BO-BOBO

これも何かの縁

またこの二人と出会えて良かった、としみじみ思う。

「もう知らない!行こ、ハンペン」
「あっ、おい…!」

暗い色の髪をした男の慌てた顔がドアの向こうに消える。それをちらりと見やってから、本当にこれで良いのかと女の顔を見上げた。
しかしまだ苛立ちが収まらないのか、彼女は外に出ると前だけを見て歩いていく――ワシを左肩に乗せたまま。

「アイツが悪いのよ、私のやること何から何まで否定して!ハンペンもそう思うでしょ!?」
「……」
「そうよ、私は私なりに考えてんのに!要領良くできるアイツには分かんないみたいだけど!」
「……」

そう言われても同意しかねる。どちらの意見も一理あるためだ。今回はただ考え方の違いがあって、それをお互いに押し付けようとしたからこうなった…とワシは思っている。まぁ、思っていても話せないのだが。
彼女が苛立ちをぶつけるように歩くと、必然的に肩も普段より揺れる。ゆえに不安定で何度か落ちそうになったが踏ん張って耐えた。こういった時、胴体が無いのは不便である。それでもこの姿のままでいるのは、今のワシにとっての一番身近な二人が、偶然にも元の世界でよく見知った二人だったからだ。

元の世界で戦闘中だったワシは、不運か不条理か突然別の場所へと飛ばされた。そして着いたのは弁当箱の中。元の世界でも昔そうだったように、食われるべきハンペンだったのかもしれない。
だが、その弁当を買ったのはどういう因果か元の世界での部下、レムだった。更にレムが驚き狼狽えながら呼んだ男もまた、ワシの部下のランバダで。
まぁその後はドタバタと騒がしい事になったが、食べるのも捨てるのも忍びないからレムが飼う、という結論に至ったわけである。

ずっと昔、コールドスリープ計画どころかワシが毛狩り隊に入るよりもずっと前、それこそワシが弁当の中のハンペンだった頃には運命がワシを生かした。たどり着いた弱肉強食の世界の中で誰にも食われぬようにと己を鍛え戦い抜き、五年後には言葉を話し胴体もある食王となった。前回それができたのだから、今回も同じようにここを抜け出して過酷な環境に身を置けば、きっとまた力を得て何不自由なく暮らせるだろう。
…しかし、思いがけずこの二人に出会ってしまったから。

「だいたいアイツとは腐れ縁で…!ハンペンの話はたまたまあの時近くにいたから共有してるだけで!」
「……」
「それなのにアイツの方がハンペンの飼い主みたいになってさ、私の提案ことごとく否定されて」
「……」
「そりゃあ、私よりもしっかりしてて頼りになるところはあるけど…でもハンペンは私が飼ってるんだし」
「……」

レムはワシを話し相手に見立てているのか、ランバダに対する不満を声に出して並べていく。
元いた世界では二人の間に歴然とした力の差があり、それゆえ上司と部下としてお互いに敬意を持って接していた。ランバダは上司としてレムを気にかけ、レムは部下としてランバダを慕う。
だが今の二人はあくまで対等な関係らしい。何か意見があれば遠慮なく述べるし、行ってみたい場所や試してみたいことがあれば相手を巻き込む。ランバダは共に住んでいるわけではないようだが時々来てはレムの世話を焼き、時には彼女の自堕落さや考えの甘さを怒る。レムの方はと言えば、ワシの散歩などの口実をつけてランバダを半ば無理やり外へ連れ出したり、本当に苛立った時はランバダの意見に噛み付いたり。しかし二人とも気を遣わずにいられるからこそ、今のような口喧嘩も起きるというものよ。
一人納得していると、急にレムの足がぴたりと止まった。

「…帰る」

小さな声で落とされた言葉。レムは彼女なりに頭を冷やして、さっきの喧嘩は少しヒートアップしすぎたかもしれない…と思い至ったようだ。ワシも一安心して肩の上に乗ったまま、彼女の動きに身を任せて来た道を向く。
…が、振り向いた先にいたのは追いかけてきたらしいランバダで。予想外の事態にレムは動きが止まり、喧嘩で飛び出してきたバツの悪さから表情が強張る。ランバダの方も振り向くとは思っていなかったのか意表を突かれた顔で立ち止まった。
そして…二人が見つめ合って数秒経過した時、レムの喉の奥から嫌そうな音が漏れた。

「いっ…!?」
「何だよ、その嫌そうな顔は」
「なんでついて来てんの!」
「心配してやってんだろ、それに今追いついたところだっての!」
「心配されなくても適当に帰ってたし!いつも思ってたけど保護者気取りやめてよね!」
「はぁ!?テメーの心配じゃねーよ、ハンペンの心配だ!」
「だからそれがムカつくんだって!ハンペンの飼い主は私でしょ!?」
「テメーこそ、そういう所が子どもっぽいんだよ!」
「ピーチクパーチクうっさい!」

……。

せっかく仲直りするかと思ったのに…この二人はまた言い争っている。ワシが口を挟む隙もない。喋れないが。
…まぁ、放っておいてもそのうち収まるだろう。レムがあまりに怒るようならランバダが引き下がるし、ランバダが静かになればレムも止まる。今までに何度もそういう場面があった。元の世界では物理的にレムはランバダに敵わなかったがどうもこの世界では逆で、ランバダはレムに敵わないらしい。それがたとえ行き当たりばったりの外出でも、くだらないことから始まった口喧嘩でも。

二人とも、何度喧嘩しようとも完全に縁を切るつもりはないようだし…ワシも今はただの『マスコット』のハンペンだが、元の世界での上司として可愛い部下の幸せを見守ってやらねばなるまい。
再び食王を目指すのはその後でも構わない。それよりも今は、不運で世界線を越えたにも関わらず幸運にもこの二人と再会できた縁を大切にするべきだろう。
上下関係が無いことで遠慮なく意見をぶつけ合うようになった、仲が悪いようである意味仲の良い二人を交互に見ながら、ワシは内心で決意を新たにした。



fin.

(ふわり・ほんのりのランレムは、2巻でランバダがレムに吠えてたり、3巻でレムがランバダに怒ったりしてるので、ついケンカップルにしたくなる。)

2018/08/23 公開
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