弱所突きと魔力感知、闘ったら千日手になるのかな?〈4〉 (金ガ/バリ+モモ)

「バリー、もうすぐ卒業だね」

「ん、そうだなぁ」

 ここ一年ほどで、この鋭い印象のお兄さん──バリーの佇まいはなんだか柔らかくなったような、そんな気がする。今も、僕たち以外いない放課後の教室で、僕の勉強に付き合ってくれている。グラウンドから聞こえてくる部活動に没頭する子たちの声に意識をほんの数瞬向けると「こら、集中しろ?」と優しい叱咤が飛んでくる。せっかく僕に時間を作ってくれてるのに、と申し訳なくなって「ご、ごめんっ」と慌てて謝れば、黙って頭を撫でられた。
 実は以前、転校して来たてのバリーを何度か見たことがある。小中高一貫校だから、授業中に共同グラウンドで喧嘩するのを見かけてしまうのも仕方の無いことだった。あの頃のバリーは誰をも寄せつけず、近づくものは皆、その圧倒的な凶暴性と暴力で破壊して、それでも足りないと声にならない叫びを上げているようだった。彼の魔力の高まりを感じ取るたび、僕は怯えて授業中でも机の下に隠れてみたり、ビリビリと痺れるような感覚にダウンして保健室に運ばれたりしていた。

「……変わったよね、バリー」

「そうか? お、ここの数式、惜しいな」

 こんなふうに、優しく僕を導いてくれるような存在になるなんて、思いもしなかった。バリーからすれば、僕みたいな臆病な魔物の存在なんか知らなくて当然だったけど、当時の彼を少しだけ知る僕にとって今は奇跡のような日々だと思っている。

「あの戦いの前は、君のことが怖くて仕方なかった」

 手元のノートに書かれた数式に消しゴムをかけながら何気なく言う。ふと、バリーを見上げると彼は難しい顔をして腕を組んでいた。あ、言っちゃいけないことだったかな……?と先の発言を後悔する。すると、バリーの纏う空気がふわりと緩んだ。

「おまえは俺のこと、知っていたんだな」

「う、うん。君の魔力の高さにあてられて倒れたりしてたよ。……改めて思ったけど、ほんとうに弱いなぁ僕」

 たはは……と、力無く笑えば頭に手をポムっと置かれる。

「ばぁか。弱いんじゃねぇよ、その鋭敏さはおまえの強さそのものだ。あの戦いでそれを証明できたから俺に特訓を申し込んだんだろう? むしろ弱ぇ頃の俺を知られてるのは、おまえの、その……師匠?として恥ずくはあるけどな」

 バリーの言葉を聞いて、僕は椅子から勢いよく立ち上がった。バリーはその研ぎ澄まされた刃のような目を瞠って、僕を見詰めている。

「バリーは強いよ、ずっと! その能力の使い方を知ってからはもっと強くなったとは思うけど、前からずっと強くて、僕、こっそり憧れていたんだ。攻撃呪文が出なくて周りにあきれられたりからかわれたりしてたから。戦うのはやっぱり絶対にイヤだけど『もし彼みたいに戦えたら……、臆病過ぎる僕の心も多少は変えられるのかな』とは思ってた」

「頼むからおまえはそのままでいてくれ。それによ、以前の俺みたいに暴れ回りたかったか?」

「それとこれとは話が別だよっ」

「別か……?」

 腕組みをして小首を傾げるバリー。彼の疑問はこの際置いておいて、僕は話の舵を切る。

「ごめん、バリー。話を戻させて。君はもうすぐ卒業するよね?」

 きょとんとしながらも、「お、おう」と返事をくれるバリーはほんとうに優しい魔物だ。
 そんな彼に、お別れを言わなきゃ。これ以上彼の時間を奪うことは許されない。誰よりも僕自身がそれを許せないんだ。
 だから僕は思い切って声を上げた。

「僕も、バリーから……そ、卒業しようと思う!」

「は?」

「これから君はとても忙しくなるだろうし、と言うか今までだって忙しい中僕なんかのために時間を作ってくれていた訳で、バリーから教えてもらったことを反復練習するのは続けるつもりだから大丈夫だし……!」

「モモン、待て待て。落ち着け」

 気づけば視界が滲んでいて、ああ、今自分は泣きそうになっているんだな、これじゃあバリーを困らせるだけなのに……と慌てて目元を袖で拭う。泣いていると自覚したら余計に涙が出てきて、もう取り繕えない。どうしよう。どうしよう。
 焦って目を拭い続けていると、やさしく手を掴まれる。視線を上げるとバリーが困ったように微笑っていた。

「モモンおまえ、耳をたたんだまま物理攻撃を避けることはできるようになったか?」

「っ、まだ、あんまり……」

「俺の本気の弱所突き、完璧に躱せるようになったか?」

「まだちょっと掠っちゃう……」

「俺が教えてやれることは少ないが、勉強の方は清麿の足元でも見えるようになったか?」

「まだ全然見えないよ……比べるのも失礼なくらいだもん」

 「じゃあ……」とバリーは言葉を区切った。

「俺を卒業……は、まださせられねぇな!」