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シンデレラを奪う方法

淡いブルーの布を覆うように縫い付けられた、半透明のレースがひらひらと揺れる。胸元のラインストーンが光を反射して上品に輝く一方、裾にフリルの付いたスカートは普段の彼女が着ている制服のそれと同じ丈で、華やかさと同時に無邪気さを演出している。ティアラやネックレスなどの小物類は箱に入ったままだが、そういった装飾が無くとも十分な出来だ。くるりくるり、彼女は一足早く舞踏会に来たかのように回る。
もっとも、ここにあるのは食後の積み上げられた食器で、BGMは階下から聞こえる生徒たちの喧騒で、要は昼下がりの天才テラスというムードも何も無い場所なのだけれど。

「被服部って本当にすごいよねー、ドレスまで作っちゃうなんて」
「…で、どうしてそれをノノハが着てるんだよ」
「仕方ないじゃない、動きにくくないか確かめてくれって頼まれたんだから。演劇部も連日リハーサルで忙しいみたいだし」

俺がいつもの調子で呆れたように尋ねると、ノノハもいつもの調子であっさりと言葉を返してきた。「発表を目前に控えて毎日慌ただしい演劇部の代わりに、被服部が衣装をすべて作っている」というところまではノノハから事前に聞いていたが、主役の子と身長や体格が似ているとの理由でノノハが試着することになったらしい。もちろん本番は演劇部の生徒がすべて演じるので、一年の学園祭の時のようなゲスト出演はしないとのことだが、それでもどうしてこんな服をよりによってノノハに着させたのか、複雑な気持ちで溜め息をつく。

ノノハが今着ているのは、確かにドレスではあるけれど…前述した通り、普段と変わらないスカート丈の、すなわちミニスカートのドレスなのだ。
活発な彼女に似合っていないわけではないし、考えたのは被服部だから高校生らしいデザインと言えばそれまでだが、そんな服装のまま天才テラスへわざわざ見せに来たのだから彼女には危機感というものがまるで無い。百歩譲って、左手首にはピンクの腕時計、足元に至っては普段の靴下とスニーカーというように、あくまでもフル装備ではなく服だけ替えていてミスマッチなのが救いというべきか。

「へへーん、どう?」
「ノノハが得意気になることじゃねぇだろ、作ったのは被服部だし」

…と、興味が湧かないかのように周りの奴らを誘導しても、効果は見込めなくて。

「アナが思うに、すっごく可愛い!」
「でしょでしょー!やっぱりアナは分かってくれるわ、どこぞのパズルバカとは違って」

おい、それは俺への当てつけかよ。

「へー、ノノハって王子様だけじゃなくお姫様もできるんだね」
「キューちゃん、それって褒めてるの貶してるの…?」
「似合ってるから言ってるんだよ」

キュービックもさらりと褒めてるし。
ちらりと横に目を向ければ…案の定、固まっているギャモン。

「……」
「おいギャモン、黙って見つめてんのもそれはそれで気持ち悪いぞ」
「なっ、別に見とれてなんかねーし!」
「言葉変わってんじゃねーか!」
「いちいちうるせぇな反抗期のバカイトが!」
「お前のバカ正直な反応よりはマシだアホギャモン!」
「ちょっと、二人ともやめなさい!」

口喧嘩を始めた俺とギャモンの間に、いつものように仲裁に入るノノハ。だが、今回ばかりはその言動が余計に癪に障った。
しかし「うるせぇな、そもそもノノハがそんな服装するからこうなったんだろ!」と言えるほど素直ではなく理性も失っていない俺は、返す言葉が無くて、でも苛立ちは収まらなくて。
ギャモンと睨み合ったまま、不服の意味も込めてテーブルの足を蹴った。

…が。

「あっ」というアナの声、そして直後に響く、ごとりとコップの落ちる音、ばしゃりと水のはねる音。

そこで初めて俺は気付いた。
俺の蹴ったテーブルには食器の山こそ無かったものの水の入ったコップが置かれていたこと、そのコップが蹴ったはずみに落下したこと、…そして水のこぼれた位置にはノノハの足があったこと。
当然、ノノハ愛用のピンクのスニーカーは濡れてしまっていた。

一瞬の沈黙の後、我に返った皆は口々にノノハへ言葉をかける。

「あ…えっと…とりあえず布巾!」
「走らなくてもいいから落ち着いて、キューちゃん」
「ノノハ、大丈夫…?」
「衣装にはかからなかったから平気平気。ありがとうね、アナ」
「その…悪い…」
「ううん、ギャモン君のせいじゃないから気にしないで」

彼らの言葉のひとつひとつに笑顔で答えていくノノハが視界に映って…俺の思考は無意識のうちに速度を上げた。

何てことはない、これはお姫様を完成させるパズルなのだ。
となると、彼女に足りないもの、俺がとるべき行動は決まっている。近くの椅子に座るようノノハに指示して、俺は別のテーブルに置かれている箱を開けていく。…あった、この箱だ。
目的の物を確認すると、その箱を持って彼女の元へ。戸惑う彼女には構わずスニーカーと靴下を脱がせ、先程の箱から取り出したそれは…

透明な素材でできた、ハイヒール。

勘のいいアナはその小道具を見ただけで題目に気付いたらしく、「わぁ、ガラスの靴ー!」と明るい声を上げる。ノノハの足元に膝まずくような俺の体勢とアナのキーワードから、ノノハ自身もようやく今の状況を理解したらしい。彼女の頬が真っ赤に染まるのを見上げつつ、足首に手をかけた。

「わっ、いいよカイト、自分で履けるから!」
「いいから黙ってろ」

そう言って彼女をおとなしくして、ついでに照れや恥ずかしさも払拭して、彼女の足に新しい靴を履かせる。

…そして。

「よしっ、じゃあ衣装返しに行くぞ」
「えっカイト…きゃあ!?」

ノノハの驚く声を聞きながら、彼女を抱きかかえて走り出す。腕の中で慌てるお姫様には「また衣装を汚したらどうすんだ」とか「ハイヒールだと走れねぇだろ」とか適当な理由を並べ、後ろから追いかけるライバルには半ば無理やり残りの荷物を押しつけて、俺たちは天才テラスを後にした。



fin.

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2014/01/21 公開
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