Phi-Brain

変わる世界と不変の輝き

暖かい陽射しと眩しい木々の緑、静かな水の音。時折吹き抜ける春風が心地良くて、噴水の縁に寝転んだまま欠伸をした。寝るつもりはなかったがこの陽気では眠くなりそうだ。

「随分と退屈そうね」

声のした方に目をやればレイツェルが不敵に笑っている。俺の心を読んだかのような言い方に少しむっとしながら、俺は返事になっていない言葉を投げる。

「…お前は準備に参加しなくていいのかよ」

俺が今こうして待ちぼうけを食らっているのは、俺の誕生日パーティーをするとかで準備のために天才テラスを追い出されたせいだ。イベント事の好きなノノハが提案してアナが乗っかるのはいつものことだが、今回は俺の誕生日だからとキュービックも張り切っていた。更にルークやフリーセルたちも早めに来て手伝っているらしい。ギャモンは巻き込まれたようなモンだがまぁ、あいつはどうでもいいや。
とにかくそんな訳で、俺となぜかレイツェルがこの噴水広場で準備が終わるのを待っているのだが。

「あら、私は見張り役ですもの」
「はぁ?」
「ノノハに頼まれたのよ。『せっかく準備が終わってもカイトがパズルに夢中になってて来ない、なんてことにならないようにカイトを見張ってて!』ってね」
「ったく、ノノハの奴…」

得意気に言うレイツェルから視線を逸らして独り言を零す。
ノノハなら俺がパズルに夢中になっていようが心当たりを探して見つけ出して、無理にでも引っ張っていきそうなものだ。だが、そうしないでわざわざレイツェルまでこちらに寄越したのは、多分レイツェルのことも一緒にもてなすつもりだ。皆仲良くなった記念だとか再会した記念だとか適当な理由をつけて。
相変わらずな幼馴染みに内心呆れつつも、決して嫌ではなかった。むしろ、それはそれで良いような気がしていた。かつて「自分にはジンしかいない」と言っていたレイツェルだが今はそうではない。オルペウスの作った神のパズルに挑む前の夜、俺に見失いかけていた大切なことを気付かせてくれたレイツェルを、俺は今度はノノハたちに託した。今回はきっとその続きだ。もっとも、そのことにレイツェル自身が気付いているかは今のところ読み取れないが。
さりげなく様子を見ようと視線を戻すと、こちらを見ているレイツェルと目が合った。そして唐突に話を切り出される。

「ノノハといえば。時の迷路でのこと、彼女には話したの?」

時の迷路。オルペウスの用意した神のパズルだ。交互にパネルを取り合う陣取りパズルだが、俺たちは途中からオルペウスの見せる幻影に取り込まれた。懐かしくも苦しい、やり直したい過去を見せられ、過去を選択することでパズルが進んでいく。

「…いや。オルペウスの出題したパズルを解いたとは言ったけど、どんなパズルかまでは言ってねぇよ」
「へぇ…なんか意外ね。大切な人みたいだからもっと話してるかと思った」
「下手に話したら心配すんだろ」

特に『レイツェルを救うために自ら取り込まれに行った』なんて知られたら、バカだの何だのと言われるに決まっている。もう済んだことなのに涙目になって怒るノノハが容易に想像できて、思わず苦笑する。
しかしレイツェルは納得いかないのか、目を伏せてぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

「でも、私たちはあの子に助けられたわ。ジンを救うためにはジンがパズルに挑戦するよりも先に、私とカイトで戦うしかない。神のパズルにもう一度取り込まれそうになった時、私はそう思っていたから…。あなただってそうでしょう?」
「……」

沈黙の中で噴水の音だけが耳に届く。俺はレイツェルの話にあるその出来事を思い出していた。
どちらかが命を落とすかもしれない危険なパズルを戦うしかないのか、他に方法が無いのか…しかし答えが思いつかない中で突然現れた、パズルを解けるようになっているノノハ。最初はなぜこの場にノノハがいるのか分からなかったが、彼女の言う「約束」と神のパズルという状況が、忘れかけていた過去を脳裏で呼び起こした。それは本来の過去ではなく、俺が選択した過去での約束。
…俺が、変えたかった過去だ。

「…あれは、オルペウスの見せた世界だ。今いるノノハはパズルが解けないし、ノノハ自身も解けなくていいと思ってる」
「だから、話さないの?」
「あぁ。自分も本当はパズルが解けるかもしれないと知ったら、あいつはまた無理するだろう?」

今度は、本当の過去の記憶が呼び起こされる。俺の教えたパズルを解こうとして、解けなくて、悲しみに沈んだ小さな姿。いくら俺がノノハにパズルを解けるようになってほしいと思っても、そのためにあの苦しさをノノハが繰り返してしまうのならば、俺のエゴを押し付けたくはない。
彼女がパズルを苦しいと思うのならパズルは全部自分が解くから、彼女にはただ笑っていてほしかった。

「でも、それって、彼女の可能性を信じていないみたい」

唐突に放たれた言葉にレイツェルの方を見ると、その瞳がつらく悲しそうに揺れる。理由も分からずジンに別れを告げられた、あの泣きそうな表情が重なる。
レイツェルの言いたいことが感じ取れて、俺は答えを探した。合わせ鏡の二人が納得できる真の答えを。神のパズルの中で温かい光に包まれる、ファイ・ブレインの原石のような幼馴染みを思って。

「…約束は守るよ。ノノハと最後にした約束は、絶対に」

それはダイヤモンドが自らの中で光を反射して輝きを増すように、今も心の中で強く光る大切な約束。
一緒にパズルを解くことが約束だなんてきっとノノハは知らないけれど、知っているかどうかは大した問題ではない。ただ、いつか…ノノハがパズルを解いてみたいと思えた時に、一緒に楽しくパズルをできたらそれで良い。
空を見上げると、澄み渡る青がどこまでも広がっていた。その中を雲雀がさえずりながら飛んでいる。春を告げるというその鳥は、なんだか自由で楽しそうだった。

「カイト、レイツェル、お待たせー!」

ふと、何も知らない能天気な声が響いた。見れば噂の幼馴染みが手を大きく振って駆け寄ってくる。どうやら準備ができたらしい。
ノノハは俺たちの前で立ち止まると無邪気に尋ねる。

「二人で何話してたの?」
「別に、何でもねーよ」
「ちょっとした思い出話よ。二人の大切な人のね」
「ジンさんの?そっかー、とうとう二人とも喧嘩しないで話せるようになったのね」

うんうん、と大きく頷くノノハはやっぱりどこか母親が子どもの成長を確認するみたいで、俺としては不本意だ。そもそもジンの話でもなかったし。早合点したノノハに対して「違ぇし…」と呟いた俺に、レイツェルがまた見透かしたようににこりと笑ってから、ノノハに話しかける。

「そういえばカイトの誕生日パーティーって何するの?皆でプレゼントでも渡すのかしら」
「もちろん!ちゃんと用意してきたわよ、ノノハスイーツバースデースペシャル!」
「はぁ!?あれは俺じゃなくても危険物だろ!」
「ちょっと、いくら何でもそこまで嫌がらなくていいでしょ!?私だって料理の腕上がったんだからね!?」
「あははっ、おかしい。あなたたち、いつ見ても仲良いわね。ところでパーティーにはやっぱりパズルもあるの?」
「うん、パズルバカの誕生日だもの。それに皆もパズルが好きだから」
「バカは余計だ」

不貞腐れたように言うと、女子二人は顔を見合わせてまた笑う。誕生日なのにバカだのなんだのと、本当に祝う気があるのか。
すると、レイツェルはノノハを見たまま、内緒話でもするみたいに顔を近付けて囁く。

「せっかくだし今日はあなたもパズル、やってみる?」
「えっ、私?あ、あはは…、せっかく用意してくれたパズルなのに、また解けなくて壊しちゃうかもしれないんだけど…」

困ったように笑うノノハは俺の知っているいつものノノハだった。オルペウスがいつか見せた幻影のように、パズルを差し出されて遠慮がちに「いいの?」と誘いを受けてくれる姿とは違う。
いつかそうなってほしいという思いも心の奥底では捨て切れていないけれど、今はノノハがノノハらしくいてくれれば十分だ。
そう思っていると、レイツェルは不思議そうな顔をした。

「そう?エレナもメランコリィも、あの時は楽しそうだったわよ」
「え?」
「あの仲間たちですもの、解けなくても楽しいわ。それに、解けたら解けたで皆喜んでくれるはずよ。そうよね?」

最後の言葉は、ノノハではなく俺に投げられたものだった。こちらを見るレイツェルにつられてノノハも訳が分からないまま、きょとんとした表情を俺に向ける。
ったく、こっちにはこっちのペースがあるっつーの。レイツェルの誘導に乗せられるのも癪で、俺はわざと話題を逸らす。

「そういや、ルークがいるってことは新作のパズルもあんのか?」
「うん、私はよく分からないけどチェスを元にしたパズルだって。今、ルーク君と軸川先輩が試しに対戦してるみたい」
「本当か!?なんだよ、早く行こうぜ!」
「あっ、ちょっとカイト!?スイーツもちゃんと受け取りなさいよー!?」

パズルが気になる風を装って走り出すと、後ろからノノハの声が追いかけてくる。
「いつか」は案外近いかもしれない。オルペウスの能力のように今をがらりと変えることはできなくても、皆少しずつ成長して、変わり始めている。パズルさえあればいいと思っていた俺が、人と一緒にパズルを解こうと思えたように。ジンのためにパズルを解いていたレイツェルが、楽しんでパズルを解き始めたように。そしてパズルの解けなくなったノノハが、パズルを嫌わずむしろ興味を持ってくれているように。
これから皆と一緒に解くパズルのことを考えながら、俺はお決まりのセリフを明るい声に乗せた。

「パズルタイムの、始まりだ!」



fin.

4月の誕生石:ダイヤモンド

2018/04/27 公開
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