murmur

浦キルの言い訳

2025/07/23 18:53
脱色
浦原さんにとって、あの関係はまさにままごとのようなものだったんだとおもいます。子どもたちが遊ぶおままごとが社会性を学ぶツールであるように、浦原さんのままごともまた、彼が何かを学ぶための手段でしかなかった。学ぶものとはきっと、有り体に言ってしまえば『愛』でしょう。誰かを愛したことも愛されたことも無いと、少なくとも浦原さん本人はそう思っている(と、設定してあります)。ですので『愛』が『わからない』。浦キル前作で浦原さんは「わからないものはおそろしい」と述懐しています。原作で戦闘に臨むに当たって、死ぬほど準備して当然という発言をする=疑問や敗北の可能性を一つ一つ死ぬ気で潰してきたであろう彼が、わからないものを放って置くわけがありません、たぶん。そこでキルゲさんという格好の実験体(子どもの遊び相手になってくれるお人形的な存在)が丁度手に入った。そこで浦原さんはまずヒトを愛する練習を始めました。世話を焼いて、甘い言葉を耳元で囁いて、丁寧に愛撫して。世に溢れる色恋や育児に関する資料を読み漁って、そこまでしてみても、キルゲさんはなかなか振り向いてくれません。一作目は単純に外傷のショックから意識がはっきりしておらず錯乱状態に陥ることも有ったから。二作目では、キルゲさんの中にまだかつてのキルゲさんが居たため。一作目と二作目の間には、ふたりだけの時間がたくさんあって、そこで浦原さんはヒトを愛するということに付随する恐怖を知ります。このヒトにはアタシしかいないという自負。無理矢理蘇らせた生命への責任。使い捨てるはずだったモノへ予想外に執着してしまっている自分。などの事実を全てひっくるめて、浦原さんは『恐怖』と定義してしまった。全てが未知の感情だったからだと思われます。でももうキルゲさんという玩具を手放すこともできないくらいに執着はあるので、飼い殺しにして愛を囁き続けました。この時浦原さんの心には恐怖心を抑えるため幾重ものバリケードが本人の意識の外で張り巡らされていて、愛の言葉も薄っぺらくなっています。でもキルゲさんのこぼした最後のひとこと(告白です。あえて台詞にしておりません。思いつかなくて……🥲)を聞いた瞬間、今度は『愛される恐怖』が生まれてしまった。愛する側でいるうちはまだ耐えられた。なぜなら『与える側』でいられるから。生殺与奪の権利を握っていられると同義だと浦原さんは信じているから。でも、もし『与えられる側』になってしまい、相手に恋い焦がれるようなことにでもなろうものなら……。それこそ浦原さんが無意識に最も恐れていた本能とでも言うべきもの。見捨てられたくないとかそういう感情ですかね。そういったものがこう、ぶわっと一気に溢れて止まらなくなった。このお話のキルゲさんが浦原さんを裏切ることはあの先もあり得なかったのですが、勿論そんなことは浦原さんもキルゲさん本人ですらも知らないので、咄嗟に廃棄処分を決定してしまった。……ということだと思います。長々書かせていただきましたが、要は愛し愛される自信のなさが招いたお話ですね。ちなみに事切れたキルゲさんのまだあたたかい亡骸に寄り添って一晩眠るという設定だけがあります。その後は結局捨てることもできず培養槽に入れて、誰も立ち入れない秘密の場所に保管している、かも知れません。
矛盾点だらけでごめんなさい。勢いのままに書かせていただきました。
ここまでお読みくださってありがとうございました。そしてごめんなさい🙇‍♀

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