Phi-Brain

悪戯心

どうしてこんなことになってしまったのか。ぼんやりとした意識の中で、それまでの経緯を思い出すべく必死に頭を働かせる。
俺たちはオルペウス・オーダーの潜伏している屋敷へ来て、地下でパズルを解いて、崩壊に巻き込まれて、それで…。

「…あっ!ノノハは!?つーか皆はどうした!?」

思わず叫んで首を動かして辺りを見回してみたが、目に映るのは瓦礫と薄暗がりだけだった。俺の問いに答える音もまったく聞こえてこない。空気が通る程度の隙間は容易に見つけられたためひとまず俺自身の窒息死の危険は無さそうだが、他の奴らがどこにいて俺はどう動けばいいかなんてことは皆目見当もつかない。…いや、まずは命が助かっただけでも良かったと思うべきか。
瓦礫を少しずつよせて体を通せるくらいの穴を作れば脱出できないかとも考えたけれど、下手に動かしてこの空間が崩れては意味がないと思い直した。ヨシオ君とかいうメカの機能が無事ならばそのうちキュービックが助けに来るはずだ。そう信じて、近くに転がっていた手頃な瓦礫の上に腰を下ろす。

「はぁ…何やってんだ、俺」

崩壊の直前、この手は確かにノノハの腕を掴んだはずだった。向こう岸にいるカイトに気を取られて逃げることを忘れたノノハを、咄嗟の判断で引っ張った、はずだった。
だが、天井も壁も床も崩れて、キュービックやアナの姿も瓦礫に遮られて見えなくなる中で――するり、と。彼女の細い腕は驚くほど簡単に俺の手を離れた。そのことに気付いて振り向いた時には、視界の半分以上が瓦礫に遮られていて。

『闇雲でいいから走れノノハ!何も落ちてこねぇ場所へ!』

少しだけ見えた不安そうな表情の彼女に、それだけを必死で叫んだ。
伝わっただろうか。無事でいるだろうか。こんな時、カイトだったら「ノノハの怪力なら瓦礫くらい壊せるだろ」とデリカシーには欠けるが彼女を信じている発言を当たり前のようにするだろう。キュービックだったら、最初は年相応に不安を見せるだろうがすぐに気持ちを切り替えて捜索活動を始めるはず。
だが、もしもノノハの足や腕が瓦礫の下敷きになっていたら?怪我をした状態では、いくらノノハでもカイトの予想通りには動けない。…想像したくもないが、もしも全身が下敷きになって意識が無くなっていたら?それでもキュービックのメカで見つけ出すことは可能なのだろうか。
くそ、こんなふうに余計なことまで考えちまうのはきっとカイトの野郎の影響だ。カイトが感情に任せて突っ走りがちなこともあって、俺には最悪の事態を想定しておく癖がついちまった。想定さえしておけば、カイトが最悪のパターンに入りそうになってもすぐにサポートできる。だが今回のように動けない場合、この癖は厄介だ。いっそのことアナのように理屈をすっ飛ばして考えられたらいいのに。

「ノノハはきっと大丈夫だよー!」

そう、こんなふうに…って、え?
声のしたほうを見ると、そこにはいつの間にかアナがいた。

「アナ、お前どこから来たんだよ!?」
「アナではない。天国からの遣いじゃ、ギャモンよ」
「て、天国…!?俺は死んだのか…!?って、そんな事言ってる場合じゃねぇだろ!」
「わー、ギャモンノリツッコミー!」
「で、どこから来たんだ」

にこにこ笑って拍手するアナに呆れながら先程の質問を繰り返すと、アナは仰々しく答える。

「天国からの遣いで」
「それはもういい!」
「えー。じゃあ、あっちのほう!」

アナが指差した方向には、細身の女が匍匐前進でやっと通れるくらいの隙間…アナは男だが。その小さな穴の向こうは真っ暗だった。

「もぐらさんごっこしてきたのー♪アリさんごっこでもオッケー。でも、ミミズさんごっこはダメなんだな」
「何だよその違いは」
「だってミミズさんごっこだと鳥友に食べられちゃうよ?アナ、そんなの嫌なんだな。ギャモンだって嫌でしょ?」
「そういうことを訊いたんじゃねぇよ!ただのツッコミだ!」
「あ、でもギャモンは友達でも食べるんだっけ」
「ケッ、何だよそれ。人聞きの悪い」

アナワールドには付き合っていられない。根拠の無い決めつけに対して俺は大人の対応で流す。しかし次にアナが放ったのは破壊力抜群の言葉。

「だってさっきのパズルだと、大悪魔は天使を食べる設定だよ?」
「た…っ!?」

大悪魔が天使を食べる。数十分くらい前に確かにこの目で見た、俺に対してどぎまぎと頬を染めるノノハが脳裏にフラッシュバックする。あのパズルで大悪魔の役は俺、そして天使の役はノノハ。たかがパズルのルール上のことだと頭では分かっていても、彼女のその表情が意味するところなんて容易に想像できてしまって。

「いや、違っ、あれはそういう意味じゃねぇし、ノノハだってそういうつもりじゃないはずで…!」
「ほぇ?アナが思うに、ノノハも満更でもなさそうだったよ?」
「なっ…!?」
「でも、ノノハを食べたらアナが許さないんだな」
「…あぁ、そーかよ…。つーかその、たた、食べ、た、食べるとか今さら掘り返すんじゃねぇ!」
「掘り返す?もぐらだけに?」
「じゃあもうそれでいい。この話はこれで終わりだかんな!」

狭い空間の中、どこかに立ち去ることもできなくてそっぽを向いた。助けが来るまでこの話題が続いたんじゃ敵わない。ノノハとの関係を応援するでもなくだからといって羨ましがるわけでもなく、ただからかわれて散々に振り回されるのはごめんだ。
そんなことを考えていると、くすり、と笑い声が聞こえた。

「ギャモン、元に戻ったんだな」

その一言に驚いて思わず振り向けば、アナはじっとこちらを見て穏やかに微笑んでいる。

「戻ったって、何がだよ」
「アナが来た時、ギャモン、なんだかすごく怖い顔してた」
「はぁ?」

目つきが悪いのは元からだ、とツッコミを入れたくなったがアナが言いたいのはおそらくそういう事ではないのだろう。さっきまでの軽い調子とは打って変わって、その声のトーンは真面目なものだったから。アナがどこまで人の心を読めるのかは未知だが、さっきアナに掻き乱されたせいで最初に考えていたような最悪の展開のことは一瞬でも忘れてしまっていた。そのことに俺自身もようやく気付いて、ふっと安堵の息を吐く。
そうだ、きっと大丈夫だ。根拠は無いが、アナが大丈夫と言うなら大丈夫なんだろう。ふわわんとかほわわんとか、そういうのは俺には分からない。だが深刻に考えてみたところで現状どうしようもないのなら、無駄に考えすぎるのもよくない。動くべきでない時はどっしり構えていればいい。

「…まぁ、ごちゃごちゃ考えたところで動けねぇしなぁ。おとなしく待つか」
「そうそう。動かざること山の如し、耐えるのじゃ、ギャモンよ!」
「だから何だそのキャラ」
「お師匠様なんだな」
「天国からの遣いじゃねぇのかよ…」

がくりと項垂れてみせると、アナはころころと笑った。その様子は悪戯が成功して喜ぶ無邪気な子どものようでもあり、人を翻弄して楽しむ小さな悪魔のようでもあり。結局アナのペースに巻き込まれながら、俺はなかなか来ない助けを待つのだった。



fin.

(2期になるともう次回予告がおかしくなっている(褒め言葉)。)

2017/12/02 公開
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