Phi-Brain

憧れに匹敵する光を

カイトはいつだって僕の憧れだった。
どんなに難しいパズルでも、カイトは簡単に解いてしまう。その様子が、クロスフィールド学院にいた多くの生徒にとっては「面白くないもの、気に食わないもの」だったとしても、パズルの一つも作れず解くこともままならない落ちこぼれの僕には、輝いて見えた。強くて気高くて、僕には無いひらめきを持っていて…カイトと友達になれたら、こんな僕でも何か変われるかもしれないとさえ思った。

以前…カイトと一度だけ話した時、パズルを解きたいという僕の話を、カイトは嫌な顔一つせずに快諾してくれた。だからカイトが来なかった約束の日も、僕は何かやむを得ない事情があったのかもしれないと思うようにした。カイトとパズルができなかったのは、もちろん悲しかったけれど…家に帰ってみればもう、それどころではなかったから。
もしもあの日カイトとパズルができていたら、もしかしたらママの容態が悪くなる前にペンダントを解放できたかもしれない、そうしたらママを最後に喜ばせてあげられたかもしれない…なんて思う気持ちも少しはある。だけど、あの日にカイトとパズルができたとしても、ママがいなくなる前にそれが解けたとは限らないし、それに…もしもあの日にママが亡くなると知っていたら、僕はきっと遊びに行かなかった。だから、約束をしたところで破っていたのはもしかしたらカイトではなく、僕の方になっていたかもしれないのだ。
そう思えばカイトを責める気なんてなれなかったし、もう遅いかもしれないけれどやっぱりこのペンダントを解きたい、カイトと友達になりたいと思ったから、僕はカイトと二度目の約束をしようとした。それは結局、カイトに伝えられることすらなかったけれど…。

それから、カイトに関する良くない噂が流れて、僕も話しかける勇気が持てなくて、整理しきれない思いを何年も抱えて迷っているうちに、カイトは日本に戻ってしまって。僕に残ったのは解けないペンダントと、自分に対する後悔。カイトが僕の悪口を言っていた、なんて人づてに聞かされても…それでもこんな結果になるのなら、もう一度カイトと直接話せばよかった。もう一度、カイトと一緒にパズルをしたいんだと頼めばよかった。
それができなかったのは、僕が意気地なしだったからだ。噂通りカイトに話しかけて拒絶されるのが、一人になってしまうのが怖かったから。真偽の分からない噂なんかじゃなく、一度だけ話したあの時の、僕が感じた印象を信じればよかったのに、僕自身が自分に対して自信を持てずにいたから。そんな自分を変えたくて、カイトみたいになりたくて、カイトに憧れカイトを信じたいと思っていたはずなのに…。オルペウス・オーダーに勧誘された時でさえ、メランコリィの「カイトは酷い」という言葉を、僕は否定できずにいた。
ただ、カイトとパズルができることを仄めかされて、ピノクルたち四人がカイトとのパズルタイムを始めようとしているのにずっとそれを願っている僕だけが取り残されるのは嫌で…僕は今度こそチャンスを掴もうと踏み出した。きっかけなんてそれで十分だった。ダウトのようにオルペウス・オーダーの理念に心から共感したり、ミゼルカのように自分を変えたいと思ったりする気持ちも、否定はしないけれど…僕はただカイトとのパズルタイムを望んで、リングを受け入れた。

そうしてオルペウス・リングを着けてからは、自分でもそうと知らないうちにあらゆることが歪められていった。記憶も思いも矛盾して線が点になっていくのに、パズルはどんなに難しいものでもあらゆる可能性を理解できてしまう。パズルの作れなかった僕が難解な鏡のパズルを作り、オルペウス・オーダーの一員としてレプリカ・リングのデータを採集しつつ、ファイ・ブレインを危険なものだと否定するカイトたちとパズルで決闘をして。アルマンディンのような深い赤色の瞳に飲まれながら、僕はファイ・ブレインの可能性を捨てたカイトを憎み、同時に憧れた。
やがていろんなことが分かると同時にレプリカを本物にして、クロンダイクやホイストさえ退けて、カイトと神のパズルで対峙して。永遠に二人で遊んでいられるかのように思えたその場所で、僕はカイトの抱えていた寂しさを、孤独を、強く輝いていた存在が持つ本当の弱さを知って…パズルが終わり光の失われた世界でノノハから手渡されたのは、ママの形見のペンダント。「解けたら、また次のパズルを始めればいい」「一人じゃない」と言いながら僕との約束を果たしてくれたカイトは、やっぱり今でも僕の憧れるカイトだった。

…それから僕は、カイトのためにできることがないか考えるようになった。カイトやノノハが困っているのなら力になりたい。僕を救ってくれた二人に対する恩返しの意味合いもあるけれど、それだけでなく純粋に「友人だから」。カイトの周りの仲間たちが自然とカイトに協力したいと思うのと同じだ。
カイトがノノハやルークと共にジンさんの記憶を取り戻すべくイギリスに来た時、僕はパズルに触れるのが怖くて、自分をコントロールできなくなるのが怖くて、寮を貸す程度しか協力できなかった。パズルができることだけがカイトの役に立つことじゃない、現にノノハはパズルが苦手でもカイトを十分に支えている…頭ではそう分かっていても、僕にはどこかやり切れない思いが残っていた。ペンダントを解いていた時、カイトは僕の作った神のパズルを「すごいパズル」と認めてくれたから…。またあんな風になるのは怖い、だけどパズルを作ったり解いたりできる方が、カイトの力になれるのでは?
しかし転機は程なくして訪れた。マスターブレインとなったメランコリィの奇襲、そのパズルにカイトとギャモンだけでなく彼女自身も巻き込まれて…メランコリィを死なせない、生きて脱出して彼女に償いを果たすのだと決意した瞬間、パズルを捨てたと思っていた僕にもカイトの考えが読めた。メランコリィの作ったパズルに触れた時には、やっぱり僕はパズルが好きなんだと実感できた。思い出はまだつらいけれど、それでもパズルは楽しい。解きたい。久しぶりに感じたその気持ちは、やがて一つの問いに行き着く。
僕やメランコリィが狙われたのは、僕たちがファイ・ブレインの子どもだからだ。本物のオルペウス・リングに選ばれたカイトやメランコリィとは経緯が違うけれど、僕はレプリカ・リングを本物にしてファイ・ブレインに近付いた。ならば、そんな僕に何ができる?マスターブレインと戦い、ジンさんの記憶を取り戻すことを願うカイトのために、僕ができることは?
僕がそんな思いからルークの要請を快諾したのは、つい最近のことだ。賢者ピタゴラスが作ったと言われる、エジプトのピラミッド内部に存在するパズル。実際には僕たちが入る直前にレイツェルの手が加えられており、僕たちはそのパズルをギヴァーとして理解し、解放した。レプリカ・リングを着けていた時のように自分で自分をコントロールできなくなるのではないかという不安は、その時払拭されたのだった。



…今、僕の見ている先には、僕が最も力になりたい二人がいる。皆のいる部屋から喧嘩別れのように出て行ったカイトと、それを追いかけたノノハ。夕日に照らされた廊下で言葉少なに話す二人は意外なほど穏やかで、ついさっきルークと対立したカイトも本当は親友の立場や考えに理解を示していることが分かった。
――ならば僕には何ができる?
カイトとレイツェルは真正面からジンさんを救いに行きたいはずだ。ルークはPOGの管理官として動く姿勢を示している。ギャモンはまだ立場を表明していないけれど、彼に限って遠巻きに見てるだけなんてことはないだろう。その上で、カイトやルークとは迎合しない第三の道を選ぶはずだ。そしてオルペウスは、世界という名のパズルを解いて神を超える力を手に入れることを目的としている。
それならば、僕はどうする?どうしたい?

答えは最初から決まっている。
君たちの役に立ちたい。オルペウスが目覚めた瞬間に見た、あの滅亡の未来を阻止したい。
そのために僕は、カイトの近くにいるファイ・ブレイン候補として、カイトを支える。もしも良くない事態が起きて、例えばカイトがパズルを解けなくなるようなことがあれば、その時は僕がパズルを解いてカイトとノノハを守る。
深い赤色にはもう飲まれない。同じガーネットでも、僕が目指すのはデマントイドだ。ダイヤモンドに負けない輝きと他には無いホーステイル・インクルージョンを内包するそれのように、僕は信念を胸に秘めながらファイ・ブレインとして能力を発揮し、ずっと憧れていたカイトにだって匹敵してみせる。

僕の意思と、それからオルペウスを討つことに関する今立てたばかりの仮説を伝えるために、僕は二人に向かって歩き出した。



fin.

1月の誕生石:ガーネット

2019/01/19 公開
19/90ページ