Phi-Brain

北海道報告会!

おいしそうな料理の香りと窓から入ってくる太陽光が心地のよい天才テラス。称号持ちとお目付け役のノノハが昼休みになるとここに集まるのが、もはや習慣になりつつある。
特に何か共通の目的があるわけでもなく、他愛ない雑談をしたりちょっとしたパズルを持ち寄ったりしながら皆好きなように過ごすのが皆楽しいんだ。カイトとギャモンは大食い・早食い対決をすることが多く、アナは製作途中の作品を持ってくることもある。僕も同じく、新しく作った脳波計測機械をカイトにつけてもらっていた。そんな中、ノノハがふと思い出したようにアナに話しかける。

「北海道楽しかったね!」
「ねー♪」
「リゾート開発に使われた土地も元に戻してくれるみたいでよかったね!」
「ねー♪」
「ん、北海道?二人で?」

話がよく分からないといった様子で、ギャモンが口を挟んだ。二人の会話を聞く限りだと、週末にでもノノハとアナで北海道に行ったのだろうか。僕も気になってノノハのほうを見ると、ノノハは至極当たり前のことを答えるように屈託のない言葉を返した。

「ううん。カイトも一緒に、三人で」

しかし、それはノノハにとって当たり前のことでもギャモンにとっては非常事態だったようで。
早食い対決の途中だというのにわざわざ立ち上がって、向かいに座るカイトへ吠えた。

「んだと!?カイトてめぇ、何抜け駆けしてんだぁ!?」
「バーカ、賢者のパズルを解きに行っただけだっつーの。つーか唾飛ばすんじゃねぇ」
「賢者のパズルだとぉ!?やっぱり抜け駆けじゃねぇか!」
「ギャモン、箸が止まってるよ。カイトにこれ以上負けたくないなら食べないと」
「年下のお前が指図すんじゃねぇよ!」

見かねてギャモンを対決に戻るよう促すと、今度はこっちに噛みついてきた。初対面で中等部二年を高等部二年と勘違いしたことがまだ尾を引いているらしい。
だけどギャモンがうるさいのは今に始まったことじゃないし、天才テラスで毎日のように顔を合わせていたらもう慣れてしまった。ギャモンのことは放っておいて、ノノハに話を振る。

「ねぇノノハ、向こうでは何がいちばん楽しかった?」
「うーん、私はプールのウォータースライダーかな。迷路みたいに複雑なの」

ノノハとの会話の向こうで、ギャモンが「聞いてねぇし…」と独り言で僕につっこんでいたけれど、それはもうお約束なので気にしない。

「へぇ、プールかぁ。水着持って行ったんだ?」
「えへへ…沖縄とは反対方向だけど、リゾート施設って聞いてたから旅行道具に色々入れてたのよ」

さすがノノハ、お目付け役を自称するだけあって用意がいい。そしていろんな部活の助っ人をするノノハらしく、学校の外でもアクティブだ。
と、そんなことを思っていると、さっきまで騒がしかったギャモンが今はおとなしくなっていることに気がついた。おとなしくカイトと対決している、というよりは食べながらも僕たちの話を気にしているような。
ギャモンはさっき、カイトが賢者のパズルを解いたことを「抜け駆け」と言ったけれど、僕の見立てではノノハのことも少なからず気になっている。ここらでちょっと揺さぶってみてもいいかもしれない。

「旅行用…ってことは、水泳部のような競技用水着じゃないよね。ワンピースとか?」
「えー?キューちゃんどうしたの、今日はたくさん聞いてくるわね」
「だって北海道のお土産話も聞きたいし、ノノハってスポーティーなのもキュートなのも似合いそうだなぁって」

こういうことをさらりと言えるのも、ノノハと幼馴染みのカイトやノノハを意識しているギャモンにはできない僕の特権だ。
天才テラスのメンバーは何を差し置いてもパズルが優先順位のトップに来そうな人たち(ノノハに言わせれば「パズルバカ」もしくは変人)ばかりだから気付かないかもしれないけれど、成績優秀・運動神経抜群・性格もいいノノハは校内でも人気の部類に入る。実際、お世辞などではなくノノハならどんな衣装でも着こなしてしまいそうだ。
おっと、カイトの脳波に変化が見られた。ギャモンをからかうつもりがカイトも動揺するとは、これは貴重なデータだね。

「えへへっなんか照れるなー。白地で胸元にピンクのフリルが入ったビキニにしたんだぁ♪」

嬉しそうに話すノノハの隣で、ギャモンが盛大にむせた。カイトはあからさまに迷惑そうな視線をギャモンに向ける。アナもギャモンの様子の変化に気付いたらしく興味深そうに観察しているけれど、ノノハだけはいつも通り献身的に世話を焼く。

「ちょっとギャモン君大丈夫!?ほら、水飲んで」
「ギャモン、耳まで真っ赤ー」
「うっせぇ、むせてちょっと疲れただけだ!」
「もう、よく噛まずに食べるから…」
「いや、気付こうよノノハ…。誘導したのは僕だけどさ…」
「え?気付くって何に?」
「ううん、こっちの話」

水を差し出しギャモンに注意するノノハは、まさか自分の発言が引き金になったとは露ほども思わないらしい。カイトにパズルの招待状が来た時ラブレターかとやきもきしたり、公園の綺麗な夕焼けを財とみなしたりする程度には感受性があるはずなのに、自分のことになると鈍感なのだからギャモンも前途多難だ。僕が呆れて話を終わらせると、ノノハはさほど気にせず再びアナに話しかけた。

「それよりアナは何が楽しかった?」
「アナはねー、ネイルサロン!」
「あぁ、確かに自由行動の後は爪がピカピカになってたもんね」
「ジグソーパズル柄なんだな」

どこか自慢げに言うアナは、その出来映えがよかったのかそれとも爪の上で芸術が生まれたことがよかったのか分からないけれど、相当満足したらしい。
が、その直後に投下されたのは爆弾発言。

「温泉も楽しかったー♪」
「っ!?」

今度はカイトが盛大に吹き出した。向かいのギャモンは咄嗟に自分の皿を避難させて抗議する。

「おい、いきなり口の中の物を吹き出すんじゃねぇ!」
「そういえばそっちはやけに賑やかだったけど、何してたの…?」
「何もしてねぇよ!」

何か心当たりがあるのか、訝しげな視線を向けるノノハにカイトは即座に否定する。機械に目を向けると脳波はひどい動揺を表していた。

「脳波が急に変化したね」
「へぇ…それってどういう意味なの、キューちゃん?」
「簡単に言うと、嘘発見機みたいなものかな」
「本当に何もねぇから!むしろ悪夢だから!」

カイトが否定すればするほど、同時にその時のことを思い出してしまうのか波形は乱れる。しかしノノハがカイトに尋ねるより早く、アナが詳細を話し始めた。

「アナは露天風呂で何秒潜れるか調べててー、カイトが来たから触りっこしたんだー♪」
「はぁ!?」
「アナが思うに、カイトは背中が特にすべすべだったよー?」
「ふーん…」

驚いて大きな声を出すギャモン、冷めた相槌のノノハ、青ざめるカイト、まったく悪気のないアナ。天才テラスは今、軽い地獄絵図だ。
その微妙な空気の中、ギャモンがハッと何かに気付いて声を上げる。

「おい、ちょっと待て。カイトとアナが一緒に風呂って…てめぇ、もしかしてノノハのも見やがったのかぁ!?」

…どうやら、ギャモンの頭の中には「カイトとアナが一緒に入る→混浴→ノノハも一緒」という図式が出来上がったらしい。アナはこう見えて男なんだけど。
しかしその前提条件が共有されているかどうかは、かなり重要なことだったようだ。まさかギャモンの考える前提から間違っていたとは思ってもいないカイトとアナは、ギャモンに理解不能と言わんばかりの視線を投げる。

「あ?何言ってんだ?」
「覗きは犯罪だよ?」

…だが、その状況をよく分かっていない人がもう一人。
ギャモンの言った「ノノハのも見やがったのか」、そしてアナの発した「覗き」という言葉が繋がってしまったノノハはぎょっとして問いただす。

「え!?まさかカイト、こっち覗いたの!?」
「だから何もやってねぇって!」
「うん。アナがアリバイで証明する」
「いや、だからアナがそこにいる時点でアウトなんじゃあ…」

自身を抱くように腕を組んで後ずさるノノハ、誤解を解こうと必死に主張するカイト、こういう時だけ大真面目なアナ、そしてアナの言動に振り回され悶々とするギャモン。地獄絵図再び。

アナが男だってことが共有できればギャモンの誤解が解け、そこが一旦落ち着いてからノノハの説得を試みるのがきっと最善策なんだろうけど。
アナの性別は今後天才テラスで過ごすうちにギャモンも知るだろうし、カイトの脳波も珍しいくらいぐらぐら反応している。こんなに大騒ぎして賑やかで楽しいのを無理に止める必要もない。
何より面白いから、アナのことはもう少し黙っておこう。



fin.

2011/11/21 公開
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