Phi-Brain

闇に飲まれる

※企画作品「約束」(3期25話カイノノ)を構想した際、全力でシリアスに振った案として考えたもの。そのため、最初と最後の文はあえて企画と揃えています。
※3期24話、偽りの世界に入る直前のカイト。報われないまま終わるので、苦手な方はご注意ください。




何度もその繋がりを切ろうとした。巻き込んでしまわないように。
でも、ノノハはそんな俺をいつだってしぶとく追いかけて、隣に並んでくれたから。だから今回もそうだと、俺は心のどこかで油断していたんだ。

「行かないか?俺と一緒に」

目の前のジンは、後ろでレイツェルが消えたことすら気付かずに――まるで最初からレイツェルなどいなかったかのように、幼い俺を旅へ誘う。
俺とジンが初めて出会った場面。待ち受ける展開がつらくて、レイツェルはここから何度も過去をやり直したけれど、この場面だけは動かないはずだった。俺が出会うより早く、ジンのそばにはレイツェルがいて、そして三人での旅を提案される。過去を繰り返すたびに別れの場所が変わろうと、別れ自体が早まろうと、このスタート地点だけは変わらない。そう思っていたのに。

「ずっと、一人で旅をしているの?」
「ああ、そうだ。だから、君のような優秀なパートナーが欲しいんだ」

戸惑いながら尋ねた俺に対し、ジンの返答は明確だった。
このジンは、レイツェルとはまだ出会っていない。それは本来の過去通りではある、けれど。あれだけ何度もジンとの旅をやり直そうとしたレイツェルが、すうっと消えてしまったことがどうにも気がかりだった。
まさかレイツェルは、ジンと出会わない過去を選んだのか?それは過去を変えないため、時の迷路に心を取り込まれないために自ら選んだのか、それとも――

「さあ、一緒に行こう。カイト」

ジンは再度俺を誘う。ここで俺が今まで通り頷けば、二人の旅は始まる。いくつもの愚者のパズルを解放して、いずれは神のパズルへ向かう。
その途中で、もしかしたらジンを救うチャンスだってあるかもしれない。…いや、間違いなく用意されている。ジンが神のパズルに挑む直前、俺が代わりにそれを解けばジンは助かる。それこそが時の迷路の「答え」だ。
だが、本当にそれでいいのか?これまでの試練のパズルでルークが、ギャモンが、フリーセルがそうだったように、このままオルペウスの用意した答えをなぞるだけでは…もう二度と、レイツェルを救うことはできなくなるんじゃねぇか?
そんなのは、俺の求めている答えではない。

「…行かない」

決意を込めて答えた直後、辺りは霧に包まれた。場面が進む。ここから先の過去は、レイツェルと何度も繰り返した過去ではなくなる。



霧が晴れて次に映ったのは、ルークとの出会いの場面だった。

「かっこいい、パズルだね!」

地面に木の枝でパズルを描いていたルークが、顔を上げて嬉しそうに笑う。お互いに気の利いた会話なんてできなかったけれど、ルークがパズルを出題して俺が解く、それだけで十分に通じ合えるような気がした。たとえ別れが待っていたとしてもこの過去を変えようなんて思わない、穏やかで懐かしい日々。
毎日ルークと会ってパズルをするうちに、俺は知らず雰囲気が柔らかくなったのか、ある日学院で声をかけられた。

「え…パズルを、一緒に?いいよ。じゃあ…日曜日に」

今なら分かる、あれはフリーセルだ。幼いフリーセルは断られることも覚悟していたのか、見るからにほっとした様子で表情を緩めた。
時の迷路は、過去を変え続けると心を取り込まれてしまう。だから俺は絶対に過去を変えないけれど、そうなると今交わした約束はきっと守れない。そのことを申し訳ないと思う一方、それでもここで過去をやり直すつもりはなかった。あの過去があったから今の俺たちがいるんだと、以前ノノハが教えてくれたから。
場面はどんどん進む。幼い俺はこの日もルークと一緒に、冒険にでも繰り出す心地で教会の地下迷路に挑んでいた。案の定迷ってしまって、不安に駆られたルークの瞳には涙がにじみ、対する俺も泣きたい気持ちを抱えながら精一杯に強がる。

「泣くな!」
「でも、早く帰らないと、怒られちゃう…」

本来の過去ならここで…と思った瞬間。俯瞰で見ていた俺は、過ちに気付いた。
――ジンは既に出発している。

「誰だ!?」

幼い俺が懐中電灯を向けるよりも先に、容赦なく二人の姿が照らされる。眩しすぎる光で俺たちを見つけ出したのはジンではなく、白衣を着た大勢の見知らぬ大人たち――ルークを管理する施設の研究員だった。
何も分からず未だ事態を把握できていない俺とは対照的に、ルークはすべてを悟った寂しげな顔で、抵抗する間もなく研究員に囲まれた。そしてそのまま連れていかれる。 幼い俺に何かできるわけもなく、出口のほうへと追い払われる。道に迷っていた時は自分の来た方向すら分からなかったのに、追い払われるままに俺は地上へと出ていた。
ルークを置いて。二人を繋ぐ、組み木パズルの約束すら交わせずに。



次の日からは暇さえあればルークを探した。…探したけれど、森の中を歩いても、グレートヘンジの見える丘まで行ってもルークには会えず、幼い俺には何の手がかりも見つけられなかった。
雨が降る。ルークはいない。あの時傘を差し出してくれたジンも、もういない。
濡れ鼠になりながら寮まで帰るその道中、墓地の一角に黒い集団を見かけた。喪服の大人たちの中で祈りを捧げるのは、あの日約束を交わした少年。
あれは葬式だ。おそらく彼の大切な人が死んだ。…結局、約束は果たせなかった。時間はあったはずなのに。さすがに人の死を止めることはできなくても、俺がパズルを解いていれば、フリーセルの抱える喪失感を少しは癒せたかもしれないのに。
過去を変えないと決めていても、気持ちは揺らぐ。途端に俺の両目が黒く明滅する。取り込まれそうになっているのが分かって、このままではまずいと思い直す。俺がそう意識したからなのか、幼い俺はパズルを手に取った。余計なことは考えずただひたすらパズルを解くと、いつしか瞳の黒い波は治まっていく。
…思えば、本来の過去でも俺はそうだった。ルークやジンとの別れがつらくても、学院で孤独を感じていても、パズルを解いている間だけは寂しさを忘れられた。
当時の俺にとってはパズルだけが、俺のすべてだった。



――そうして迎えた十五歳の冬。本来ならば俺は学園長から呼び出されて、春からは√学園へ戻ることになる、はずだった。だが、いつまで経ってもその時は訪れない。
不審に思って、胸騒ぎがして…今更、俺は理解したんだ。巧妙に仕掛けられた罠に。大切なものを手放してしまったことに。
簡単な話だ、父さんと母さんは生きている。三人で愚者のパズルに挑んですらいない、その前に俺が監視に気付いて過去を変えてしまった。一番最初、時の迷路のルールすら理解できていなかった、あの場面で。結局は引き離されて、実の親ではないことも早い段階で明かされた。それでも生きている以上、実状はどうであれ「育ての親」は今でもあの二人だ――間違っても「解道バロン」ではない。
おそらく今の俺は、√学園からは手の届かない位置にいる。

「…俺は、何を信じればいい?」

半ば自暴自棄になりながら、近くにあったパズルを乱暴に掴む。考え込むこともなく簡単に解けてしまう。「楽しい」という感覚すら分からない。それはパズルのレベルが低すぎるのか、抱えた絶望が大きすぎるのか――それとも、顔も知らない奴らが身勝手に俺を利用して、急激に能力を伸ばしたせいなのか。
そのせいで、俺はパズルすら信じられない。信じられないのに、楽しくもないのに、能力ばかり高くて解けてしまっている。

「この力は、何に使えばいい?」

今度はすぐに答えが見つかった。俺を騙して利用しようとした周囲に、この世界に、そしてパズルに対する復讐だ。
そもそも「変わらないと思っていたスタート地点」でさえ、本来の過去からは明確に変えられていたんだ。世界の仕組みはその時点で既にねじ曲がっていた。
本当のジンは、最後まで俺を旅に誘わなかった。ルークと会えなくなった俺が「また一人になってしまう」と主張してもなお、ジンは一人で旅立った。レイツェルがいてもいなくても、ジンが俺を旅に誘うこと自体が間違いだ。…今更気付いても遅いのに。

『約束ね?絶対、約束だからね?』

何度も見たはずの、港での光景がぼやけて消える。当然だ、あれは「ジンと旅立つと決めた時の出来事」なのだから。その選択肢を拒否した俺には、存在すらしない過去。
パズルが解けなくても楽しんでくれる彼女が、今となってはひどく懐かしくて、遠い。

「…ノノ、ハ」

もう届かない光を思えば思うほど、この世界が、時の迷路が、パズルが嫌いになる。それでも死にきれないのは、そのわずかな光を意味もないのに求めてしまうから。
せめて、日本へ行こう。かつて幼なじみと過ごした地へ。今となってはそんなことをしても無駄だと分かりきっているけれど。
制服を脱ぎ捨て私服に着替え、絶望に染まった目をサングラスで隠す。もう用済みのパズルは片っ端から解き捨てた。敬意なんて無い、あるのは漠然とした空白と無感動。埋め方なんて分からなかった、いつも隣に立って埋めてもらってばかりいたから。
さようなら、あの時俺と約束してくれたノノハ。二度と会えないと分かっているからこそ、俺はパズルを解き続けよう。パズルを解き続けて、憎むべき世界に復讐しよう。
いつか俺たちの目指した場所で、また会う日まで。



2019/12/31 公開
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