Phi-Brain

ブラックホール

その目が、怖かった。
すべてを飲み込むような暗黒の目。直視してしまったら、きっと何もかもが終わって、無くなってしまう。荒廃した土地、吹き荒れる乾燥した風、そして生気を失ったかつての仲間たち。私の周りに広がる灰色の景色はまるで、ここにあった命も色も光も既に飲み込まれてしまったことの証明のようだ。
残酷な世界の中、私の視界のずっと先に佇む人間。フードの中からこちらを見つめるのは、あの暗黒の目。

「い、嫌ぁ…来ないで…!」

足ががくがくと震える。私の立つ場所からはだいぶ遠くにいるはずなのに、こちらへ来る素振りも見せないのに、来ないでほしいと願った。髪型も性別もフードに隠れて判別できないけれど、そこにあの目があることだけは直感的に分かってしまったから。
おぞましい恐怖が身体中を駆け巡る。できれば物陰に隠れてその視線から逃れたいくらいだけど、そんな場所さえも飲み込まれてしまったみたいに何も無い。

「はっ、腕輪…!」

以前その目に迫られた時のことを咄嗟に思い出して自分の手首を見る。
オルペウスの腕輪は、無い。

…じゃあ、どうして?
あの時は私やおじ様の腕輪を狙って来たものだとばかり思っていたけれど、今はそうじゃないの?
もう私に腕輪は無いのに、どうして――



突然、強い風が吹いた。
フードがばさりと脱げて、不敵な笑みが現れる。私がまずいと思った時にはもう遅く、あの恐ろしい両目が私の姿を捉えた。

「嫌ぁぁあ…っ!」

思わず目を固く瞑って叫んで…





…はっと気付いた時には、灰色の景色はすっかり消えていた。私の暮らしている屋敷の見慣れた部屋が普段と変わらずそこにあるだけだ。

「何なんですの、あれ…」

白昼夢、だったのだろうか。しかし気のせいで済ませるにはあまりにも生々しい恐怖だった。あの感覚から抜け切れず、全身がまだ小刻みに震えている。自分を抱くように両手を回して、ようやく気持ちが落ち着いてきたところでふと一つの考えに思い至る。

「あれが、未来…!?」

ファイ・ブレインに限りなく近付いた者には未来が見えるという。実際、おじ様もファイナルリングを着けてPOGの行動を読むことができた。ホイストが私たちを裏切った後のフリーセルだって「ここから先は僕が見た未来」だと言っていた。
しかしだからといって、あれを未来だと認めるのには抵抗がある。あんな望みも無い、朽ち果てた、滅亡の未来なんて。

「フリーセル…」

動揺してごちゃごちゃの考えをまとめるより早く、ほぼ無意識的にその名前が口をついて出た。かつてあの暗黒の目を持っていた人物。腕輪が外れた今、彼があんな未来を望むとは思えないけれど、あの恐ろしい目を宿したことのある彼ならば何か知っているかもしれない。滅亡を望むフードの人物は誰なのか…までは分からなくても、あの目を宿すとどうなるのか、あの幻影が何を表しているのか、とにかく信頼できる情報が欲しかった。
すぐに簡単なメールを作り、送信する。平時なら私から送ることはないけれど、今はそんなことをいちいち気にしていられない。ついでに、顔を見て話せるようにノートパソコンの準備と、いざという時のために移動手段の確保。たかが白昼夢で…と思われるかもしれないけれど、あの滅亡の未来を回避するためなら私はどんな手段も辞さないつもりだ。

この世のどんな不可思議な謎でも解くことのできる、黄金比にかなう頭脳の持ち主、ファイ・ブレイン。星のように輝かしいその姿の成れの果てが、あの暗黒の目を持つ存在だとしても。
たとえどんなに怖くても、そんな運命には抗ってやると心に決めた。



fin.

(カイトが太陽でルークが月でギャモンが星で…というように皆を宇宙でたとえられるなら、オルペウスはブラックホール。)

2017/12/03 公開
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