Phi-Brain

引っ張りだこの猫

POGジャパンの中にある、ルークの執務室。
不思議そうな顔をしながらぞろぞろと入ってきたカイト、ギャモン、キュービック、イワシミズ君に対し、部屋の主は爽やかに微笑んで出迎える。

「やぁカイト、突然呼び出してすまないね」
「ルーク。なんだよ、俺たちに話って」

挨拶もそこそこに用件を問うカイトに、ルークは笑顔のまま質問を返す。

「早速だけど、今日は何の日かな?」
「は?」
「今日は8月8日でしょ?何の日って言われても…POGにいる誰かの誕生日?」

怪訝そうな顔をするカイトとギャモン、困りながらも律儀に考えるキュービック。
しかし彼の出した答えに、ルークは首を横に振った。

「残念。正解は…タコの日、そしてたこ焼きの日さ」
「はぁ!?」

大声で反応したのはギャモンだ。だがそれもそうだろう。ルークからこのメンバーが呼び出されるとすれば、愚者のパズルの解放依頼か、オルペウスの腕輪や神のパズルに関する重大な情報が見つかったか…とにかく深刻な事態も覚悟していたのに、実際は気の抜けるような回答だったのだから。緊急性などまるでない。
一方のルークはそんな心境など意に介さず、どこかわくわくとした調子で説明する。

「タコは足が八本。タコの日ができた理由はそれだけだけど、ギリシャ語でも8を表す数詞は『octa』で、タコと8は切っても切れない関係にあるのさ。まぁ、制定した組織によっては別の『蛸の日』もあるけれど」
「ふーん、じゃあたこ焼きの日は?」

カイトが一応納得して訊き返す。ルークはそれにも澄ました顔で説明を続ける。

「タコの8と、あと日本語では8を『や』と読むこともあるから『焼き』の語呂合わせらしいよ」
「こじつけじゃないか!全然科学的じゃないよ!」
「こじつけ、こじつけ」

キュービックに同調してイワシミズ君が繰り返す。だがルークは開き直って答える。

「こじつけだって、時には必要だろう?特にパズルを解く上では重要な鍵になることもある。そうだよね、カイト?」
「うっ、そう言われると否定できねぇ…!」

南の島で暴走した時のこともあるのだろう、本気で返答に窮するカイト。ギャモンはそんなのどうでもいいと言わんばかりに、ルークに言葉を投げる。

「で、なんで俺らを呼び出したんだよ。まさかそんなクイズを出すためだけじゃねぇよなぁ?」
「もちろん。実は、今朝ビショップと少し言い合いになってね…」
「あっ」
「どうした、キュービック?」

カイトが尋ねると、キュービックは操作していたイワシミズ君の画面を見せて言う。

「今調べたんだけど、今日は白玉の日でもあるらしいよ。白玉はお米からできていて、漢字の八を重ねれば米の字になるからって」
「白玉、美味しそう」
「なーんだ、そっちの方がちょうどいいじゃねーか!」
「僕に対して失礼なこと言ってない!?というかそれをわざわざ紹介する時点で、君も心当たりがあるってことだよね!?」

活き活きとした調子で返すギャモンとキュービックに、ルークはすかさず注意した。
だがそんな様子を気にも留めず、カイトは何食わぬ顔で問いかける。

「なぁキュービック、マリモの日はねぇのか?」
「ちょっと待ってね。…うーん、残念。3月29日だったよ」
「ドンマイ、ドクトル」
「残念がるな!カイトも何訊いてるんだ!」
「つーかよぉ、ノノハたち遅くねぇか?ここに来る前の廊下で、ビショップに連れていかれたんだよな…」

ギャモンがふと思い出したように話題を変える。実際、POGジャパンにはいつもの五人とイワシミズ君というメンバーで来たのだが、執務室まで向かう途中で、ノノハとアナはなぜか別の部屋へと案内されたのだ。この建物内に二人がいることは確かだが、なぜその二人が別行動なのかは知る由もない。
キュービックは横目でギャモンを見て、僕も気になるけど、と前置きしてから言う。

「アナが一緒だし、ギャモンが心配するようなことは起こらないと思うけど」
「なっ!?なななな、何も考えてねーし!」
「おー、茹でダコみたいに真っ赤だ。やっぱり今日はタコの日だな」
「ギャモン、不審者。ギャモン、不審者」

ここぞとばかりに真顔で茶化すカイトとイワシミズ君。そんな中、ルークだけは突如深刻な表情に変わった。彼らを置き去りにしたまま、執務室を飛び出して駆ける。

「ビショップに!?まずい…!」



ルークが急いで向かったのは同じくPOGジャパンの中、ちょっとした応接間として使われることもある一部屋だった。勢いよく扉を開け放ち、声を上げる。

「ビショップ!お前よくも…!」
「おや、ルーク様。やはり来ましたね」
「おい、何だよ突然走り出して…ん?」

何事かと追いかけてきたカイトたちが、ルークの背後から部屋の中を覗く…と。

「あっ、カイト!ギャモン君にキューちゃんまで!」
「ルクルク久しぶりー!」

部屋の中にいたのは不敵に笑うビショップと、さっき連れていかれたはずのノノハ、笑顔で手を振るアナ。そこまではいい。
問題は、ノノハとアナの頭に猫耳のカチューシャがついていることだった。ついでにビショップの頭にもついている。堂々とした立ち姿で、一見そうとは気付きにくいが。
あまりにも予想外の事態に、カイトが呆然として問いかける。

「ノノ、ハ…?何だその格好…?」
「テメー、ノノハに何してやがんだぁ!?」
「落ち着いてください、皆さん。今日は『世界猫の日』ですよ」
「…は?」

ギャモンを冷静に諭すビショップが、さらりと言い放った単語。聞き慣れないそれにカイト、ギャモン、キュービックの三人が疑問符を浮かべる一方、やはりルークだけは事情が分かっているらしく、悔しそうに顔をゆがめた。

「くっ…!やっぱり僕の目を盗んで、二人を仲間にしようとしたんだね…!」
「仲間?」
「ちょっと、全然話が見えないんだけどー…?」

カイトが困惑するのと同様に、ノノハの方も今の詳しい状況は聞かされていなかったらしい。両者の情報をすり合わせるべく、キュービックが説明する。

「ルークは今日を『タコの日』『たこ焼きの日』だって主張してたんだ。で、そっちは『世界猫の日』だって言ってる」
「ほぇー。いろんな日があるんだなー」
「あー…。なんとなく、くだらない展開が予想できたわ…」
「おい、まさかお前らが今朝言い争いになったって、これのことかよ?」
「え?そうだけど?」

カイトの問いに平然と返すルーク。すかさず、ビショップが語気を強めて告げる。

「POGを指揮するルーク様ともあろうお方が、世界の記念日よりも個人の私欲を優先するなど、あってはならないことです」
「おいおい、なんか話がでかくなってねぇか?」

ギャモンが至極真っ当な指摘をする。が、ルークは構わずビショップに反論する。

「だって美味しいじゃないか、たこ焼き!カイトなら分かるよね、この気持ち!」
「いや、言い争いにまでする気持ちは分からねぇ…」

カイトはげんなりとして答える。キュービックが話を戻すように尋ねる。

「それで、どうしてアナとノノハを?」
「だってネコ友の日なんだな!」
「わ、私は…ビショップさんの勢いに断りきれなくて…」

元気良く言葉を返すアナと、困り顔で照れ笑いを浮かべるノノハ。ビショップの主張に対する賛同の度合いには差があるようだが、カイトは呆れた様子で言う。

「何だよそれ。つーかノノハ、軽々しくコスプレすんの何度目だよ」
「なっ、何よその言い方!コスプレって、カチューシャ付けただけでしょ!?」
「猫耳のな」

カイトが瞬時に付け加える。そのやり取りを見て、ギャモンはふと疑問を口にする。

「ってかよぉ、そもそも猫の日って2月22日とかじゃねーのか?」
「それは日本の猫の日みたいだよ。猫の日は他にも、それぞれの国で独自に制定されているんだって」
「なお、世界猫の日の制定理由は公開されていない」
「不明かよ!」

キュービックとイワシミズ君の補足説明に、ギャモンが思わずツッコミを入れた。
そこへ口を挟むのはビショップ。猫耳はあるが普段通り、凛とした佇まいで告げる。

「一説には、猫を含む動物の救済と保護、より身近なところでは特に多い猫の殺処分を減らしたい、という思いが込められているそうですよ」

見た目とは裏腹に、意外と真面目な話に一同が感心しかけたその時、ルークの自信に満ちた声が静かに落とされた。

「でも残念だったね、ビショップ。そっちは三人、対するこっちは五人だ」
「五人?…って、イワシミズも入ってんのかよ?」
「当然でしょー?」
「えっへん」

ギャモンの問いにすかさず答えたのはキュービックだ。隣でイワシミズ君も胸を張るポーズをしてみせる。

「それが何ですか。こちらは世界中の猫の祭典ですよ?猫を敬い、救う日です」
「ネコ友のお祭りー!」

アナが無邪気に賛同する。…と、そこへルンルンと加わっていく者が一人。

「お祭り、お祭り」
「ちょっと、イワシミズ君!?」

ぎょっとするキュービックを気にする様子もなく、イワシミズ君はアナの横に立ち、そしてルークたちと対峙する。どうやら楽しそうな単語と雰囲気に釣られたらしい。

「イワシミズの野郎、寝返っただと!?」
「くっ、彼が反応しやすい単語を出すとは、姑息な真似を…!」
「あー、心底どうでもよくなってきた…」
「私も…」

白熱する戦いに、呆れを隠さないカイトとノノハ。しかしビショップは気に留めず、口元に笑みを浮かべる。

「これで四対四。そして私はもう一人、強力な助っ人を呼んでいるのです」
「何…?」

ルークの表情に緊張が走る。その時、ちょうどタイミングが合わさったかのように、廊下からこちらに向かう足音が響き、姿が現れた。

「ちょっと、急に呼び出されてこの部屋に通されたんだけど…何なのよ?」
「レイツェル!」

一同の驚いた声が重なる。ただ一人、事情の分かっているビショップだけは一歩前に出ると、レイツェルへ恭しく一礼する。

「お待ちしておりました。まずはこちらのカチューシャをどうぞ」
「は?」

説明を省いて手渡された猫耳のカチューシャに、訝しげな視線を向けるレイツェル。まじまじと見上げた先のビショップにも猫耳があるので、似合ってはいるけれど怪しいことこの上ない。しかし彼女の不信感を払拭するかのように、同じく猫耳のアナが満面の笑みで駆け寄る。

「レイレイもお揃い!」
「女子会、女子会」
「そうよ、レイツェルが入ってくれれば女子会ができるじゃない!ビショップさんやイワシミズ君もいるけれど!」
「いや、アナも違うから。女子が半数もいない女子会だからな」

女子が増えて俄然嬉しそうなノノハに、カイトがすかさずツッコミを入れる。一方、ルークは抜け駆けだと言わんばかりに、ビショップとレイツェルに声をかける。

「あっ、ずるいぞ先手必勝なんて!レイツェル、君は僕やカイトと一緒にタコ焼きを食べた仲だよね!?ジンが挑戦したというパズルを解いたあの日!」
「それ、結局あなたが食べたじゃない…」

レイツェルは呆れながら淡々と言葉を返す。来たばかりで彼女が状況を掴めない中、ギャモンとキュービックは各々の意見を述べた。

「まータコ焼きは美味いからなぁ。猫耳つけられるよりはマシだろ」
「イワシミズ君、君はこっちだってばー!タコ焼きは食べられないけど!」

分からない。猫耳派とタコ焼き派、よく分からないが混沌としている。レイツェルは周囲を一度見回して、この中では最も話の通じそうなカイトに問いかける。

「な、何よ、この状況…」
「あー…なんか、『世界猫の日』と『タコ焼きの日』で言い争ってるんだとよ」

良かった、どうでもよさそうな調子だが話が通じて良かった。それぞれのメンバーがどちら派か大まかに把握したレイツェルは、思いついたことを言ってみる。

「ふーん。それなら、一緒にしちゃえば済む話じゃない?」
「…一緒に?」

意外そうなカイトの問いかけに、レイツェルはいたずらっぽく笑う。

「猫を愛でながらタコ焼きを食べる。両立できないことでもないし、どちらの記念日も大切にしたらいいんじゃないの?…あなたたちが教えてくれたことでしょう?」

レイツェルの言葉に、一同がはっと静まり返る。一瞬の沈黙。
カイトがふっと微笑んで呟く。

「そっか。それなら、パズルもできたら最高だな」
「ちょっとー。カイト、何さらっとパズルの話にしてるのよー…?」
「え?だってこのメンバーだと、皆パズルしたくなるだろ?」

嫌な予感がして問いかけたノノハに、カイトはあっけらかんと言い放つ。こうなった以上、パズルをすることは確定事項らしい。それを受けて、ルークがふと言葉を零す。

「そうか…。確かPOGには、猫型のパズルも保管してあったはずだ」
「では、私はタコ焼きを手配いたしましょう。もちろん皆様の分も」

ルークとビショップは目を合わせて頷くと、それぞれ部屋を後にした。二人の背中を眺めながら、イワシミズ君がしみじみと言葉を発する。

「仲直り、仲直り」
「アナ、ネコ友呼んでくるー!」
「もう、POGの中なんだから、ほどほどにしてよー?」
「んじゃ、俺様は他の奴らにも声かけてくるか」

アナが早速駆け出し、キュービックは一応忠告するけれど完全に止めることはせず、ギャモンもPOGの構造は既に知っているらしく我が物顔で歩く。一気に団結した皆を見て、カイトは隣に立つ幼なじみに、穏やかに言う。

「ノノハ、せっかくだし何かスイーツ作ってくれよ。できれば白玉のやつ」
「えっ?まぁ、白玉ぜんざいやフルーツ白玉なら簡単だし、POGの調理室を貸してもらえたら作れるけど…。っていうかなんで白玉?どういう経緯よ?」

疑問符を浮かべるノノハと、説明する気のなさそうなカイト。レイツェルが微笑む。

「ふふっ。おいしくて癒される、楽しいパズルタイムの始まりね」



fin.

(「世界猫の日」「タコの日」「たこ焼きの日」「白玉の日」ネタ。)

2020/08/08 公開
11/90ページ