Phi-Brain

スタートライン

ったく、なんだか大変なことに巻き込まれちまった。
つい先日俺たちがマスターブレインとかいう輩に殺されかけてそう時間も経っていないというのに、今日はレイツェルが転校してきた上に真方ジンの偽者まで現れやがった。これまで戦ったPOGやオルペウス・オーダーよりも早いペースで次々と奇襲が行われている。
だがカイトの野郎は幼い頃世話になった真方ジンを信じたいらしく、俺様がせっかく危機感を伝えてやってもいまいち響いていないようだ。人殺しのパズルを作る組織は許せないはずなのに、それが真方ジンとの盟約によるものだと言われて、気持ちを固めきれずに揺らいでいる。かといってパズルが解けなくなったわけではないから、真方ジンとマスターブレインの関係を信じるかどうかは置いといて「すべてのパズルは俺が解く」と言っている。
その心意気は結構だが、気になる点がひとつ。すべてのパズルを解くのはカイトじゃねぇ、俺様だってことだ。そこをきっちり訂正してやれば、カイトも負けじと主張してくる。俺だ俺だの言い合いの最中、カイトがふと引き金を引いた。

「テンション高ぇな何か良いことあったのかよ!?」

良いこと。
その言葉で一気に思い出されるあの光景、あの香り、あの感触。
カイトがギリギリのタイミングでゴールへ跳びパズルに勝利したと分かった瞬間の、あの出来事。



『やったぁ、カイト勝ったー!』

嬉しさ満開の声と共に俺の視界に飛び込んでくる、俺に向けて両腕を伸ばすノノハ。それの意味を理解するより早く、俺はあっというまにノノハの腕に包まれた。
俺とノノハじゃ身長差もあるはずなのに抵抗する隙も余裕もないまま、熱に浮かされたように体に力が入らなくなって、自然とノノハの背丈に合うくらいにまで崩れ落ちる。どうしてカイトの勝利の喜びがカイトではなく俺に向くのかとか、日中はレイツェルを問い詰めてノノハから跳び蹴りを食らったのにこの短時間でどういう風の吹き回しだとか、ノノハに訊きたいことはたくさんあるはずなのに脳が正常にはたらかない。
しかし俺が完全に地面に倒れ着く前に、ノノハの手が俺の頭をしっかり掴んだ。髪と左頬に触れる、優しくすべすべと気持ちいい手のひら。至近距離で感じるほのかに甘い女子の香り。そして…どうしても右頬に触れてしまう、柔らかい感触。俺にとってはもう既に大事故だが、せめてこれ以上事故が起こらないよう、頭を動かさずノノハのほうを見ないようにしていただけでも褒めてもらいたいぐらいだ。よく耐えたぜ俺様。そしてよく気を失わなかった。
まるで俺の周りだけ時間が止まっていたかのようなあの一瞬。あの場にはキュービックやアナやレイツェルだっていたはずなのに、誰も俺たちの状況に気付かず皆カイトのほうを見ていた。もちろんカイトが戻って来る頃には勝利の感動は落ち着いて、ノノハは普段通りカイトと話していたから、俺も同じく普段通りに振る舞って今に至る。



…その一連の出来事をカイトの野郎は当然知らないわけだが、それをまさか、俺様に今ここで言えと!?

「バカ、お前、ここで…っ」
「はいはいそこまでー」

思わずしどろもどろになり、カイトが訝しげな視線を寄越したところで、ノノハがそれをあっさりたしなめつつ俺とカイトを追い越して歩いていく。
その言葉は、きっとカイトにとってはいつものケンカを止める言葉に聞こえただろう。しかし今のタイミング、すました態度。ポニーテールに隠れて見えないその表情を俺様が推測するに…



『さっきはあんな大胆なことしちゃって、なんだか恥ずかしい…。二人だけの秘密よ?ギャモン君』



脳内で振り向いたノノハが夕焼けで頬を染めながら、上目遣いでささやく。やべぇ、なんだかすごく色っぽい。
さっきの何気ない一言にそんなメッセージが込められていたとしたら。照れや気恥ずかしさもあるが当然、カイトの野郎なんかに言えるわけがない。

「…っ、言えねーよ!!」

堪えきれずに叫べば、カイトはますます不可思議そうな顔をした。だがカイトにどう思われようと俺様は絶対に言わない。
そうだ。思い返せばカイトの野郎は外泊を伴うパズル解放にノノハを連れて行ったり、一年ほど前にはトラウマを思い出したはずみでノノハに抱きついたりしていた。だがそんな手を使わなくたって今、俺様はカイトと同じ位置に立っている。その証拠が今日あった出来事ってことだ。
ふっと笑うと、いまだにバカなつらをしているカイトを軽い足取りで追い越した。そしてその先を歩く夕日に照らされた華奢な背中を、視界の中心に据える。
突然巻き込まれたこととはいえ、このギャモン様が負けるわけにはいかねぇんだよ。パズルも女心も、勝敗はまだ分からねぇ。ここからが始まりだ。



fin.

(3期3話の帰り道での会話が好き。カイトの言う「何か良いことあったのかよ!」やそれに対するギャモンの返答はアドリブの可能性もあるけれど(そしてギャモンの返答は私が正しく聞き取れてない可能性大だけど)、それでもあのやり取りを真剣に考えたらこうなりました。ギャノノはどこまでも突っ切って書けるから楽しい!)

2017/06/20 公開
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