青天の霹靂(金ガ/珊瑚本組)
またしても過去捏造。ご注意を!
あの扉絵の出会い直後、という想定で書かせていただいております。
モモンくんがよく喋ります。
──────
さて、どうしたものでしょう。
シスター・エルは困り果てていた。というのも、目の前にロープでぐるぐる巻きにされた状態で(ちなみについ先程まで壁から逆さまに吊り下げられていた)鎮座している謎の生きものが、青空のもと干していたはずの彼女の下着を離してくれないからだ。
その生きものは不思議な姿をしている。まるでうさぎのような上に伸びた長い耳に、サルのような顔。一見するとそういう種類の動物もいるのかな、と思わせられるが、きちんと衣服を着ておりブーツまで履かされ、先ほどまでこの教会のシスターたちにいたずらを仕掛けて回る様は人間の子、それも"悪ガキ"以外の何者でもなかった。果たして自分が生涯仕えると誓った主は、このような生きものまで創り給うたのかしら。そう滔々と考え連ねてしまうくらいに不思議な存在だった。
その生きものが握り締めている下着を引っ張ってみる、できるだけ強めに。すると生きものは滂沱と涙を流しながら、
「キキーー!」
と鳴いた。
「やっぱり、おサルさんなのかしら」
シスター仲間たちが顔を見合わせて囁きあう。それを聞いたエルははっとひらめいて炊事場へと駆けた。そこで目当ての黄色い果物を見つけると、房ごと抱えて廊下へと戻る。
「さぁ、おサルさん。コレが食べたければこの下着を離すのです」
エルの持つバナナを見た途端ぱっと目を輝かせる姿に、妙な人間味を感じながら根気よく待ってみる。
たっぷり30分は待っただろう。そわそわしたり窓の外で歌う小鳥たちに怯えてみたりと忙しいおサルの目の前に皮をむいたバナナを持って行ったところでやっと下着を持つ手が緩んだ。
だが、そう思ったのも束の間。おサルは身を乗り出してバナナを頬張り、案の定下着を掴む手に力を込めていた。一拍遅れたエルは下着を取り返すこともできず、バナナも食べられ損だ。さて、どうしたものでしょう、といった感じで冒頭に戻る。
かと思いきや。
「……モモン」
「え?」
その場にいる全員が揃って疑問符を浮かべた。それにも構わず、もくもくとバナナを咀嚼しコクンと飲み込んだあと、おサルはもう一度口を開いた。
「僕、サルじゃない。モモンって名前だよ」
……し、
「しゃべれるのですか、あなた」
「うん」
あ然としてエルが問えば、おサル、もといモモンはこくりと頷いて見せた。人語を理解している。話が通じる。その事実に、モモンと対峙しているエルを筆頭にこの場にいる全員が少しホッとした。
だがしかし、だ。案外素直そうな話し方に反して、モモンの下着への執着は相変わらず並々ならぬ様子で、依然としてエルの下着は離してもらえそうにない。声からして幼い感じはするにもかかわらず、この下着への情熱はどこから来るのだろうと思わずにはいられない。
「あなたの名前は?」
不意に、モモンが問うた。先程まであちらこちらへ泳いでいた視線は真っ直ぐエルに向けられている。純粋な子どもの瞳だった。そのためエルは、下着を引っ張っていた手をひとまず緩め、モモンの問いに答えることにした。
「私の名は、エル・シーバス。皆にはシスター・エルと呼ばれています」
エルの名乗りを聞いたモモンは小首を傾げた。
「シスター?」
「ええ。この教会で主にお仕えすると誓ったことを意味しています」
この問答はいくつか続いた。
「しゅ、って何?」
「天におられる父なる神のことです」
「シスター・エルにとっての王様?」
「神さまは、そういった人間の枠組みを超越したお方です」
「ふうん。よく分からないけど、とっても偉いんだね」
偉いとかそういう次元とも違うのだけど……、と思いながら、エルが言葉を選んでいると、モモンが言った。
「ねえ、シスター・エル。僕の、この背中側にある本を読んでみることはできるかい?」
言われてモモンの背中をのぞき込むと確かに、重厚なつくりの分厚い本がモモン自身と共にロープに巻かれている。モモンを解放することを逡巡すると、当の本人が「もう逃げないからさ」とエルにウインクして見せた。周囲で見守っているシスター仲間たちの了解を得てからロープを解く。
解放されてぴょこんと立ち上がったモモンが、サスペンダーで挟んで背負っていた件の本をエルに手渡してきた。その小さな瞳が描くのは強い恐怖、不安、焦燥だった。それを疑問に思いつつ本を受け取る。
不思議な模様が描かれたピンク色の表紙を開いて頁をめくってみる。紋様としか映らなかった中身に、短く読める気がする一文を見つけた。頭の中に直接浮かぶようにして現れたその文の読みを、エルはいつの間にか口の中で呟いていた。
「──アム……ロン……?」
途端、本が強い輝きを放つ。驚いて咄嗟にモモンを見ると、その瞬間、モモンの腕が"伸びた"。そして、数メートル先で事のなりゆきを見守っていたシスターたちの修道服がバサーっと音を立てて翻る。キャアキャアと悲鳴を上げて修道服を押さえる彼女たちに、エルは『ああ、この子の仕業だわ……ごめんなさい、みんな』とすべてを悟った顔をした。それはまさに虚無の表情であった。
反してニッコニコの無邪気な笑顔をしたモモンがエルに向き直って言った。
「改めて、僕はモモン。魔界の次の王様を決める戦いに参加させられた、魔物の子のひとりだよ。そしてシスター・エル、あなたは僕のパートナー。でも僕は戦うのはきらいだから、そのあたりは心配しなくても大丈夫だよ。巻き込まれることも無いから安心して」
何処か自信に満ちた表情で告げるモモンをぼう然と見つめる。
魔界とは。魔物とは。パートナーとは。戦う、とは。
いろいろな疑問がエルの頭をよぎる。だが、まず口をついて出たのは。
「戦いは、いけません……!」
「……だよね。僕もそう思「旅に出ましょう!!」
モモンが、周囲の全員が、揃って「え?」と声を発した。
「モモン、あなたの言葉を信じましょう。ということは、他にも無理やり戦わされている子たちがいるのですよね? 王様を選ぶために子を争わせるなど、ゆるされる行いではありません」
「それでどうして……旅なの?」
「他の魔物の子とそのパートナーを説得して回るのです。争いの無益さを説くのです」
「え、ええ〜〜?」
モモンの困惑の声が教会の廊下に響き渡った。思わずといった様子でぱさりと床に落ちた下着へ見向きもせず、エルは息巻いて言った。
「出発は明日、と言いたいところですが、まずはモモン。あなたにこちらの世界の常識を教えなくてはなりません。まず、女性のスカートをめくったり、下着を懐にしまうのはいけないことだと理解してもらわなくては」
「それは……魔界でもいっしょだよ?」
……さて、どうしたものでしょう。
天に在す我が神よ、どうかこの子と私を、正しい道にお導きください。
あの扉絵の出会い直後、という想定で書かせていただいております。
モモンくんがよく喋ります。
──────
さて、どうしたものでしょう。
シスター・エルは困り果てていた。というのも、目の前にロープでぐるぐる巻きにされた状態で(ちなみについ先程まで壁から逆さまに吊り下げられていた)鎮座している謎の生きものが、青空のもと干していたはずの彼女の下着を離してくれないからだ。
その生きものは不思議な姿をしている。まるでうさぎのような上に伸びた長い耳に、サルのような顔。一見するとそういう種類の動物もいるのかな、と思わせられるが、きちんと衣服を着ておりブーツまで履かされ、先ほどまでこの教会のシスターたちにいたずらを仕掛けて回る様は人間の子、それも"悪ガキ"以外の何者でもなかった。果たして自分が生涯仕えると誓った主は、このような生きものまで創り給うたのかしら。そう滔々と考え連ねてしまうくらいに不思議な存在だった。
その生きものが握り締めている下着を引っ張ってみる、できるだけ強めに。すると生きものは滂沱と涙を流しながら、
「キキーー!」
と鳴いた。
「やっぱり、おサルさんなのかしら」
シスター仲間たちが顔を見合わせて囁きあう。それを聞いたエルははっとひらめいて炊事場へと駆けた。そこで目当ての黄色い果物を見つけると、房ごと抱えて廊下へと戻る。
「さぁ、おサルさん。コレが食べたければこの下着を離すのです」
エルの持つバナナを見た途端ぱっと目を輝かせる姿に、妙な人間味を感じながら根気よく待ってみる。
たっぷり30分は待っただろう。そわそわしたり窓の外で歌う小鳥たちに怯えてみたりと忙しいおサルの目の前に皮をむいたバナナを持って行ったところでやっと下着を持つ手が緩んだ。
だが、そう思ったのも束の間。おサルは身を乗り出してバナナを頬張り、案の定下着を掴む手に力を込めていた。一拍遅れたエルは下着を取り返すこともできず、バナナも食べられ損だ。さて、どうしたものでしょう、といった感じで冒頭に戻る。
かと思いきや。
「……モモン」
「え?」
その場にいる全員が揃って疑問符を浮かべた。それにも構わず、もくもくとバナナを咀嚼しコクンと飲み込んだあと、おサルはもう一度口を開いた。
「僕、サルじゃない。モモンって名前だよ」
……し、
「しゃべれるのですか、あなた」
「うん」
あ然としてエルが問えば、おサル、もといモモンはこくりと頷いて見せた。人語を理解している。話が通じる。その事実に、モモンと対峙しているエルを筆頭にこの場にいる全員が少しホッとした。
だがしかし、だ。案外素直そうな話し方に反して、モモンの下着への執着は相変わらず並々ならぬ様子で、依然としてエルの下着は離してもらえそうにない。声からして幼い感じはするにもかかわらず、この下着への情熱はどこから来るのだろうと思わずにはいられない。
「あなたの名前は?」
不意に、モモンが問うた。先程まであちらこちらへ泳いでいた視線は真っ直ぐエルに向けられている。純粋な子どもの瞳だった。そのためエルは、下着を引っ張っていた手をひとまず緩め、モモンの問いに答えることにした。
「私の名は、エル・シーバス。皆にはシスター・エルと呼ばれています」
エルの名乗りを聞いたモモンは小首を傾げた。
「シスター?」
「ええ。この教会で主にお仕えすると誓ったことを意味しています」
この問答はいくつか続いた。
「しゅ、って何?」
「天におられる父なる神のことです」
「シスター・エルにとっての王様?」
「神さまは、そういった人間の枠組みを超越したお方です」
「ふうん。よく分からないけど、とっても偉いんだね」
偉いとかそういう次元とも違うのだけど……、と思いながら、エルが言葉を選んでいると、モモンが言った。
「ねえ、シスター・エル。僕の、この背中側にある本を読んでみることはできるかい?」
言われてモモンの背中をのぞき込むと確かに、重厚なつくりの分厚い本がモモン自身と共にロープに巻かれている。モモンを解放することを逡巡すると、当の本人が「もう逃げないからさ」とエルにウインクして見せた。周囲で見守っているシスター仲間たちの了解を得てからロープを解く。
解放されてぴょこんと立ち上がったモモンが、サスペンダーで挟んで背負っていた件の本をエルに手渡してきた。その小さな瞳が描くのは強い恐怖、不安、焦燥だった。それを疑問に思いつつ本を受け取る。
不思議な模様が描かれたピンク色の表紙を開いて頁をめくってみる。紋様としか映らなかった中身に、短く読める気がする一文を見つけた。頭の中に直接浮かぶようにして現れたその文の読みを、エルはいつの間にか口の中で呟いていた。
「──アム……ロン……?」
途端、本が強い輝きを放つ。驚いて咄嗟にモモンを見ると、その瞬間、モモンの腕が"伸びた"。そして、数メートル先で事のなりゆきを見守っていたシスターたちの修道服がバサーっと音を立てて翻る。キャアキャアと悲鳴を上げて修道服を押さえる彼女たちに、エルは『ああ、この子の仕業だわ……ごめんなさい、みんな』とすべてを悟った顔をした。それはまさに虚無の表情であった。
反してニッコニコの無邪気な笑顔をしたモモンがエルに向き直って言った。
「改めて、僕はモモン。魔界の次の王様を決める戦いに参加させられた、魔物の子のひとりだよ。そしてシスター・エル、あなたは僕のパートナー。でも僕は戦うのはきらいだから、そのあたりは心配しなくても大丈夫だよ。巻き込まれることも無いから安心して」
何処か自信に満ちた表情で告げるモモンをぼう然と見つめる。
魔界とは。魔物とは。パートナーとは。戦う、とは。
いろいろな疑問がエルの頭をよぎる。だが、まず口をついて出たのは。
「戦いは、いけません……!」
「……だよね。僕もそう思「旅に出ましょう!!」
モモンが、周囲の全員が、揃って「え?」と声を発した。
「モモン、あなたの言葉を信じましょう。ということは、他にも無理やり戦わされている子たちがいるのですよね? 王様を選ぶために子を争わせるなど、ゆるされる行いではありません」
「それでどうして……旅なの?」
「他の魔物の子とそのパートナーを説得して回るのです。争いの無益さを説くのです」
「え、ええ〜〜?」
モモンの困惑の声が教会の廊下に響き渡った。思わずといった様子でぱさりと床に落ちた下着へ見向きもせず、エルは息巻いて言った。
「出発は明日、と言いたいところですが、まずはモモン。あなたにこちらの世界の常識を教えなくてはなりません。まず、女性のスカートをめくったり、下着を懐にしまうのはいけないことだと理解してもらわなくては」
「それは……魔界でもいっしょだよ?」
……さて、どうしたものでしょう。
天に在す我が神よ、どうかこの子と私を、正しい道にお導きください。
