Phi-Brain

secret heart

地面には巨大迷路、空には数え切れないほどの星。
…と言いたいところだけど、夢中になって迷路を作っていたら、いつのまにか夜は明け始めていた。その事実に驚きながらも、せっかくだからと√学園高等部校舎のテラスにカイトを連れていって一緒に校庭を見下ろす。たくさん走って体はもうくたくたのはずなのに、心は達成感でいっぱいだ。
夜中なのに勝手に学校に忍び込んで、その上こんなに大きな迷路の落書きまで残して、先生に見つかったら怒られることは必至。この前進路が決まっていなくて注意を受けたばかりで、怒られることは嫌なはずなのに、今は不思議と晴れ晴れした気持ち。
月や星が沈んで太陽が昇って、暗い藍色が黄色やピンクを交えながら澄んだ水色になっていく綺麗なグラデーション。そして眼下には私たちの好きなパズル。嬉しくなって左隣のカイトに笑いかけると、無口な彼は珍しく優しい眼差しを向け、柔らかく口角を上げた。

が、それは一瞬で消えてしまう。
何かを思い出したようにハッとして、目を逸らすカイト。私にはそれが悲しい横顔に見えた。

「……」

いつもカイトは自分のことを話さない。無言で無表情で、淡々とパズルを解いていく。初めて会った時は文字通りパズルを『解き捨てていた』。一度解いたパズルはもういらない、すべてのパズルを解くことが復讐。そう告げる彼は、傍目から見ると怖くて他人を寄せ付けない印象だったけれど、私はそんな彼に興味を持った。幾日もの放課後を共に過ごしていくうちに、各々パズルを解き、私が苦戦している時はヒントを教えてもらい、やがて彼の名前を知った。それでも、私が知ることができたのはそこまでだった。
だから今日も同じ、また明日も二人の関係は変わらない、そう思っていたのに。

「…ずっと昔」

カイトは独り言でも話すように、ぽつりと言葉を吐き出した。気を付けていないと聞き逃しそうなほど小さい声だった。

「今みたいに、校庭に迷路を作ったことがあるんだ」
「校庭?小学校の頃とか…?」

校庭ということは、カイトも学校に行っていた時期があったのか。彼は見たところ私と年が近そうなのに、廃墟に寝泊まりし学校にも通っていない。ただ黙々とパズルを解くその姿はどこか浮世離れしていて、だけどそんな彼にも思い出深い学生生活があったのだろうか。
しかし私の問いかけには答えず、彼はぽつりぽつりと話を続ける。

「答えのない迷路があったんだ。地図の通りに進むと、そこには罠が仕掛けてある。一旦パズルから戻った後、実際に道順を再現すれば何か分かるかと思って、机を並べた」
「机を?怒られなかった?」
「……」

相槌を打つように思わず聞いてしまってから、失敗したと思った。カイトの横顔が寂しそうに歪む。
少し長い沈黙の後、カイトはつらそうな表情のまま、口を開いた。

「気になる所があったんだ。そこにもう一度行こうとして…。確か、そこに着いてから気付いたのも…」

記憶を手繰り寄せるかのように言葉が途切れ途切れになっていき、そして途絶えた。カイトの横顔はこの空とは正反対なほど、暗い。
そんなにつらそうな顔をするくらいなら、何も言わなくていい。全部分かってるから、私も一緒に受け止めるから。そう言って抱きしめてあげられたら、どんなによかっただろう。
だけど今の私は何もできなかった。一人でいるカイトのそばにいたい、傷つくカイトを助けたい、その気持ちはあるのに肝心なことは何も知らない。カイトの気持ちも過去も背負っているものも、何もかも。
空のグラデーションが水色に侵食されていく。世界が目覚める準備を始める。残された時間はあとわずか。咄嗟に私の口から出た言葉は、悲しくなるほどはっきりと今の私たちの関係を表していて。

「…ね。その迷路、どんなパズルなの?」
「え…?」
「私にも教えて。今から作る時間は無いけど…次の夜はそれを一緒に作ろう?」

結局、私たちを繋ぐものはパズルだった。パズルしかなかった。



fin.

(カイトが「レイツェルを救うために本来なら絶対選ばない選択をした」ことについて、原作で言及されているのはジンについていかない選択だけど、同時にノノハとも離れたままという選択もしていたのでは…!?という考えをベースにしています。そのため、カイトが思い出しているのも現実世界の1期1話(ミノタウロスの迷路)。
タイトルはレイツェルの歌う3期挿入歌「diamond secret」から。正確な歌詞は「secrets of my heart」ですが少し変えました。3期9話で初めて聞いた時は空白の一年の映像も合わさってジンに向けた歌のように感じましたが、2番の歌詞まで見ると時の迷路や偽りの世界での気持ちが混じってて、これが意図して書かれた伏線だとしたら本当にファイブレすごい。)

2017/09/04 公開
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