はたらくハロウィン

04 仲良くなんてしない日

細菌を追いかけていった白血球さんと別れて、私は引き続き肺を目指す。
が、ハロウィンの日だろうと腕にお菓子のバスケットがあろうと、私はいつも通りで…。

「…あれ?道なりに来たけど、この道で合ってる…?」

私はいつも通り、道に迷っていた。
しばらくは道なりで大丈夫だったはず…と今歩いてきた道を頭の中で辿るけれど、よく考えれば「肺はあちらです」みたいな看板を全然見ていない。…でも肺の前に心臓を通るんだよね、じゃあ「心臓はあちら」の看板は…ダメだ、思い出せない。
そうだ、困った時は地図で確認!そう思って鞄から地図を取り出したけれどどうしよう、現在地が分からない。角を何個通り過ぎたっけ…!?
必死に考えながら歩くうちに、台車のタイヤはいつの間にか今いる通路より少し細い通路の方を向いていたらしい。流れるように角を曲がってしまった、その時。

「おい、何やってんだそこのテメー!?」
「はいいっ!?すっすみません!間違えましたーっ!」

突然飛んできた怒鳴り声に私は震え上がった。曲がった途端に怒られるなんて、またリンパ管に入ってしまったとしか思えない!慌てて謝りながら方向転換、とにかく今来た道を戻らなければ!
だけどそこへ追い討ちのように届く声。

「テメーも何浮かれてんだ!何だその被り物はぁ!?」
「…はい?」

予想外の指摘に足が止まる。…被り物?
帽子のことだろうか、もしかして私の気付かないうちに汚れてた?そう思って確認しても、特に気になる部分は見当たらない。いつもと変わらない赤血球の帽子で、自分の番号が書かれたバッジもちゃんとある。…じゃあ何で?
思わず首を傾げる…けれど、私の疑問は次の怒声ですべて解消された。

「テメーらそれでもT細胞か、殺し屋の自覚はあんのか!?」

…私はT細胞じゃない。ということは、あれは私に向けられた言葉じゃない。これまでの一連の怒鳴り声もおそらくそう。
なんだ、私が怒られたわけじゃなかったんだ…。
ほっとして振り向けば、血管とリンパ管の境界線の更に向こうにキラーT細胞さんたちが大勢いるのが見えた。怒るキラーT細胞さんは以前、肺炎球菌の時に「私たち赤血球がターゲットなんだ」と怖がらせてきた人だ。その時は戦闘員の皆さんもキラーT細胞さんに同調していたけれど、今回はどうも違うみたいで、ほとんどの戦闘員が「KILL」と書かれた帽子の代わりに細菌の被り物を身に付けている。鍛え上げられた腕や黒い制服はそのままだから、細胞さんたちのような「細菌に寄生されてる」感は正直全くない。ともかくそんな仲間たちに対して、キラーT細胞さんは怒っているようだ。

「いいか?俺たちは細胞が感染すれば容赦なく殺す!ホノボノ細胞たちとは馴れ合わねーんだよ!」
「まぁまぁ班長、出動命令も出てないことですし」
「そうだ、班長も被りますか?」

私が見ていることなど誰も気付いていないのか、それともただ単にリンパ管の外だから何も言わないだけか…どちらかは分からないけれど、戦闘員さんたちはキラーT細胞さんの主張を見事に受け流して被り物を勧めている。すごいなぁ、私だったら怖くて縮み上がりそうだけど、やっぱり同じ部隊の仲間だから分かるのかな。

「あ?なんで俺が…」
「いいからいいから!ほら、お菓子もありますよ!」
「こういう時くらい楽しまないと損ですよー」

被り物の入った段ボール箱をぐいぐい押し付けられ、美味しそうなお菓子まで目の前に出されて、さすがのキラーT細胞さんもそんな仲間たちに気圧けおされたようだった。小さく舌打ちの音が聞こえる。

「…少しだけだかんな」

そう言うと、キラーT細胞さんは戦闘員の皆さんに背を向けて段ボール箱の中身を漁り始めた。
その後、もぞもぞとかぶって…振り返る。

「どうだ?」

…………。
…言葉が出ないとはこのことを言うのだろうか。戦闘員の皆さんの間にも不自然な沈黙が流れる。
だって、どうしてその細菌を選んでしまったのか。私は珍しくもその細菌に襲われたことはなくて、パンフレットでしか見たことがないけれど、その時はちょっと可愛いと思った。でもその細菌に扮したキラーT細胞さんが可愛いかと言われると…私には分からない。どちらかというと可愛さよりも違和感が押し寄せてくる。
キラーT細胞さんの頭の上に乗ったぐるぐる。その色や形はカンピロバクターの頭にそっくりなのに、どう頑張ってもカンピロバクターには見えない。
戦闘員の皆さんも同じことを思ったのか、言葉を選ぶようにしてぽつりぽつりと感想を述べ始める。

「は、班長…」
「他にも違う形の被り物とか、あったでしょう…?」
「そっそうですよ、感染細胞みたいな帽子とか…」
「何だよ、似合わないって言いてぇのか?フン、やっぱりハロウィンなんかめだめ!」
「あっいえ、そういうわけでは!」
「似合ってますよ、班長ー!」
「せっかくだからハロウィンしましょうよー!」

地面をどすどす踏み鳴らしながら建物の方へ歩いていくキラーT細胞さんと、追いかける戦闘員の皆さん。私はそれらを苦笑して見守ることしかできなかった。どうせならキラーT細胞さんにもハロウィンを満喫してほしいと思うけれど、赤血球はリンパ管で起きていることには関われない。諦めて元の道に戻ろうと思い直した…けれど。
その瞬間、素早い影が私の横をすり抜けていった。

「…ふふっ」

女の人の声で小さく笑った気がしたそれは、まっすぐにキラーT細胞さんへ向かっていって…その勢いのまま、あろうことかキラーT細胞さんの顔面を殴ってしまった。

「ごふっ!?」
「班長!?」

不意討ちとも言えそうな攻撃にキラーT細胞さんはよろめいて後ずさり、乱入した影は一歩飛び退いて綺麗に着地。動きの止まったその人を見て、私もようやくそれが誰なのか思い至った。がん細胞が現れた時、白血球さんやキラーT細胞さんと一緒に戦っていた女の人…NK細胞さん。

「あーらごめんなさい、細菌に乗っ取られた細胞と間違えちゃったわ」
「NK、テメー…!」
「随分余裕じゃないの、お仲間さんと細菌ごっこ?」

挑発するように言葉を並べるNK細胞さんに対して、キラーT細胞さんは静かに怒りを燃やす。さっき戦闘員さんたちに向けたものとは質の違う、もっと溜め込んで一気に爆発するような怒り。見ているだけでも怖いそれに私はぞっとしつつ、けれど全く怯まないどころかどんどん煽るNK細胞さんにも恐ろしいものを感じてぞっとする。
そして。

「はんっ、テメーこそ正常な細胞の見分けもつかねーようじゃ先が思いやられるなぁ?」
「がん細胞を見分けらんないアンタと一緒にしないでくれる!?ていうかそれが正常なキラー?アンタら平和ボケしてるわねー!?」
「あーそうかよ、こちとらハロウィンなんでなぁ!まぁぼっちのテメーには関係ねぇだろうがよぉ!?」

二人は負けじと言い返し合って、どんどんヒートアップしていく…と思ったのも束の間、今度は拳を構えてほぼ同時に繰り出した。入っていけず立ち尽くす戦闘員たちなど見向きもしないで殴り合う免疫細胞の二人。
…………。

「し、失礼しましたー…」

…これ以上は関わらないでおこう。さー、お仕事お仕事。
心の中で唱えて、私はぎくしゃくとその場を後にした。



2018/10/26 公開
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