Phi-Brain

とっておきはいちばんに

朝、誰よりも早く登校して生徒会室へ直行。鞄を置いたらすぐに生徒玄関へ引き返し、そこで生徒たちの挨拶指導を行う。これが、√学園生徒会副会長としての私の日課。そして当然それらは今日もいつも通りに行われる、はずだった。
彼の存在を確認するまでは。

「おはよう、千枝乃君。今朝は早いね」

まだ他の生徒が来ない時間帯だというのにいつのまにか登校していて、しかもちゃっかり生徒玄関で私の定位置を陣取っていた彼。生徒会長でありながら仕事はほとんど私たちに任せきり、とにかくルーズなくせに生徒はおろか学園長からも妙に信頼されている…その彼こそが、ソウジ会長。

「別に普段と同じ時間ですけど。会長こそ珍しいじゃないですか、真面目に生徒会の仕事に参加するなんて」

皮肉混じりにそう言い返せば、さすがの彼も苦笑い。笑うだけで反省はしていないんだろうけど。
その証拠に…ほら。

「今日はホワイトデーだからね。先月は名前を書かず机に置かれていたお菓子もあったし、皆にお返しするならここがちょうどいいかなって」

そう言いながら彼が取り出したのは小さなクッキー。学園の近くにある洋菓子店の、りんごの風味が美味しいと女子の間でも話題のそれだ。個装のがたくさん入っていて確かに大勢に配るにはちょうどいい、が。

「…生徒会の仕事をしに来たわけじゃないんですね」

要するに挨拶指導ではなくクッキー配り。正確にはクッキーを配りながら挨拶指導も少しは行うつもりだろうけれど、どこからどう見ても『真面目に』とは程遠い。
もっとも、√学園は他人に迷惑をかけなければ大抵のことは認めている自由な校風で、お菓子を持ってくることも特に禁止されていない。クッキーを配りながらの挨拶は校則違反ではないし、この学校に限っては不真面目と言うほどではないのかもしれない。

だけど…何だか腑に落ちない。心に何かがつっかえたようにモヤモヤする。
ソウジ会長がバレンタインデーにチョコレートをたくさん貰ったであろうことも、ホワイトデーを無視しない意外と律儀なところも、分かっていたはずなのに。
決して名前の知らない誰かを探す目的ではなく、会長にチョコレートを渡した人にもそうでない人にも平等に全員に配るつもりだと頭では分かっているはずなのに。
心が、苦しい。

「…そういえば、君からも貰ったよね」

黙ったままの私の横で、唐突に会長が声をあげる。俯いていた顔を上げた瞬間、微笑んだ会長と目が合った。

「生徒会室で食べたアップルパイ、美味しかったよ」

そう言って彼が差し出したのは、いつから背中に隠し持っていたのだろうか、青いリボンで飾られた半透明の小さなプレゼント。
両手で受け取ると、その中には皆と同じクッキーではなく薄黄色の飴が何個も入っているのがちらりと見えた。

「どうして…」
「千枝乃君にはお世話になってるからね。クッキーがよかったらこっちもひとつあげるけど、意味を気にするかなぁと思って」
「意味…ですか?」

真意を掴めず彼の言葉をそのまま疑問形で返すと、会長は悪戯っ子のようにくすくすと笑う。

「物知りな千枝乃君にも分からないことがあるんだね」

他の人ならつい怒ってしまうような発言も、彼が言うとそれだけで穏やかに聞こえて、私は何も言い返せなくて。
お礼を言うのがやっとだった。

「…ありがとう、ございます」
「どういたしまして。おっと、皆には内緒だからね」
「…っ、じゃあこれ、生徒会室に置いてくるので!ソウジ会長、今日の挨拶指導は逃げないでくださいよ!」
「はいはい」

少し下手だけど格好いいウインクをしてみせた会長から、火照る顔を隠すように私は生徒会室へとUターン。廊下を走ってはいけない校則なんてこの時の私からはすっかり抜け落ちていた。



fin…?





◆◇おまけ◇◆

「水谷さん、ちょっといい?」

昼休み、どうしても気になった私は彼女を呼び止めた。会長の所属するパズル部の後輩、水谷アイリさん。なかなか生徒会に顔を出さない会長を探す際、よくパズル部にも赴くのだが、そこで真っ先に出迎えてくれるのが彼女だ。そんなきっかけで、今では食堂で会った時にもお互いに声をかける仲になっていた。

「先輩。どうしたんですか?」
「水谷さん…クッキーじゃなく飴を渡す意味って知ってる?」

意を決して話を切り出すと、水谷さんは一瞬きょとんとした後、楽しそうに質問を返した。

「もしかして誰かから貰ったんですか?」
「ちちち違うわよ、ただ気になっただけ!」

会長から秘密にするように言われていたのを思い出し、慌てて否定の言葉を述べる。しかし水谷さんはそれについて深く尋ねることなく、先程の答えを話し始めた。

「ホワイトデーのお菓子の話なんですけどね、クッキーは『友達』、キャンディーは『あなたが好き』って意味があるそうですよ。ちなみにマシュマロは意味が複数あるらしくて…って、先輩聞いてますかー?」

屈託の無い笑顔で説明を続ける水谷さんの視線を受けながら逃げられない私は、とうとう真っ赤になる顔を隠すことができなかった。



fin.

(オーディオドラマでは軸川先輩が3月1日に卒業したことになってるので、もし厳密な時間軸にこだわるのならバレンタイン&ホワイトデーの話は一年前設定で軸川先輩高2(生徒会長成り立て)、千枝乃先輩高1(眼鏡かけてた頃)と考えるといいかもしれません。)

2014/03/14 公開
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