刻まれている。
 この時点に至っても、俺はヒーローの存在を信じていた。信じるしかなかった。俺にはそれしか無かったから。きっと俺よりはるかに『可哀想』な奴らが外の世界には大勢いて、俺はまだ助けを呼んでいいレベルではないのではないか。そう思い込むようにして、俺はもっと『可哀想』な存在にならなければ、と自ら進んで男共に身を差し出すまでになっていた。
 ヒーローというものの本質を、完全に見失っていることには目を瞑って。

 十五になった頃、俺は施設から逃げ出した。劣悪とはいえ箱庭で過ごしてきた世間を知らない俺は格好の獲物だったのだろう、地元のギャング崩れ共に抵抗する間もなく裏路地に連れ込まれ薬を含まされた。それ以降はお察しの通り、薬漬けにされ散々マワされ、もう薬無しでは生きていけない身体にされた後、売人を自ら買って出るように仕向けられていた。
 ここに至ってようやく、俺は『可哀想』な奴になれたのではないかと思えた。同時に、ヒーローは俺みたいな奴のところには絶対に来ないだろうという妙な安心感があった。これで大手を振って言える、「こんなに可哀想な俺を助けてくれなかったヒーローなんざ、だいっきらいだ」と。

 それから。何年経っただろうか。
 身も心も襤褸切れ同然になった俺の前にソレは突然現れた。
 薬によって引き起こされる幻覚かと思うほど、ソレは美しかった。畏れ多くも思わず見惚れ、ガサガサに荒れて爪も割れた手を伸ばしかけ、やめた。届くはずがないと思った。だってソレはまるで天使のような輝きと荘厳さ、強さを感じさせ、そして何より、俺を見下ろす瞳は冷え切っていたから。
 ソレが何者かは判らなかったが、俺に良い感情を持っているとは到底思えない状態なのは自覚していたので、ソレが手を差し伸べてきた時、吐き気を催し虫酸が走った。顔を背けると、ソレが言葉を発した。
「はじめまして、ウンガロ。僕の名はジョルノ・ジョバァーナ。君の異母兄にあたる者です」
 やっと見つけた……と呟く、俺の兄を名乗った男を改めてまじまじと見上げる。ジョルノは大通りの方に向かって何やら指示を出していた。間もなくして駆けてきたジョルノの部下らしき人物たちが、俺の母国語ではない言語で捲し立て始めた。
『オイ、ジョルノ。そもそもこいつ生きてんのかァ?』
『はい。ミスタ、彼は先程僕に向けて手を伸べてくれました。今直ぐ救急車を呼ぶべきですが、足がつくのでうちの専属医に診させましょう』
『既に手配済みです。……他二名もそうでしたが、どうしてこうも……重症だったり重傷だったりするんですか』
『……血のなせる業、みたいなものでしょう』
 ジョルノの台詞を聞いた部下の一人が明るく笑う。もう一人の方は顎に手を当て思案している様子だ。ジョルノ本人はと言えば、泥や汚物、吐瀉物にまみれた俺の衣服を意にも介していない様子でひょいと俺を横抱きにした。それを見た部下二人が短く悲鳴をあげる。
 抱き上げられた途端に、服越しにも伝わる暖かさを感じて、次第に意識が遠のいていく。
「あんた……おれの、ヒーローか……? おれは……『可哀想』、か……?」
「ヒーロー、ではありませんが、君を救いに来ました。それに君は、僕らが見つけるまで生きていてくれた強いひとです。『可哀想』じゃあ、ないですよ」
 口端が力無く持ち上がる。
「……そっか。ヒーローじゃあ、ないんだな」
「そちらの方が良かったですか?」
「いや。あんたがおれのヒーローじゃあなくて……ほんとうによかった」
 ヒーローなんか、だいっきらいだからな。