Phi-Brain

さよならと再会

※公式ファンクラブのボイスドラマを聞いて書きたくなった話。
※ボイスドラマ本編の流れとは全然関係ない話ですが、ネタバレを含むのでご注意ください。




カイトはさよならをするのが下手だ。
それが一時的な別れで、またすぐに再会できる類のものでも、面と向かって話すのはどうもしんみりして苦手らしい。だから思いがけない時にふらりと出発してしまう。
その行動に最初こそ驚いたものの、今ではもう慣れたものだ。私物が無くなり綺麗に片付けられた部屋の中、机の上に忘れ物みたいに一つ、置かれたパズルを手に取る。

「…まーた、かっこつけちゃって」

片手に乗るサイズの組み木パズル。一見すると幾何学的な形のオブジェで、どこかのピースが動くとは思えないけれど、カイトがわざわざ置いていったのだから間違いなくパズルなのだろう。目線の高さまで持ち上げて、まずはじっくりと観察してみる。
カイトはさよならが下手だ。だから、いつもこうしてパズルを置いていく。行き先の詳細も告げずに、ただ見たことのないパズルと小さなメモだけを残す。

『新作のパズルだ。ノノハ、挑戦してみてくれよ!』

メモの中のカイトはやけに強気で明るくて、別れなんて微塵も感じさせない。たぶんカイト自身も、感じたくないんだと思う。これまでも、カイトはお別れをたくさん経験してきたから。何度経験したって、大切な人と別れるのは悲しくて寂しい。
それでもカイトが次の場所へ旅立つのは、何よりもパズルが好きだからだ。まだ見ぬ新しいパズルに出会いたくて、パズルの楽しさを世界中に広めたいから。ずっと遠くの地にパズルがあると聞いた時のカイトは、途端に目を輝かせてそわそわし始める。でも当日のうちに発つことは意外と稀で、もう少し日常が続くかしらと思った矢先にいなくなってしまう。その旅立つまでの数日間、カイトはいつも通りを装うけれど時折困ったように笑って、まるで皆に別れを切り出すのを迷っているみたい。最後のパズルもその期間に作るのだろう、私にも何の相談もないまま完成と同時にカイトは出発する。

規則的な模様の中に小さな継ぎ目を見つけて、そこを頼りに動きそうな方向へ捻ってみる。予想通りにピースがスライドして、当たった、とまだ一手目なのに嬉しくなる。
パズル全体の形は初めて見たものだったけれど、ピースの独特な動きには心当たりがあった。この地に来てから、カイトが近所の子どもたちを集めて挑戦させたメタリックパズル。今回のパズルとは材質が違うけれど、面白いギミックが使われているんだ、と紹介してみせたカイトの笑顔は鮮明に覚えている。だって、隣でずっと見ていたから。
…カイトはさよならが下手だ。どんなにかっこ悪くても何か一言、言ってくれればいいのにと思う。例えばついて来るかの確認でも、あるいはお別れの言葉でも。それを思い出の詰まったパズルだけ残して任せるなんて。私にはパズルの気持ちは分からないけれど、こんなの、解いて追いかけてほしいって言っているようなものじゃないの。

記憶に沿って、手元のピースを一手ずつ動かす。案の定、それだけで解けるようには作られていなくて、またすぐに詰まってしまう。カイトが最後に残すパズルは仕掛けが複雑で一筋縄ではいかない。いつもそうだった。でも落ち着いて違う方向から見ると、思いがけず以前練習した別のパズルの形と一致して、今度はそっちのパズルの解き方に沿って進めていく。いつだって、カイトの残すパズルには記憶と思い出があった。私が解けるように。私が解いた後も、ここで暮らす皆に楽しんでもらうために。
左手で全体を押さえながら、右手でそっと小さなピースを引き抜いてずらす。瞬間、かちりと音がして中の空洞が露わになった。思った通り、行き先の書かれた紙が中央にちょこんと仕込まれている。
今回はスムーズに解けた。嬉しさと達成感で鼓動が高鳴るのを感じながら、それでも努めて冷静に、今とは逆の手順になるよう思い出してパズルを元の形に直す。次の人がすぐに挑戦できる状態に戻すまでが、私なりの礼儀作法だ。
この後はお世話になった皆さんにご挨拶をして、このパズルを渡して…それから、カイトを早く追いかけたい。せっかく今回は日数もかからずに気持ち良く解けたのに、のんびりしていて行き違いになってしまってはもったいない。もっとも、そうなったとしてもカイトはその場所にパズルを残してくれるはずだから、私はまたそれを見つけて解くだけなんだけど。パズルに使われているギミックだって、もしも隣で見れなくても最終手段は現地の人に聞けばいい。カイトがお世話になった人たちなら絶対に解き方のヒントを知っている。時々そんな手も使いながら、順番通りに追っていけばきっと再びカイトに辿り着く。



大門カイトはさよならをするのが下手だ。完璧な別れを決め込むには彼はあまりにも優しすぎて、しかし再会の約束を交わすには彼はあまりにも言葉足らずで不器用だ。
だがそんな彼を追いかけることで、井藤ノノハは彼のパズルを理解していく。
そうして解いた先で、彼女は微笑んで伝えるのだ。
さよならをしてもずっとお別れするわけじゃない。またすぐに会えるし、いつだってカイトと一緒に解いているよ、と。



fin.

(一緒に旅をするカイノノも好きだし、時の迷路のPOGノノハみたいになるのも好き。ノノハは記憶力的に、カイトが解き方を教えたパズルなら解けるんじゃないかと思ってます。)

2020/10/20 公開
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