Phi-Brain

屑星は大切なものを手放した

さて、俺はこのマイペースな二人をどう引き離すべきか。

ノノハとアナに半ば無理やり連れてこられたベネチア観光。本来は日本への直行便で帰るはずだったのがPOGに狙われているからとイタリア経由に変更された、そんな危ない状況だというのに二人はまったく危機感を持っていない。観光気分で浮かれるノノハはもちろん、普段は直感力に優れているアナでさえも大好きな偉人や俺たちの称号にゆかりのある地だと舞い上がって気付いていないのだ。二人の後ろでゴンドラを漕ぐ、怪しげな船頭に。
思わず溜め息をつくとアナはそれに気付いたようで、持っていたノノハスイーツを前に突き出した。

「食べる?ノノハスイーツ」

いや、だから俺はノノハスイーツじゃなく船頭に睨みをきかせていただけだってぇの!
しかもこのタイミングでノノハスイーツって…。確かにノノハスイーツはうまいが、これじゃあまるで捨て身の戦いに行くみたいじゃねぇか。悪いが「最期に食ったものが好きな女の手料理」なんてロマンチックな展開にする気はさらさら無い。

「…いらねぇよ」
「そう?」

不思議そうな表情をしたアナだったが、すぐにまたノノハとの会話に戻る。俺がいると安心だとか、俺の称号であるガリレオの出身地だとか。そう言ってくれる二人の優しさは、あまりにも平穏で…
だからこそ、巻き込むわけにはいかない。

「…そうだ、二人でメシ買ってきてくれよ」

いかにも今思いついたように頼めば、あっさりと了承する二人。そして、話してもいないのに自然と岸へ寄る船。観光客のおかげで日本語慣れしているとしても、普通なら客の了承を得て動くだろう。怪しげどころか真っ黒だ。
そもそもここに来るきっかけだって、最初から怪しさは満点だった。空港で焦ったように話す軸川先輩と、その手に持っていたものを思い出す。イギリスでいつもの赤いパッケージのが売られていなくても、リンゴはリンゴだからと緑のアップルジュースを選んでいた、そんな人が今回に限って味をないがしろにするはずはない。思えばその段階から、俺たちは乗せられていたってわけだ。
もっとも、俺様は逃げも隠れもしねぇけどな。

「がっつりしたの、頼むぜ」
「うん」

俺がたくさん食べることを知っているノノハは、こう言っておけばすぐには戻ってこれないだろう。それでいい、財も封じられないような危険なパズルに関わるのは俺だけで十分。
大切な存在だからこそ、一瞬だけ側から離してやるほうがいい場合もあるのだ。

「よろしくな」

振り返った二人の、いつもの顔を目にしっかりと焼き付けて。
さぁ、俺様のパズルタイムの始まりだ。



fin.

2012/01/25 公開
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