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spicy×sweet

小麦粉、砂糖、卵、バター、ベーキングパウダー、バニラエッセンス。いつも通りの材料、いつも通りの手順。
いつもと違うのは、ここが私の家の台所ではないこと。

「…さすがノノハ。混ぜ具合も適切で慣れた手付きじゃねぇか」

私の耳より少し高い位置から発せられた声は、この家の主であるギャモン君のもの。ノノハスイーツの生地が入ったボウルを覗き込んで感心する彼は、隣で別のボウルに挽き肉、キャベツ、ニラ、ネギ、そしてトマトを混ぜ合わせている。

「スイーツも計量と手順さえ守れば、普通の料理と一緒だよ。ギャモン君も今度作ってみたら?」
「いや、俺は目分量になるか力入れて混ぜ過ぎるかのどっちかだからなぁ」
「…確かに」
「おいそこ納得するところか!?フォローしてくれよ!」
「ふふっ、だってギャモン君が念入りに計量するところ、想像できなくて…!」

思わず笑いながら返すと、彼はどこか不服そうに、しかし決して怒ってはいない表情で目をそらす。私はそんな些細なやり取りすら楽しくて、上機嫌でさりげなくハミングしてみる。曲はもちろん「蛍の光」、ギャモン君が時々鼻歌で歌っているのを思い出したから。…あれ、心なしかギャモン君の混ぜる動きが速くなったような。

「でも、ギャモン君とこんな本格的に料理できるなんて思わなかったな」

マドレーヌの焼き型に生地を流しながら話すと、ギャモン君も混ぜ合わせたタネを皮に包みながら言葉を返す。

「あぁ、サンキューな、ノノハ。ミハルも喜ぶと思うぜ」
「うん。ミハルちゃん、期末テスト終わりで疲れて帰ってきそうだもんね」
「案外吹っ切れて清々しい顔して来るかもしれねぇけどな」

そう、今日はミハルちゃんの学校のテスト期間最終日。そのお疲れ様会と称して呼ばれたのが事の始まりだ。最初、スイーツは自分の家で作ってから持ってこようかと思ったけれど、ギャモン君が台所を貸してくれるって言うから、お言葉に甘えて今に至る。

…とはいえ、人の家だと勝手が分からないこともあるもので。

「あのー、ギャモン君…オーブンの使い方、教えてもらってもいいかな?」

フライパンを温めてさぁ焼きに入ろう、としているギャモン君を一旦止めてお願いする。彼も言われて初めて気がついたらしく、コンロを止めるとオーブンの前で説明を始めた。

「ここのボタンを一回押すと温度調整画面になるから、このダイヤルで設定して、さっきのボタンをもう一回押して今度は時間を同じように設定。やってみるか?」
「うん。温度は二百度で…、次に時間…と。…できた!こうかな?」

確認しようと勢いよく振り向いた、瞬間。



澄んだグレーの瞳。
綺麗な肌。深紅の髪。

どくん、どくん。
見慣れているはずなのに、鮮明に記憶される。



「…っ!お、俺も続きやらねぇとっ」
「!…そ、そうだねっ。ありがとギャモン君っ」

慌てて離れるギャモン君の声で、私も我に返った。止まったかのように思えた時間は実際にはほんの一瞬で、再び日常が戻ってくる。
だけど、顔の火照りは収まらない。
まさか、あんな近くにギャモン君がいるなんて、思ってもみなかったから。
…そうそう、誰かと台所に立つなんて家庭科の調理実習くらいしかないから、新鮮でドキドキしてるのよ、ねっ!?
オーブンの中身とにらめっこしながらそう言い聞かせていると、香辛料とトマトの食欲をそそる香りが届いた。ギャモン君の料理が一足早く出来上がったらしい。気になって見ると、皿の上には美味しそうな大量のギョーザ。

「俺様特製トマトスパイシーギョーザ。ミハルの大好物だ」
「へー、トマトってギョーザに合うのね…!」

今度は私が感心する番だった。ギャモン君は得意気に話す。

「まぁな。料理もパズルみたいなモンだろ?どの順番で進めれば効率良く作れるか、どの料理にどの食材が合うか、っつーのもそうだし…例えばトマトひとつとったってサラダにスープにジュースにトマトソース、あとはオムレツに混ぜたり他の野菜と軽く炒めたり、ギョーザにだって入れられる。
…そういう意味では、ノノハにもパズル能力はあると思うけどな」

最後に添えられた一言は、きっと彼なりの気遣い。
…でも、認められたみたいで、嬉しくて。
にっこりと笑って頷くと、オーブンのほうから甘い香りが漂ってきた。ノノハスイーツもそろそろ完成。ミハルちゃんの到着を心待ちにしながら、もう少しだけギャモン君との時間が続いてもいいかな、と思う私がいた。



fin.

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2014/03/01 公開
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