Phi-Brain

bouquet

真っ白な紙におおよその長さの見当をつけて直線を引く。パズル全体の大きさ、言葉の配置の仕方、そしてこのたくさんのマスに入る言葉。考えるべきことはたくさんあって下手したら時間が足りなくなりそうだけど、パズルが好きだとあらためて実感した僕は何があってもやり遂げると決めていた。

「解き方は色々あるだろうけど、ここを一つのとっかかりにしようと思うんだ」
「あぁ、いいと思うぜ。文字数が多い単語同士ならマスに入る言葉を絞りこめるだろ」

僕の考えを伝えると、向かいに座るカイトが励ますように肯定してくれた。その後ろではピノクルが情報端末を駆使してこれから使う単語を調べ、即座にノノハにフォローを入れる。

「『SUNFLOWER』『SNEEZEWEED』。覚えにくかったら日本での呼び方や記憶の手助けになりそうな逸話も調べるけど…本当に大丈夫?」
「平気平気!私こういうの覚えるのは得意だから。ね、フリーセル君」
「そうだね。ありがとう、ノノハ」

ノノハが今覚えているのはこのパズルで使う植物の名前だ。クリスクロスは問題の下に文字数で分けて並べられた語彙の一覧を載せるけれど、その語彙が解く順番通りに並んでいては面白さも難しさも半減してしまう。だからすべての語彙が出揃った状態でアルファベット順に並べ直すために、今回はノノハの記憶力を頼りにさせてもらっている。僕のママのパズルを記憶して再現できたほどだからこれくらい容易いのかもしれないけれど、それでもありがたいことには変わらない。

「にしても、よくやるよなぁ。救いの手を取らなかったのはメラコ自身だってのに」

ノノハやピノクルと並んで立ちながら苦言を呈したのはギャモンだ。昨日この屋敷に入る直前にも呆れ混じりの言葉をかけられたが、それでも大反対とまではいかず僕のわがままに付き合ってもらっている。

「…メランコリィは、まだ腕輪の呪縛から抜け出せていないんだ」
「お前はそう言うけどよぉ、あいつは腕輪をつけていようがいまいが変わらなかったんだろ?今さら呪縛にとらわれるようには思えねぇがな」

朝早く起こされたからか、それとも見ているだけなのが退屈なのか、あくびをしながら話すギャモン。そのせいでせっかくの忠告も説得力が薄まっている。もっとも、僕のほうも説得されたところで諦めるつもりはないけれど。
どう言葉を返すか考えるあまりパズルを作る手が止まった僕を見て、カイトが代わりに後ろを向いて話し始める。

「違うぜ、ギャモン。腕輪があるかどうかとか、性格が変わるかどうかじゃねぇんだ」
「あぁ?どういう事だ」
「うまく言えねぇけど、好きだったものを憎んだり、大切なものを手放したり見えなくなったり…そんな世界に居続けるのが『呪縛』だと、俺は思う」
「好きだったものを、憎む…」

ノノハがカイトの言葉を繰り返して、はっと気付いて僕を見つめた。カイトの説明は腕輪をつけていたかつての僕の状態であり、ママの状態であり…そして今のメランコリィにも通ずるものがある。
パズルが好きなはずなのにパズルを憎む。彼女の場合は会話の流れや相手の求める反応を読んで明るく笑ったり子どもっぽく不満を見せたり、本心を見せない振る舞いが隠れ蓑になっていたから今まで気付けなかったけれど。かつて僕がノノハの説得を聞いても腕輪を手放さなかったように、きっと今のメランコリィにはどんな言葉を伝えても届かない。
先程カイトからパズルを作るよう促されたのも忘れて、僕は一旦手を止めて言葉を紡いでいく。

「カイトの言う通りだよ。いつしか、その世界を真実だと思ってしまうんだ。閉じた世界の中の、自分だけの真実」
「フリーセル君…」

当時のことを思い出したのか心配そうにノノハの眉が下がる。その隣でピノクルが僕の今の気持ちを代弁するように言葉を続ける。

「僕たちは歪んだ真実と本当の真実との差が大きかったぶん、リングが外れたことで気付いて改心できたけれど…メランコリィの場合はそう簡単にはいかないかもしれないね。いや、簡単に『いかない』というより『いけない』のかな」
「はぁ?まぁ確かに、あれ以上踏み込むことはできなかったけどよぉ」

ギャモンがどこか腑に落ちないような、しかし今朝のことを思い出すと納得せざるを得ないような口調で相槌を打った。確かに、ピノクルと僕の「友達になろう」という申し出に一呼吸置いてから出した彼女の答えは冷たく孤独で、それ以上誰も寄せ付けないような突き放すものだった。
だけど、昨夜のノノハの言葉を信じるなら。愚者のパズルの直後にメランコリィが呟いた「悪いのはオルペウスの腕輪」という言葉が本心だとするなら。
腕輪が外れても変わらない…言うなれば『腕輪のせいにできない』彼女の苦しみは、きっと僕たちにも計り知れない。

「…ま。さっき俺が言ったことと矛盾するかもしれねぇけど、腕輪自体は外れてるんだ。後はあいつ自身が素直になれるか。そのためのパズルだろ?」

思いを馳せるあまり沈みそうになる僕を、カイトが現実へそっと引き上げた。そうだ、今は不安がっている場合ではない。自分を勇気づけるように左手でママのペンダントを握り締めて、再び目の前の紙に向き合う。タイムリミットはこの屋敷を出発する時刻。燃やされたパズルを埋めたのが朝早くだったとはいえ、クリスクロスを作るのに費やせるのはせいぜい数時間だ。

「うーん、これだとメランコリィには簡単すぎるかな?すぐに答えが分かると面白くないだろうし」
「じゃあ、これと同じ文字数の単語の組み合わせをひとつ作っておこうぜ。例えばここに『HYDRANGEA』を使って…」
「だとするとここが『AGERATUM』『NORTHPOLE』になって…うん、これなら数手先まで考えないと解けないパズルになる。『RANUNCULUS』が入るかどうかがポイントかな」

カイトに本来の答えとは違う単語の入り方を示唆してもらいながら進めていく。それに伴ってパズルに使う単語が次々と出てくるけれど、ノノハも記憶することには慣れているのか目が合うと優しく微笑んだ。その横でギャモンがふと浮かんだ疑問を口にする。

「つーか、なんでパズルの題材が花とか植物なんだ?」
「いいじゃない、女の子らしくて。ミハルちゃんだってお花好きでしょ?」
「そりゃあそうだが…女子が好きなもんならスイーツとかでもいいだろ。『HELICONIA』なんか、名前だけじゃどんな花だか分かりにくくねぇか?」
「う、それは…確かにイメージ湧かないけど…。ほら、文字数の関係もあるし、日本の高校生には馴染みが無くてもイギリスだと有名かもしれないし…ねぇ?」

ノノハのしどろもどろな答えに怪訝な顔をするギャモンだけど、裏を返せば「相手の知っている単語でパズルを作ったほうが伝わりやすいのでは」という気遣いが見えていることにギャモン自身気付いているのかいないのか。女子が好きなものの例にスイーツを挙げて一瞬ノノハのほうに視線を向けた様子からして無意識かもしれない。
そんな二人のやり取りを近くで聞いていたピノクルが、僕の困った視線を感じたのか助け船を出した。

「別に単語の意味をすべて分かっていなくても『MINT』や『MIMOSA』のように知っていそうな単語をたくさん散りばめておけば、知らない単語でもきっと植物の名前だろうって類推できるさ。まぁメランコリィなら類推する前に『POLYANTHA』程度は知っててそこで気付くと思うけどね。大切なのはフリーセルが植物の名前で作ると決めた、その気持ちじゃないかな」
「ふーん。ま、お前らが納得してるんならいいけどよ。せっかく作ったそのパズルも、解かれる前に燃やされても知らねぇぞ?」
「ギャモン君!」

にやりと笑って冗談を投げかけたギャモンにノノハが目を吊り上げて咎める。そうしている間にも僕の手元ではたくさんの花の名前が最適な場所に収まっていく。さっきまでよりも滑らかにパズルを書き進める僕を見て、カイトが嬉しそうに笑う。

「おっ、あと少しだな。パズルを解いた後に現れるメッセージは考えてるのか?」
「もちろん。あまり難しいことは言えないから、僕の気持ちをシンプルに表すよ」

どんな言葉でも伝わらないのなら、いっそのこと花束でも取り寄せて、言葉で言い尽くせないほどの気持ちをすべて託せたら本当はスマートだろう。だけど、出発までの限られた時間でメランコリィの好みの花を選んで運んでもらうなんて器用な真似は僕にはできない。それに今はメランコリィから招待されている身。花束を届けても「屋敷の内装やコーディネートが気に入らなかった」なんて変な方向に捉えられてしまう可能性もある。
だから僕は、パズルの中で花束を贈るよ。
貴族の家柄だというのに花売りに扮して「お花いかが?」なんて言ってまで僕を見つけてくれた君に。
もうパズルは解かないと決めていたのに、それでも構わず僕に近付いてきてくれた君に。
そして何より、解きたくなるような温かいパズルで「僕はパズルが好き」ということを思い出させてくれた君に。
意地っ張りなパズルフレンドに。
今のメランコリィにとって僕の言葉が真実にならなくても、僕にとっては真実だから。



fin.

(3期8話、一瞬映るクリスクロスをよく見たら花の名前が使われてて、もしかして3期7話のタイトル「あなたもお花いかが?」のアンサーになってる!?という気付きから生まれた作品。実際にマス目と単語を見写し書きして解いて、本当に全部花の名前か調べて書きました…花より葉の印象が強いものもいくつかあったけど全部植物でしたよ!ファイブレ細かい!)

2017/10/21 公開
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