BO-BOBO

平和質問その5「人を守る意義とは何か?」

ドン、と耳元で鈍い音がする。顔の真横に手を突かれて、私は思わず竦み上がった。
目の前にはランバダ様の顔。お互いの息がかかりそうな程の至近距離にうまく呼吸ができなくなって、それでも心臓はうるさいくらいに早鐘を打って、軽く酸欠状態に陥る。
どうしてこんなことに。だって私はただ廊下を歩いていて、角を曲がった時に偶然ランバダ様と出会って、だからいつも通りに挨拶して…そこに誤りがあったとは思えない。それなのにすれ違いざまに腕を掴まれて、驚く間もなく壁に背をつけられた。どうしよう、この状況が全く理解できない。
ランバダ様の鋭い瞳があやしげに細められる。笑っているけれど心からのものではなく、むしろ本音は真逆なのだと突き付けてくる恐ろしい笑み。

「アイツと何話してた」
「えっ…?アイツ、って…?」

恐怖でひきつる喉の奥から、かろうじて声が出た。訊いてはいけない気もしたけれど、ランバダ様の言う「アイツ」が誰を指しているのか分からないことには先程の問いに答えることもできない。だからこれは至極当然な流れのはずで、何も恐れる必要なんかないはず、なのに。
ランバダ様は表情一つ変えずにオーラを放出して、一瞬で周囲から形を奪った。私の視界の中、彼だけが「生きている者」として鮮明になっていく。
…いや、ポリゴンに変わったのはランバダ様の背景だけじゃない。彼の腕を伝って私の周りの壁までもがポリゴンになっていく。もしも私が一歩横にずれれば、途端に私もどす黒いオーラに侵食されるだろう。言われなくてもそれが分かって、ぞくりとした嫌な予感が私の中を駆け巡る。

「ハンペンに、何聞かされた」

ランバダ様は変わらず笑顔で、しかし明らかに脅す雰囲気のまま淡々と尋ねる。今回は先程「アイツ」だった部分を明確にして。
――ハンペン様から、何を聞かされたか。混乱する頭でようやく質問を理解した私は、ランバダ様と出会う直前の出来事を必死に思い返した。





…それは、つい先刻のこと。ランバダ様と会う前、私はハンペン様とも偶然行き合ったのだ。
挨拶を交わして終わりかと思ったけれど、ハンペン様は私を呼び止めた。もちろん、今のランバダ様ほど乱暴ではなく「少しだけ時間はあるか」と尋ねる形で。
私がそれに応じれば、ハンペン様は落ち着いた口調で話し出した。

「レムよ。人を守る意義とは、何だと思う?」
「え…?」

急にどうしたんだろう。てっきり仕事の進捗や居眠りばかりしていないかの確認だと思っていたのに、こんな哲学的なことを訊かれるなんて考えてもみなかった。
答えらしい答えも返せないまま呆然と突っ立っていると、ハンペン様はただの雑談だとでも言うように表情を和らげる。

「突然こんなことを訊いてすまんな。これはワシが毛の国の生き残りの者…ボーボボらと戦った時、相手から投げられた質問の一つでのう」
「はぁ…」
「百年前ならば、相手の挑発に乗る必要などないと切り捨てたであろう。だが…奴らの力は強大でな。正しく答えなければ攻撃されるその策略に、我らはまんまと嵌まってしまった」
「それは…奴らならやりそうですね」

一瞬返答に詰まって、結局同情にも似た肯定を返す。私だって奴らと戦った時、ちょっとしたことでも感動させられるという理不尽な技で爆睡真拳を突破されたのだ、あり得ない話ではない。
少し歯切れの悪い相槌になったけれど、ハンペン様は気に留めることもなく話を続ける。

「だからその時はワシも必死で答えた。実感も伴わないまま、相手の気に入りそうな答えを模索してな」
「…ちなみにハンペン様は、先程の質問にどう答えたのですか?」
「愛だ」
「はい?」
「愛!愛!愛!純愛、熱愛、狂愛!愛なんだよぉーっ!…と、まぁこんな感じでな」
「は…。そう、なんですか…はは…」

今度こそ取り繕うことができずに乾いた笑いが漏れ出た。
ただの興味で尋ねただけなのに、ハンペン様はその時の必死さをわざわざ再現してくれたから…いかにも愛に飢えているようなその動作に、見てはいけないものを見てしまった気まずさや申し訳なさが押し寄せる。
というか純愛も熱愛も狂愛も、ストイックに強さを追い求めるハンペン様のイメージとはあまりにもかけ離れている。そう言う私も愛がどんなものかはピンとこないけれど、少なくともこんな怖いものではないはず。そう思うほどにハンペン様の表情は不気味で、もし夢に出たらこのまま追いかけてきそうなくらい。
と、思考が脱線しかけたところに咳払いが一つ。

「話を戻すぞ。…だがワシは先日の新皇帝決定戦でおぬしらを見て、守りたいと思った。ごく自然に、当たり前のこととしてな」
「っ!…あの、ハンペン様!その節は本当に…!」

まだ記憶に新しい話題を出され、反射的にお礼を述べようとして…だけどそれはハンペン様によって止められた。手のひらを突き出した彼は、厳かに告げる。

「ここからがおぬしに話しておきたいことだ。これはワシの推測でしかないが…ワシだけでなくランバダも、さっきの質問の答えを見つけたのではないかと思ってのう」

さっきの質問。ハンペン様の答えが強烈すぎてつい忘れかけていたけれど、最初に私が問われたそれは、確か…。

「人を、守る意義…」
「ランバダのそれがワシの答えと同じかどうかは、何とも言えぬがな。だがまぁ、前のあやつは部下を囮にすることもあったのに…成長したのう」

ハンペン様は満足げに目を細めて頷く。それは旧毛狩り隊の中でも上位のAブロック隊長として、私たちをまとめ上げてきたがゆえの言動。今回はランバダ様に対する見解だったけれど、成長したのが他の隊長や隊員でもハンペン様はきっと同じように認めてくれるのだろう。
でも、分からないことが一つ。ハンペン様の立場と実力ならランバダ様に直接伝えてもいいものを、どうして…

「それを、どうして私に…?」
「あやつはどうも素直でないところがあるからのう…それでも昔より幾分かはマシになってきておるが。ゆえに上司として、ランバダを変えた功労者のおぬしへ礼を述べておきたいのだ」

ハンペン様は気持ちごとランバダ様の代わりになっているのだろうか、照れくさそうに微笑んで向き直った。しゃんと背筋を伸ばしたその姿に、私も自然と気が引き締まる。

「人はすぐには変わらない。だが、おぬしが百年前から交流して…あやつのそばにおったから、あやつは戦いばかりに飲まれず、人間らしく生きることができた」

ありがとう、と。
体を折るよりも先に頭がめくれてしまったハンペン様は、肝心なところで格好がつかなくても間違いなく上司としての威厳をたたえていた。





…先程ハンペン様と交わした会話と、今の状況がようやく頭の中で結び付く。それと同時に私は首をぶんぶんと横に振った。そして必死に弁解する。

「い、いえ!ランバダ様の気に障るようなことは何も!」

まずいまずいまずい。何だかよく分からないけれど間違いなくランバダ様は怒っている。しかもこれは本気の憤りだ、私が寝坊してしまった時に見せる呆れ混じりのものとは違う。ハンペン様と話して別れた直後にランバダ様と会ったこの状況から考えて、おそらく会話の一部をランバダ様にも聞かれていたんだろう。そこからどうして怒るまでに至ったのかは、さすがの私も以心伝心できるわけじゃないから分からないけれど…と、そこまで考えた瞬間、酸素不足な上にオーバーヒート寸前の脳は混乱しながらも一つの可能性を弾き出す。もしかしたらランバダ様は誤解しているのかもしれない、ハンペン様の仰った内容が悪口ではないことを伝えなければ。なんだか空回りしている気もするけれど今はそんな事を考えている場合じゃない!

「あのっ、ハンペン様はただランバダ様を認めていて…ひゃあっ!?」

思わず変な声が出て言葉が途切れた。
ランバダ様の片手が、私の頬に触れている。偶然なんかじゃなくて彼が意図的にそうしたのだと分かるように、手のひらで包まれゆっくりと撫でられる。
距離が近い。呼吸ができない。心臓がうるさい。触れられた部分が熱い。頭の中で警報が鳴り響く。間違いなく狙われている――このままではテクスチャー・ハントで表情を奪われる!

「もう一度訊く。何の話だった」

にやりと上がった口角、射抜くような瞳、低い声。暗に「白状するならこれが最後のチャンスだ」と告げられて、私はもう限界だった。

「せっ…先日の、闇の奴らと戦った時にランバダ様が私を守ってくださったことに関しての話でっ!でも悪い話じゃなくって、そこから人を守る意義についての話になりまして…っ!」

あぁ、言ってしまった。それも馬鹿正直に。
極度に緊張した反動か、頭の片隅の冷静な部分で呆然としているのが分かった。そしてその脱力感は一気に全身へと広がっていく。後ろに寄りかかる壁があって良かった、と初めて思う。
肝心のランバダ様もまた、突然捲し立てた私に驚いたのか一瞬だけ唖然とした。けれど要領を得ない私の話でも要点は十分に伝わったらしく…というよりも彼は元々全て知った上で狙い通りの情報を引き出せたらしく、いかにも不服だ、不愉快だと言わんばかりに表情を歪ませる。

「…言っておくが、」

彼はそう前置きしてから、下の方へ目線を逸らした。そして、低く感情の見えない声で淡々と告げる。

「お前を逃がしたのは部下だからだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「っ、はい…」
「俺でさえ敵わない相手に、わざわざ弱い奴が挑む必要はない。結果は分かりきっている。だから逃がした…それだけだ」
「はい…」

返事を繰り返すたびに、私の声も彼の声のトーンに合わせるみたいに小さくなる。目の前の辛そうな表情が、彼の輪郭が、滲んでぼやける。それでも泣きたくなくて息を飲めば、胸の奥で仄暗い何かが重く広がる。苦しい。首を絞められているわけでもないのに、喉が詰まる感覚がする。
それはきっと、彼の言わんとしていることが痛いほど分かるからだ。ランバダ様にはハンペン様が言ったような浮ついた感情は一切なくて、ただ私が力不足だったから逃がしただけ。生け贄が集まってしまえば闇の奴らは解放されるから、それを少しでも遅らせようとしただけ。
分かっていたはずなのに、目の前にその事実を突き付けられた途端、心が張り裂けそうになる。みるみるうちに膨らむ罪悪感と自責の念。さっきまでの、一瞬でも何かを期待してしまいそうになっていた私を殴ってやりたいくらいだ。戦力外で逃がしてもらっただけなのに、言ってしまえば彼を置いて逃げたのと同義のくせに、バカみたい。あの時の選択を、力の及ばなかった現実を、いくら悔やんでも足りないと思っていたのに…そんな後悔すら助かった途端に忘れて、あわよくばそれ以上の幸せを望むなんて。

「…分かったのならいい」

私が落ち込んだのはそのまま態度に出てしまっていたらしい。ランバダ様は頬に触れていた手を離し、壁を突いていた腕も下げて背を向ける。それと同時に、ポリゴンにされた周囲も普段通りの景色を取り戻していく。
オーラの消えた後ろ姿。ズボンのポケットに手を突っ込み、普段と変わらない速度で歩くランバダ様。あんなに近かった距離が、今はどんどん遠ざかる。
何も変わらない日常が戻ってくる。上司と部下という関係も、埋まることのない力の差も…ハンペン様はあぁ言ってくれたけれど、結局は百年前から変わらず戦いばかりに身を投じようとする彼も。何も、変わらない。
でも…。でも、そんなのって…!

「…ランバダ様っ!」

呼び留めると同時に駆け出し、振り向こうとした彼の背中に向かって飛び込む。両腕を彼のお腹の方まで回して、襟足にそっと頬を寄せた。
心音が速くなる。もうごまかしようもない、こんな距離ではきっと全部伝わってしまう。でもその代わりに彼の動揺が、緊張感が、身じろぎの気配さえも、直に伝わってくる。

「レム!?何しやがる、放せ!」
「まだです!」
「はぁ!?」
「まだ…っ、まだ私の言い分を聞いてもらっていません!」

こみ上げてくる感情のままに、力いっぱい叫ぶ。振りほどかれるわけにはいかないと、自分の手首をもう片方の手で思いっきり握った。
これ以上抵抗したところで私は引き下がらないだろうと判断したのか、ランバダ様が少しだけ全身の力を抜いたのが分かる。けれど投げられた言葉はひどく冷たいもので。

「…話は終わりだ。お前の言い分なんて聞く必要もない」

手首を掴む手に、ランバダ様の手が静かに重ねられる。ほとんど衝動的に胴体を目がけて抱きついたけれど、今思えば彼の両手は自由だ。ランバダ様の歩みを止めたいあまり腕の動きを封じることまでは考えが至らなかったし、ランバダ様の方も隙があったとはいえ腕だけは使えるように素早く引き抜いたのだろう。だから彼がその気になれば、私のことを腕からポリゴンに変えていくことも簡単にできてしまう。
…でも。

「そんなのずるいです、一方的に話して、一方的に守って…それだけなんて!」
「だから守ったとかそういうんじゃないって、さっきから何度も…!」
「私は…っ!」

でも…今だけは、たとえポリゴンにされてしまってもいいと思った。ポリゴンにされる恐怖なんかよりも、更に言えばこのまま死ぬことさえも怖くないと思えるほどに、私の中で強く湧き上がる感情。

「私は…、私だって、ランバダ様を守りたいって、思ったんです!」
「は…?」
「私だって戦いたいと思いました、闇の奴らと…。奴らの力がどんなに強くても、ボロボロになって絶対に敵わなくても、戦って奴らの技を少しでも多く引き出すのが…先にやられるのが、私の役目だって。それなのにあなたに逃がしてもらって、不甲斐なくて、自分の力不足を呪って…!」

それ以上はうまく言葉にならなかった。どんなに思いを言い連ねても足りないのに…だからこそ、重すぎる気持ちは胸につっかえて出てくることができない。つらい、痛い、苦しい。しゃくり上げそうになるのを必死に抑えながら呼吸を繰り返す。
…ふいにランバダ様が口を開いた。私に抱きつかれたままの体勢でこちらを見ることもなく、でも少しだけ穏やかな口調で尋ねる。

「それが…お前の、人を守る意義って奴か?」

私はぎゅっと目を瞑り、首を横に振る。今並べた言葉はただの後悔で、罪悪感で、懺悔で、それでいて彼の部下としての言い分だ。でも、この気持ちを言い表すにはそれだけじゃあ足りない。他の上司や仲間たちとは違う、ランバダ様だけに対して湧き上がってやまない感情。

「ランバダ様と一緒にいたいんです!一緒にいたいから、守りたいんです!」

ランバダ様を。他の誰でもない、ランバダ様と一緒にいられる時間を。
闇の奴らと対峙した時、何よりもそれがおびやかされるのが怖かった。奴らを地上に出せば世界が滅ぶから、なんて大義名分を掲げても、それで奴らの野望を打ち砕いてほしいとボーボボさんやハンペン様に頼んだ時も…結局はランバダ様の無事を、ランバダ様を救ってくれることを、強く望んでしまっていた。
はぁ、と溜め息が降ってくる。続けて「…そういうことかよ」という、何かを確認したかのような独り言。
ゆっくり目を開けば、滲んだ視界の中でランバダ様がちらりとこちらを一瞥した。すぐに逸らされてしまったけれど、その瞳に浮かんでいたのは苛立ちや不機嫌さではなく、いつもと変わらない呆れの色だ。

「ハンペンの答えは知らねーが…お前の答えなら、まぁ、理解できなくもない」
「ランバダ、様…?」
「あー、その…撤回する。さっき言った言葉…。別に、それだけじゃないから」

まるで二人の間の距離を測るみたいに、ものすごく遠回しな表現で何かを伝えようとするランバダ様。曖昧ではっきりとしないまま、だけど決して悪い意味合いではないことだけは感じ取れて、続く言葉を待つ。
胸の中の思いが次第に解凍されていく。私の力不足も、二人の関係も、何も変わっていないのに、何一つ解決していないのに…彼に指摘されて受け入れたはずの冷たい部分が、じんわりと温かいものに浸食される。さっき後悔したばかりなのに、愚かにもまた何かを期待しそうになってしまう。
それが良い事なのか悪い事なのかも判断がつかなくて、どうしようもなくて…ただ黙って、腕に閉じ込めた彼の温かさを感じた。無機質で冷たいように見えて、本当は温かくて、でもそれを認めさせてくれない人。
…しかし彼はその沈黙を不自然に思ったらしく、首だけを動かして訝しげな視線を寄越すと、一言。

「…寝るなよ?」
「寝てませんよ!?」
「そうか。なら、いい」

そうしてランバダ様はまた顔を背ける。この体勢を振りほどこうとはしない、けれどそれ以上喋る気配もない。ランバダ様は何やら一人で納得してしまったみたいだけど、残念ながら私には彼の意図が読めなかった。「それだけじゃない」ってどういうことだろう。しかも、ちゃんと起きてるのならいい?何かを聞いてほしかったってこと?…何を?

「あの、それってどういう…」

言いかけて、はたと気付く。
…ランバダ様の耳が赤い。表情が見えなくても、普段通りを装っていても、隠しきれていない。
まじまじと見てしまった私の視線に気付いたのか、ランバダ様は勢いよく振り返ろうとした。もちろんこの体勢では、そんな大きな動きの気配は一瞬で察知できるから…再度振りほどかれないようにぎゅっとしがみついてみれば、ようやく見えたわずかに赤い横顔。

「あーもう、こっち見んな!」
「ずるいですよ、はぐらかすなんて!私はちゃんと言ったのに!」
「なっ、言わなくても大体分かるだろ!?」
「ふふっ、だってちゃんと言ってもらわなきゃ分かんないです!」
「お前なぁ…!」

思わず笑いを零してしまったけれど、今のランバダ様にはそれさえも効いたようで、呆れながらも悔しそうに言葉を詰まらせた。
でも実際そうだ、ちゃんと言ってもらわないと期待していいのかも分からない。温かい感情に身を委ねていいのか、それともそんな感情は殺してしまうべきなのか、判断がつかないし…後者はさっきの短いセリフと今の雰囲気で曖昧に否定された気もするけれど、やっぱり確信が欲しい。

「…なら、ひとまずこの腕を放せ」
「えっ?」
「この向きだと見にくい。お前ばっかりこっち見てんのは…ずるい、からな」

私がさっきからずるいとばかり繰り返していたから、そんな私に伝わるように彼もその言葉を選んだのだろう。だけどそのせいで拗ねているみたいな口調になったランバダ様が、なんだかすごく可愛い。もちろん本人には言わないものの微笑ましく思いながら「分かりました」なんて了承して、ゆっくりと両腕をほどく。本当は少し名残惜しいけれど…故意か無意識か、ランバダ様は重ねた片手を離さずにこちらへ向き直った。

「レム。…お前は、」

繋いだままの手がきゅっと握られる。目の前のランバダ様は真剣な表情で、心なしか周りの空気にも緊張感が漂う。
だけどそこで言葉を区切った彼は、心を静めるみたいに目を伏せて呼吸を一つして…再び私と視線を合わせた時には、どこか余裕のある穏やかな笑顔を見せた。
可愛いに向いていた針が一瞬でかっこいいに振り切れて、思わず見惚れてしまう。胸が高鳴る。
直後。

「お前は、一緒にいたいほど…どう思ってるんだ?言ってみろよ」
「~~~っ!?」

声にならない絶叫が上がった。対するランバダ様は獲物を見つけた時のような、そしてそれを仕留める直前のような不敵な笑みを浮かべてこちらの反応を楽しんでいる。ものすごく裏切られた気分だ…というか実際裏切られた。どうして。なんで、いつの間にか私が言う流れになってるの!?
思わず反論しようとして…私は瞬時に彼の狙いを察した。手をしっかりと掴まれたままのこれは、まさか。さっきは覚悟できていたのに今更仕掛けられて、忘れかけていたぞくりとした嫌な予感が蘇ってくる。

「あ、あのっ…えと、その…っ!?」

動けない、酸素が足りない、顔に熱が集まる、でもそれ以上に掴まれた腕が熱い。これってつまり…正直に答えないとポリゴンにされる!?
ランバダ様の瞳が妖しげな色を帯びる。抵抗できない。

「えぇと、す…っ、すき、です…?」
「ふーん…」

勇気を出して告げたセリフは、いかにも期待外れだと言いたげな相槌に掻き消された。同時に、それまで楽しそうだった彼の目が据わる。
まずい。ランバダ様、明らかに不満そうだ。恥ずかしさをごまかすあまり笑って言ったのが良くなかったのか、それとも疑問形がいけなかったのか。そりゃあ私だって冗談みたいに言われたらもう一度言ってほしいって思うけど…!あれ、じゃあもう一回言わなきゃ駄目!?
…なんてことを混乱気味の頭でぐるぐると考え始めた瞬間。

「レム」
「はいっ!?」

名前を呼ばれて、腕が引っ張られる。咄嗟のことに体勢を立て直すこともできず正面に倒れかけて、ランバダ様に支えられる。
抱き留められた、と思う間もなく耳元に顔が近付けられ…そして、まるでお手本でも見せるみたいに低い声で囁かれた。

「愛してる」

後に同じ言葉を言うようランバダ様から要求されることを、この時の私はまだ知らない。



fin.

(題名は原作15巻・奥義155「天ボボVSハンペン」の一場面から。生け贄盤を見た後でこの質問に立ち返るとすごくニヤニヤするよね!…というのを表現したかったのにどうしてこうなった。書き始めた時点ではレムが後ろから抱きつくところまでは考えていたのですが(つまりオチ未定だった)、まさかランバダの最後のセリフまでいくとは思ってなかったよ!)

2019/01/29 公開
18/40ページ